真っ赤な林檎は罪の味雨が降り、真っ暗な空が重苦しく続いていた。光も何も無いこの地に、ガラガラと荷馬車を引くような音がして、それと共に空が明るくなり始める。
戦争か何かで飢饉に陥ってるところに、真っ赤で美味しそうなリンゴを持ってきた集団が来た。
食べたら美味しい!ってなったのに、自分の周りだけ地に伏して行く光景に毒を盛られたと思ったけど、一向に苦しくも、何も起こらない。
何か苦いものでも食べたのかのような、そんな顔をして、目から光を失っていく人たちに、唖然としていた。
空はいつの間には黒を裂き、神々しいくらいの晴れ間を作り、何者かの来訪を告げる。
「おめでとう!選ばれし人の子よ!」
そう言って絶望の中差し出された手は、逆光でよく見えない人たちから差し伸ばされていたけど、全員羽と輪見たいのがいつの間にかついてて、見た目は天使なのに、今起きている惨劇に頭が追いつかなくて、
「あ、くま?」
と言ったら、失敬な。今の発言は私達と主に対する愚弄だよ。けど、きっとこの状況下であるから発せられた言葉なんだよね?
我らが父はとても慈悲深い方だから、許してくれるよ。と掴んでもいない手を無理やり引っ張られて立たせられる。
「それに、それは選ばれし自分ですら否定する言葉だ」
「おいたがすぎる様なら、羽と輪を返してもらってから、堕とすからからね」
「かえ、す?」
何を、言ってるんだ。返すものも何も、今あるものなんて何も、全て失った自分に返せるものなんて、と項垂れれば、地面にできた水たまりに自分の姿が映って、息を呑む。
(自分の頭の上にある、光る輪、後ろに見える、四枚の純白の翼。こんなのまるで、天使じゃないか。)
天使って、あの聖なる神の使いで、正しいことををして導いてくれたり、する存在じゃ、とあまりにも自分の今の姿とかけ離れた存在に、冷や汗が止まらない。
心の中で、神に祈りを捧げる人たちを見て、言えない言葉があった。そうしていれば心の安寧は保たれ、行き着く先は神の元だと言う出来すぎた光が、どうも性に合わなかった。
妬み、恨み、怒り、神なんかいないと、彼らのいう父とやらを呪っていた。今すぐちゃちゃっと救ってくれればいいのに、と。苦しく辛い世界を生かすくらいなら、楽に死なせてくれと、何も無い空に、祈りを捧げる人たちを横目に心の内で叫んだ。
周りの地に伏した人たちの方が、よほど清い人間だったはずだ。いつの間にか一人一人のもとに、膝を折り、顔に手をかざし、苦しげな表情から、まるで救われたかの様な、幸せそうに眠る顔へと変えられていた。
いつも正しくあろうとし、崩れた教会に向かって祈りを捧げ、こんな助けも光もない世界で、今日生きていられることに感謝していた。
「この人たちは?私なんかよりよっぽど、救われるべき人たちだ」
「何言ってるの?救われたじゃ無いか!偉大で慈悲深い我らが主のもとに還れたんですから!」
何を、言ってるんだろう。
「あなた、自分がもしかしてこうなるべきで、彼らが光輪と翼を授かるべきだと思ってるんじゃ無いよね?」
「!」
「もう、物分かりの悪い人間ですね。天使にふさわしいよ全く。」
「いい?彼らは救われたんだよ。良い行い、神への信仰、善であろうとしたその清い魂は、父の元へ還ったのですから。これ以上ない救いでしょう?」
「救われなかったのはお前自身だよ、愚か者」
「我らが主は寛大で、慈悲深い。哀れで愚図で、救いようも無い、あなたみたいな人間にも慈悲を与えてくださったんですよ」
コイツら、何を言って
「贖罪の機会を与えてもらったんだ。感謝しろ罪人。」
「善行を積んで、その輪を光輪へ、漆黒の翼を純白へ浄化しなさい。それを我らが主に返還するのがお前の贖罪です。・・・わかった?」
「悔い改めろ、救われたがりの愚か者」
光で目が眩んでいたのか、いつの間にか暗くなっていた見慣れたそれから目を背ける様に、下を見れば、そこにあったのは光り輝く天使の輪でも、純白の翼でもなかった。
触れれば自身を傷つけんとする、棘の冠、
自分の罪だと言わんばかりに黒く染まった翼
その姿は自身の罪を模った、罪人の姿以外の何者でも無かった。
まさか、耳障りだと聞こえないふりをした、興味もない神への祈りらしい言葉の羅列、が役に立つ時が来るなんて。
確か、こんなかんじだったか
「天に召します我らが主よ」
いないと思っていたが、どうやらいるらしいカミサマとやらへの、祈りという名目で行われていた、心の奥底からの静かで、清らかな慟哭
「彼らは救われるべきだった。羨ましい限りです。私も早くあなたの元へ」
あー、なんだったっけ。心の中で燻っていた言葉は、あくまで彼らの行動へ直接的に投げかけるべきでは無いと、しまっておいた言葉の数々。
素直に心の内曝け出す事、・・・懺悔だとか言ってただろうか。なら、嘘をつかないことも善行の立派な一歩だろう。
「この邪魔くさいわっかと鬱陶しい羽根を返上したい限りです。」
ああ、この白い悪魔め。その顔のが絵画に残らないのが残念でならない
「懺悔しながら、ゼンコーを積む。さすがカミサマ、私めの得意分野を示してくださるなんて!!あまりにも慈悲深くて!涙が出そうです!」
「けど、どうせなら死ぬ前くらい、美味いもん食べたいじゃん。」
「その不味そうな林檎は、なんとかした方がした方が良いかと!最後の晩餐がクソまずい林檎なんて、かわいそうですよ」
「私は美味しかったんでね、良かったんですが。絶対美味しいもの食べた顔じゃなくて、毒でも盛られたのかと思いましたよ」
「いやあ、心の内を曝け出して、懺悔とする。なんて気分がいい事か!これならもっと早くにやっておけば良かった!!」
「他人の不幸が蜜の味するなら、幸を善行から得る人間の味わうものが苦汁なのは、不公平じゃ?」
「是非この罪人が還るまでには、改善しておいてくださいな!全知全能、我らが慈悲深き主よ!!」
「クソッタレ!!!!!!!」