不器用「リヒターさん、行ってらっしゃい」
そう言って見送った後、手の中に預けられた鍵が皮膚に食い込むのを感じた。
「第一級魔導士試験」
「ああ。その受験中、俺は店を離れる」
で、お前には店番をしてもらう。とカウンターの上に無機質な音を立てて鍵が置かれた。
「噂には聞いていましたが、やっぱりリヒターさんにもそう言うものに興味があったんですね」
「何か誤解を招くような言い方はやめろ」
3年に一度の機会が巡ってきたんだよ、とまるで気乗りしないと言うふうに言う彼に、参加するのを決めたのは自分なのに変な人だなと思いつつ、ふーん。と返す
「お前も受けるか?」
「うーん......いや、いいです。」
熟考された上で誘いを断られたリヒターは、特に驚きもせず「そうか」とだけ言った
「リヒターさんが帰ってきたら、俺に試験内容をリークしてください。また3年後、俺も挑戦した時に成功率を上げたいです」
かなり厳しい試験らしいので。と言えば、彼は「俺はお前のために偵察に行くんじゃないんだが。」と少し眉間に皺をつくった。
「...試験はどれくらいかかるんですか」
「そうかからないはずだ。数日で戻ってくる。」
「俺、接客苦手です」
「知ってる。」
なんとなく目を合わせるのが嫌で、掃除したばかりの棚を雑巾で擦った。
「...あまりお客さんを待たせると、俺の接客態度なんかでみんな来なくなっちゃいますよ」
「そいつは困るな。」
いつものような笑い方をしている彼の方を見て、すこし、ほんの少しだけ応援でもしてあげるつもりだった
「....リヒターさん」
「なんだ」
「俺は不器用なんです」
「ああ。知ってる」
「ちゃんと帰ってきてもらわないと困ります」
「ああ」
「俺は、不器用だから」
「...ああ」
「だから...」
伝えたい言葉があるのに、喉に引っかかって出てこない。
「...大丈夫だ。合格者は出なくとも、死ぬことはまあ無い。何せ優秀な魔導士が大勢いるんだ。怪我をしても回復が得意な奴も居る。」
不器用なお前1人に店番させておくのも、不安だしな。と変わらぬ調子でバカにしてくるリヒターさんに、俺は溢れる安心と寂しさを隠すように軽口をたたく。
「俺だって店番くらいできます。数日なら。」
下手なことせずに座ってるだけで良いでしょう。お土産よろしくお願いします。と言えば、「俺は旅行に行くんじゃないんだが」と返される
「まあ、あまり気張らなくて良い。ここにくる客はありがたいことにお前の不器用で腹を立てて店ごと爆破するような人なんて居ないからな」
「...たしかに」
思い浮かべればみな、お菓子をくれたり雑談したりと物腰柔らかい人が多い。
「お前に解決できない案件は、俺が帰った後に引き受ける。」
「...はい」
「...それじゃ、頼んだぞ」
頭の上に手をぽん、と乗せ、彼は自分の店を後にした。