単純で、純粋な 時計が11.29 00:00の表示にかわる。
その瞬間を盛大に祝ってやりたいところだが生憎と愛しいSleeping Beautyは俺の腕のなかですやすやと気持ち良さそうに寝息をたてている。
先日の大会で若手の追い上げをはねのけて表彰台の真ん中に立ち、グランプリファイナルの出場を決めた勇利は昨日もファイナルへむけての練習に励んでいた。
ベテラン中のベテラン。
たったいま三十一になった勇利は相変わらず大きな怪我もなく、体力は……昔より少しはおちたかもしれないけれど、その分をカバーする磨きつづけた技術で頂点を譲らずにいる。
元々、音楽の体現に優れ、表現力には定評がある勇利ではあるが、そこにたゆまぬ努力で身に付けてきたジャンプを組み込み、そしてそのステップは世界中を魅了してやまずにいる。
もちろん甘い道ではない。
練習熱心な勇利ではあるが、闇雲に長時間滑りつづけることはその競技生命を縮めることになりかねない。
二十代前半で競技から退く選手も少なくないこのスポーツで三十を過ぎて戦いつづける選手は多くない。
勇利が望む限り氷の上で戦いつづけられるよう、勇利本人は元より、コーチである俺も細心の注意を払い、コンディションづくりに励んでいる。
もっとも図太さと繊細さを持ち合わせた勇利がストレスをためこまないように、リラックスして過ごすのも大切だ。
誕生日なんて特別な日ではあるが、それでもハードな練習からあがった勇利は食事や入浴、ストレッチなどをすませ、筋肉の緊張をほぐすための軽いマッサージをしてやると、その時をまたずうとうととしはじめてしまった。
無理に起きさせている必要はない。
腕のなかに抱き込んでやると、もぞもぞと居心地のいい場所を探し、俺の胸に柔らかなほほをあずけ眠りに就いてしまった。
アジア人は若く見えるというのは定説ではあるが、どうしたらこんなにあどけない顔で眠れるのだろう。
少年どころじゃない、赤子のようにすら見えるその寝顔。
俺の顎の下におさまっている柔らかなカーブを描く額にかかる真っ黒な前髪をそっと撫でるようにかき分ける。
お誕生日おめでとう。
生まれてきてくれて、ありがとう。
月並みな言葉だけれど、愛しい子に贈る言葉なんて案外飾り立てるようなものではないのだろう。
そんなシンプルな想いをこめた、シンプルなキスをその額に贈る。
朝、勇利が目を覚ましたら、今度は盛大に祝ってやろう。
だからいまは、ただ俺の単純で純粋な想いをこめたキスを、愛しい額に何度も贈りつづけよう。
愛しい寝息が健やかであるよう、そっと、そっと。