きっとそれは好きだから「お兄ちゃんはその旅人のことが好きなのね」
妹が嬉しそうに言うのを聞いて一瞬驚くもなるほどそうだったのかとひとり納得する。
今まで戦闘の中に長く身を置きすぎたせいか色恋事に疎くそんな風に蛍を意識したことがなかった。そもそも彼女はいずれファデュイの執行対象になる可能性が高いと言うかほぼそうであるような状況だ。はっきりと命が下されているわけではないので現状何とも言えないが近い将来殺し合う仲になるのは確実だろう。そんな相棒と慕う彼女に特別な気持ちがないかと聞かれればタルタリヤはあるとしか答えられない。それくらいには想いを寄せていた。それがまさか妹によって蛍が好きだと結論づけられるとは。しかも自分はきちんと自覚していなかったのだから本当に情けない限りである。
「えっと、トーニャ? どうしてそう思うのかな?」
「だって、お兄ちゃん、さっきからずっとその旅人さんの話ばかりしてるもの。今までは滞在している国の特産物だったり名所だったりで人に関する話はほとんどなかったのに」
「そんなに?」
「ええ、そんなによ。お母さんも気づいてたでしょ?」
「トーニャ。アヤックスは自覚がなかったみたいよ?」
母の言葉にええ?!、とトーニャが大声を上げる。
そんなにか。そんなにあからさまだったのか。
自分のことながら気付かぬうちに大きな墓穴を掘っていたとは、そのままその穴に入った方がいいかもしれない。
「母さん……」
「アヤックス、その旅人さんにたくさんお土産持っていって」
「そうよ、お兄ちゃん! ちゃんと捕まえないと逃げられちゃうわよ!」
逃げられるってなんだ。そもそも既に警戒されている。まあ、なんだかんだ心優しい蛍のことだ。家族からと言えば無碍にはしないだろうが。
「お兄ちゃん、必ずその旅人さんを連れ帰ってきてね! トーニャ、お兄ちゃんの恋人に早く会いたい!」
トーニャの満面の笑みにタルタリヤは顔を苦笑した。ここで何を言ってもしょうがない。そう、タルタリヤは戦いの場では確かに強いが妹には滅法弱かった。そして大量のお土産をこれでもかと持たされたタルタリヤは母国を離れる前に1通の手紙を唯一無二である相棒に送ったのだった。
「やあ、相棒! 会えて嬉しいよ!」
どこで居場所を聞きつけたのか三杯酔に突如現れた男を凝視する。手紙は受け取ったので時間を見つけて北国銀行に赴こうと思っていた矢先だったので流石に驚いて声が出なかった。
「もしかして都合悪かった?」
「いや、そうじゃなくて。なんでここに?」
「え? 先生に聞いたらここじゃないかって」
「……仕事は?」
「相棒が気にするようなことはないよ」
にっこりと笑うタルタリヤにこれ以上聞いてもしょうがないとため息を吐く。相手はファトゥスだ。教えてくれるはずがないとわかっていながら毎回聞いてしまう自分も大概だと思う。
「わかった。もう聞かない」
「ええ? 聞いてくれよ!」
「教えてくれない人に聞いてもしょうがないでしょ」
「確かにそうだけど……そんなの寂しいじゃないか」
何なんだ一体。
拗ねた顔をして子どもみたいなことを言っているのは本当にタルタリヤなのだろうか。思わず訝しげに見遣るとタルタリヤが大袈裟に肩を落とした。
「相棒、俺は今日休みなんだ。ねえ、今日は何日か知ってる?」
「7月20日……」
「何か、気づかない?」
不安げに見つめる彼の瞳からはいつもの狂気は感じない。
これはつまり会いに来ないかと聞きながら我慢できずに会いに来たということか?
もしそうだとしたら彼の気持ちは無碍にはできない。それに特別な日を蛍と過ごしたいと思ってくれたこと。それが素直に嬉しかった。
「タルタリヤ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう! 君に祝ってもらえて嬉しいよ! そうだ、家族から君にお土産がたくさんあるんだ!」
「いや、タルタリヤの誕生日なのに私が貰うのは悪いよ」
「ハハッ、気にしないで。むしろ君が喜んでくれたらそれが俺にとって最高のプレゼントになるからさ!」
そうやって嬉しそうに笑うタルタリヤが眩しくて思わず目を細めてしまう。本当に心の底から何の憂いもなく笑っている。それがどうしようもないくらい嬉しい。
この気持ちは何なのだろう?
「家族に君のことを話したって書いただろ? みんな君に会いたいって、早く家に連れて来いってうるさくてさ。トーニャなんて新しい姉さんができるってはしゃいじゃってさ!」
「姉さん?」
「え? あ、ごめん……今のは口が滑った。妹の戯言だから気にしないでくれ」
慌てて取り繕うタルタリヤの言葉に胸がちくりと痛む。何故だろう。初めての感情がさっきから溢れてくるようでどうしたらいいのかわからなくなる。
この気持ちの名前、タルタリヤなら知っているのだろうか。
「ねえ、タルタリヤ」
「ん? どうしたんだい?」
「さっきから胸の中がほわんってなったりぎゅーってなったりですごく落ち着かないの」
「それは、どんな時になるの?」
「タルタリヤが笑ったり、誤魔化したり……それだけのことでおかしいよね」
まるで何でもないように笑ってから手元に視線を落とす。せっかくタルタリヤの誕生日なのに困らせるようなことを言ってしまった。申し訳ないなと思っていると視線の先に彼の手が重なった。
「おかしくなんてないさ。俺も相棒のことを考えるだけで心が満たされるんだ」
「それって……」
「トーニャにそれを言ったら、お兄ちゃんはその旅人のことが好きなのねって言われちゃってさ。妹に言われるまで自分に気持ちに気づけないなんてさすがに情けないよね」
長い指がそっと蛍の指を絡めとり自然と恋人繋ぎになる。たったそれだけのことなのに心臓がバクバクとうるさい。
ああ、もうだめだ。
これはきっと蛍もタルタリヤと同じ気持ちなんだと気づかずにはいられなかった。
「私もタルタリヤが好き?」
「だと嬉しいな」
「そっか」
明確な言葉はまだ言えない。ある意味言ったようなものかもしれないがきっと彼はこれを戯れのように捉えてくれるだろう。そんなタルタリヤに甘えるように思いの外逞しい肩に頭を乗せた。
「来年はちゃんとプレゼントを用意するから」
「うん、ありがとう」
「お誕生日おめでとう」
恋人のように寄り添いながら笑い合う。
来年の誕生日までにこの関係がどう変化していくのか今から楽しみだとタルタリヤは小さく笑った。