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    maotwi12

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    maotwi12

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    父の日伯父甥小話。CP要素無し

    「…おっと」

    タワーファンからの穏やかな風に吹かれながら流れるような所作でペンを動かしていた志村が、ふと手を止めた。
    仁の学校から保護者に配られた書類。その記名欄に記した名は『境井仁』。

    「やれやれ、癖というのは恐ろしいものだな」

    とは言え、この間まで確かに彼の甥は『境井仁』だった。名札や持ち物にもずっとそう書き続けてきたのだ。間違えるのも無理はない。
    訂正して、改めて書き直す。

    『志村仁』

    「………」

    その文字列を見つめて、ふぅ、と小さく息を吐く。
    彼の脳裏には、仁と養子縁組した日の事が浮かんでいた。



    幼くして母を、小学生の時に父を喪い、ついに独りになってしまった仁を引き取ってからもう10年になる。
    その間ずっと、彼を養子に迎えたいと思っていた。何度も仁に切り出そうとして、しかし結局出来ずに時間だけが経って。
    仁が自分の息子になることについてどう思うかを聞くのが躊躇われたのもあるし、中学生になるとちょっとした反抗期のようなものもあって、尚更言い出せなかったのだ。
    仁が高校生となり、ギクシャクした態度もほぐれてきた頃、夕食を食べた後のダイニングでそれを打ち明けた時の緊張といったら。
    小さく手を震わせながら話す志村を仁は不思議に思ったことだろう。遠い昔、大学受験の合格発表を見に行った時の方がよほど落ち着いていたはずだ。

    家庭裁判所で手続きをして、役所に届出を出し、正式に養父となったのは数ヶ月前の事。
    ただ仁が養子になることを了承し、法的にも親子になったからと言って、すぐに関係性が変わる訳ではない事は承知の上だ。人間の心というものはそんなに単純なものではない。
    あの日以降も、仁は今までと同じように志村を伯父さんと呼ぶし、志村に対してまだ遠慮があるように見える。
    しかしこればかりは、急いたところでどうにもならない。
    生まれた時からずっと共に過ごした、亡き父への思いもあるだろう。
    いつか仁が自分を父と呼んでくれる日が来れば良いとは思うが、普段はその事は忘れたつもりでいつも通り暮らしていこう、と志村は思っていた。

    先程書いた文字を指でなぞる。

    志村仁。

    志村仁…

    胸の中で呼ぶ度に、体の奥からぽかぽかと暖まるような心地がする。
    どういう訳か分からないが、自分がこの世に生を受ける遥か前から、この名にずっと焦がれ続けていたように感じるのだ。

    見上げるほどの大きな滝に、音を立てて跳ねる水飛沫。凪いだ湖面に咲く蓮の花。夕日に照らされ舞い散る紅葉。

    懐かしいような切ないような、不思議な感情と共に浮かび上がるこの見知らぬ景色は一体何なのだろうか。
    とても大切なことを忘れてしまっている気がする。もう喉元まで出かかっているようなのに、どうしてもそれが何なのか思い出せなかった。




    コンコン

    「……!」

    扉を控えめにノックする音にはっとして顔を上げる。随分と深く物思いに耽っていたようだ。
    ペンを置いて返事をすれば、仁がひょっこりと顔を覗かせた。

    「すみません、作業中でしたか?」

    「いや、ちょうど終わったところだ。どうした?」

    椅子から立ち上がって問うと、仁は後ろ手に隠していたものをそっと胸の前に掲げる。
    臙脂色の包装紙に包まれ、金色のリボンがかけられた小さな箱が差し出された。

    「これ…父の日のプレゼントです」

    「おお、もうそんな時期か。ありがとう。開けても良いか?」

    ええどうぞ、という声に、丁寧に包みを開き、箱を開ける。布を被せた台紙に収まっていたのは、シルバーのネクタイピンであった。

    「ほう、シンプルで品があるな。やはり仁はセンスが良い」

    「そんな…。伯父さんの使ってるようなブランド物と比べたらずっと安物ですよ」

    「構わないさ。どんなに高級な品より、仁がくれた物のほうが私は嬉しいんだ」

    頬を染め俯いた仁に、偽りなき本心を吐露する志村。
    実際、質に拘る志村の身に付けているものはほとんどが高級ブランドで固められている。数年前から父の日になると仁がくれるボールペン、ハンカチ、ネクタイ、靴下などと比べると文字通り桁違いに高価な品々だ。
    だがそれでも志村は、仁に貰ったプレゼントの方を好んだ。繰り返し使ったり洗濯したりしているうちに傷んでしまっても全て捨てずに保管してある。それだけ仁に貰った物は特別なのだ。

    「………あの、……………」

    ネクタイピンを大事そうに撫で、そっと箱の蓋を元に戻した志村は、仁が何か言いたげに口をもごもごさせていることに気付いた。

    「仁?」

    どうかしたかと問うても、ええと、その、あの…となかなか返事が返らない。
    いつも溌剌(はつらつ)としている彼が、こんなに口ごもるとは珍しい。よほど言いにくい事でもあるのだろうかと思いつつも、急かすことなく待っていれば、やがて仁が意を決したように小さく頷き、顔を上げた。漆黒の瞳は揺れながらも、確かな意思を持って志村を見つめている。
    そうして少し照れたような笑みを浮かべながら、開いた唇が言葉を紡いだ。


    「いつも、ありがとう……………父さん」
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    maotwi12

    DONE現代伯父とイニ、親子として生まれ変わった二人が対馬へ旅行に行く話
    当時の記憶無し、イニは中学生くらい?
    会話文多め、急に終わります
    かつて対馬に押し寄せた元寇。その歴史を後世に伝えるべく様々な物品が展示されている資料館をゆったりと歩く。
    元寇といえば学生時代、日本史の教科書でさらっと触れたくらいで、詳しい知識は無かった。それ故展示物の説明文を読むと色々新たな発見があり興味深い。
    対馬に来るのは初めてだが、やはり現地で直接歴史の息吹を感じるのは良いものだ。

    「わぁ…父さん見て、これ本物の鎧だ」

    当時の五大武家についての展示を見ていると、背後で感嘆の声が上がった。
    ガラスのショーケース内で一際目立つ甲冑を眺め、息子が目を輝かせている。

    「ほぉ、地頭の志村氏が身に付けていたものか。見事な造形だな」

    兜には牛の角のような雄壮な飾りが付いている。紐が千切れた鎧は古ぼけてはいるが、所々に鮮やかな色味を残し、当時の色彩を想像させる。
    隣に掛かっているのは辛うじて原型を保った陣羽織。太陽と海を模したのであろう家紋と、丁寧に施された刺繍は、対馬一の武家としての風格を体現しているかのようだ。

    「格好いい…でもこれ、かなり重いんだろうな。こんなのを身に付けて戦ってたなんて」
    「あぁ、太刀も合わせると数十キロもあったそうだ。当時 1712

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