王様から魔王討伐を託された勇者一行はついに魔王城へ。
城門前にいた雑魚を軽々と蹴散らし、このパーティなら戦えると意気込んだ大広間。
待ち構えていたのは黒い甲冑に身を包んだ黒騎士だった。
一人でいるということは中ボス──幹部とみていいだろう。
攻撃魔法で先制したが黒騎士は躱して剣を抜くだけ。
距離が離れているうちは魔法か飛び道具が定石であるが、ゆっくりと歩みを進めている。
剣を交えてみても魔法を使う素振りは見られず、奴は魔法が使えないのだと理解した。
つまり優勢だと確信さえあった。
そう思っていたのは数十分前。
後衛担当を倒され、あとは任せろと向き合った瞬間に吹っ飛ばされた。
何度も立ち上がっても全く刃が立たず、目の前が真っ暗になる。
仲間たちは満身創痍。
俺たちはここで死ぬのか?
まだ何も成し遂げていないのに。
そこでクズ勇者は考えた。
俺たちには王様からいただいた荷物持ち──奴隷がいるではないか。
戦闘能力はないため邪魔にならないように柱の影に隠れている奴隷が。
何とか切っ先から逃れて奴隷を掴む。
──コイツを肉壁にしよう。
黒騎士の前に奴隷を突き出す。
奴隷といえど人間の男の、肉を断たれる叫声を聞きたくなくてぎゅっと目を閉じたが、予想に反して辺りはぴたりと静まり返った。
びりびりと伝わっていた戦意も感じられない。
恐る恐る開けてみれば、黒騎士までもが剣を向けたまま静止している。
カキン、と静寂を破ったのは剣が落ちる音だった。
勇者のものではない。一度も剣を離さなかった黒騎士の、剣だ。
そして勇者の元から奴隷の体温が消えた。
何が起きたのか分からず勇者は目を瞬かせた。
手元から黒騎士へ視線を移せば、信じられない光景に瞠った。
今まで戦っていた黒騎士が奴隷を抱き締めているではないか。
「会いたかった」
”会いたかった”?
勇者でも奴隷でもないその声は黒騎士から発せられていた。
「元気にしてたか?少し痩せたな」
奴隷の身体をぺたぺた触って確認すると、こちらに鋭い視線を投げてくる。
「これはお前がやったのか」
黒騎士が示した奴隷の首元には枷が付いている。
奴隷の首枷は主が直接外すか、主が亡くなった場合でないと外すことができない。
荷物持ちにでも連れて行け、奴隷がいたほうが便利だ、と王様に勧められた時にはすでに枷が付けられていた。
「俺じゃない!たぶん王様が……」
チッと舌打ちをした黒騎士は剣を拾って奴隷と踵を返す。
「おい!」
奴隷をどうするんだと呼び止めたが、違うことを察したらしい黒騎士は奴隷のカバンを掴んで勇者へ投げつける。
「帰還用アイテムでも準備してあるんだろう?とっとと帰れ」
「はぁ?何言って」
「ここで殺されたくないなら帰れ」
ふたたび刃が掠める。
剣も遠くへ弾き飛ばされ、肉壁は失った。
戦う体力も残っていない勇者には帰還する道しか選択肢がないのだ。
***
近くの村に勇者一行が帰還し一週間ほど経った頃。
重症にみえた仲間の傷はすぐに癒え、黒騎士が手加減していたことを知る。
幹部でさえこの戦力差だ、魔王なんて比べ物にならないだろう。
いっそう絆を深めた仲間たちと鍛錬後、いつもの酒屋で食事をとる。
「相席いいか」
酒屋は夕飯時で大繁盛。
2席余っているし「どうぞ」と笑顔で対応したら「勇者様、お久しぶりです」と返ってきた。
「おまえ……」
勇者が振り向いた先には魔王城で連れ去られた奴隷がいた。
荷物持ちさせていた時よりも表情が柔らかくなっている。
今は優しい笑みを浮かべているが、昔はまるですべてを諦めているかのように目が死んでいたのだ。
その隣に黒尽くめの男が座る。
先ほどの声といいどこかで会ったような。
「!魔王軍、幹部の……!」
「……何の話だ」
黒尽くめの男──黒騎士は溜息を吐きながらメニューに視線を落とす。
魔王城で出会った時の殺気もなく、仰々しい甲冑もつけていない。
ただ身なりの良い市民に見える。
こんなところに魔王軍がいると知ったらパニックになるだろ、と諭された。
ぐぬ、黒騎士のくせに一理ある。
食事を終え、宿に向かう。
黒騎士はどこまで付いてくるんだと仲間たちもそわそわしてきた頃。
「また来る」
黒騎士は奴隷にキスをして去っていく。
まるで恋人のような甘い空気に「もう来るな」と突っ込みするのを忘れてしまった。
そして宣言通りに奴隷と食事し、送り届けては帰るのだった。
***
今日は王城へ、王様に進捗報告に来ている。
幹部に負けたとは言えず、育成は順調、しっかり準備して挑みたいと報告した。
「それはそうと、これの具合はどうだ」
近衛兵に鎖で繋げられた奴隷は王様に引っ張られ、頭を鷲掴みされている。
顔が歪むのが見え、表情が死んでいた理由が覗える。
「具合、とは……」
「仕込んでいたであろう?」
にちゃりと笑う王様に、勇者はふと思い出す。
奴隷を渡された時も同じような笑みを浮かべていた。
あの時「性奴隷にでも」とも小声で言っていた。
「いえ、私はそのようなことは」
「なんだ、使っておらんのか」
進捗報告でニコニコ聞いていた王様は期待外れと言わんばかりに肩を落とす。
「この奴隷はそれしか能がない。下の者を使ってやるのも上の役目だろう?」
肯定も否定もできず、ハハと乾いた笑いしか出ない。
王様は「まったく、役に立たんとは。教育が必要かのう」と奴隷の首を締め上げた。
奴隷は抵抗もせず、苦しんでいる。
仲間たちから困惑する声が漏れたその瞬間、バチバチと空気が震えた。
奴隷の足元に魔法陣が現れ、煙が立ち込める。
陛下をお守りしろ、と近衛兵が騒ぐ中、一人の青年が姿を表す。
王城のステンドグラスから淡い光が降り注ぎ、艶めく銀色の長髪はまるで天使のよう。
「てん……」
「魔王だ!」
近衛兵の言葉にハッとなる。
勇者は初めて魔王を見たのだ。
天使様だと形容した青年がまさか魔王なんて思うまい。
この先討つべき敵を焼き付けようと目を凝らすが、見えたのは王様の首がごろりと落ちる瞬間だった。
「貴様ッ……!」
おそらく向かい合う時間すらなかっただろう。
剣を向けられている魔王は近衛兵など敵ですらない、と奴隷と言葉を交わしている。
カラリと音を立てて、奴隷についていた枷が落ちた。音は三回。初めは首枷、少しおいて腕枷二つ取れたのだ。
魔王の言葉に頷いた奴隷は王様の頭を持ち、首へくっつけた。
今更、そんなことをしても無駄だろうと誰もが知っているのに。
治癒魔法は膨大な魔力を必要とし、存在自体が稀有である。
擦り傷程度は治せても離れた頭と体をくっつけるなんて不可能なのだ。
ふわりと暖かい風が吹いた。
みるみるうちに王様の首が繋がっていく。
奴隷が魔法を使えるとは知らなかった、それも高度な治癒魔法をだ。
魔王はそれを知っていた?
幹部である黒騎士もそうだ、肉壁として奴隷を出した時、旧知の仲のような口ぶりだった。
一体、奴隷いや、元奴隷は何者なんだ。
ぐらりと傾いた元奴隷を魔王が抱きとめる。
王様は意識が戻ったのか咳き込んだ。
「陛下!大丈夫ですか!」
「何をぐずぐずしている!魔王を討て!!」
「はッ!」
近衛兵が動くより先に現れた魔法陣が魔王と元奴隷を守るように霧で包んでいく。
煙が消えた時にはもう二人の姿はなかった。
終わり
『魔王軍幹部(※)の黒騎士と勇者パーティの奴隷と魔王様』
黒騎士→奴隷←魔王
※戦略上中ボスの位置にいるだけで本人は幹部のつもりはない。
魔王の部下ではないため。
黒騎士:騎士団長
奴隷:創作くん
魔王:本命くん
2025/02/02