指先 手を貸してほしいと言われて、まさか文字通りの意味だとは思わないだろう。真琴は密かにため息をつく。それに気づかず、真琴の手を取って見つめているのは京だ。相変わらず何を考えているのかはわからないが、いつになく真剣な目つきの京に抵抗らしい抵抗もできずにいる。誰かに助けを求めようにも、生憎まだスタジオにはふたりだけだ。レイも進も用事が長引いているらしい。誰かが練習に遅れることは決して珍しいことではないし、真琴自身もやむを得ず遅れることはあるのでお互い様だ。今日ばかりは恨めしく思ってしまうのだが。
「……あの、京さん。どうしてそんなに僕の手を見つめているんですか」
「それは……」
口を閉ざした京を真琴はじっと待つ。京が会話中に黙るのは、恐らく単に言葉を選んでいるのだと最近ようやくわかってきた。近頃の京は以前より余程話すということに関して積極的だ。口下手は相変わらずだが。
数秒か十数秒か空いて、京がまた口を開く。
「……綺麗な指だなと思って」
「指?」
「オレたちの歌は真琴のベースに、指に支えられている。だから、この指が綺麗だと思った」
世間一般からすれば普通であろう指先に触れて、京は目尻を下げた。思わぬ言葉に呆気に取られた真琴は、しかし表情を緩める。要するに、京は真琴のベースを好ましく思っているのだろう。ベースの音を奏でる、この指の厚さまで含めて。真琴は京の言葉をそう汲み取った。恐らく正確に汲み取れてはいないが、京が好意的だというのは間違っていないだろう。
「褒められて悪い気はしませんね。僕の演奏を一番聞くのは同じバンドのメンバーでしょうし」
「そうか」
短い返事の語気は柔らかい。