帰宅するやいなや、真宏はベッドに倒れ込んだ。モルガナが入った通学鞄は大した衝撃もなくマットレスに着地する。器用なものだ。
「オイ、ちゃんと制服着替えろよ」
「わかってる……」
言葉とは裏腹に、真宏はなかなか動き出さない。あーとかうーとか唸っている。最近こうなることが増えた。東京から地元に戻り、進級してからだったか。原因はこれだろう、とモルガナは鞄の中に乱雑に突っ込まれたプリントを引っぱりだす。
「進路希望って、オマエならどこにでもいけるだけの実力があるだろ? さっさと出しちまえって」
モルガナの言葉に真宏の唸り声が応えた。印字の進学に丸がつけられてはいるが、第一志望は空欄だった。正確には一度書いて消した跡だけがある。
「何をそんな悩んでんだ?」
「いろいろ」
珍しく歯切れが悪い。
「成績以外に気になることでもあんのか?」
「いや。……親にも好きにすればいいって言われたし」
「なら好きにすればいいじゃねえか」
肯定しつつ真宏はのろのろと起き上がる。それを見ながらモルガナは耳の裏をかいた。親のことを話すのにやや口ごもったのは、彼が両親との隔絶を飲み込んでいる最中だからだとモルガナは推測した。心の怪盗団のリーダーとして数々の悪人を相手取ったとはいえ、真宏は十七歳の高校生だ。痛いものを飲み込むには時間もかかる。人間ではないモルガナは、彼の痛みを真に理解することはできないからこそ真宏を気遣っていた。表立って口にはしないが。
衣替えしたばかりの制服から着替えながら、真宏は壁掛けのカレンダーを見る。あと一月ほどで夏休みだ。心の怪盗団として多忙だった去年と違い、まして東京と比べれば何もない地元での予定はない。進路が決まっていないとはいえ真宏は受験生。勉強でもしようか、と考えたところでふと思い至る。怪盗団として稼いだ活動資金は潤沢に残してある。
「モルガナ」
「なんだ?」
「夏って予定ある?」
「いや? むしろオマエが忙しいんじゃないか?」
「俺の受験勉強はなんとかなる。ていうかする」
「自信満々だなオイ……。で? 何するつもりなんだ?」
どうやら何かを思いついたことはわかっているらしい。さすがは相棒だ。
真宏はとっておきの作戦を打ち明けるように言う。
「東京帰ろう。夏休みに」