奴隷との生活は順調だった。
一口に奴隷といっても、荷物持ちから側仕え、秘書ような役割りから性欲の処理まで主人によって扱い方は異なる。
ぼくは荷物持ちと部屋の掃除を命じた。
特に反抗する素振りは見られず、真面目に従っている。
申請をすれば学校にも同行が認められている。
奴隷用の机椅子はなく後ろで待機させるだけなので、あまり連れてくる人はいない。
飼ったと報告がてら1日だけ、というのが稀にあるくらいだ。
ぼくも奴隷との生活が慣れてきた頃、学校に連れて行ったのだが。
静かにはしているが、欠伸をしたり座って居眠りをしたり。
挙げ句の果てには、外で授業している他のクラスを頬杖ついて見たり。
かなり自由である。
その日はテストの返却があった。
赤点、と分かるそれを眺めているとすぐ後ろから声が掛かる。
「ご主人様、勉強苦手なの?教えてあげよっか」
「勝手に見るな!」
咄嗟に荒げた声を出して、しまったと焦るぼくに対して、肩をすくめただけの彼。
首輪には奴隷に罰を与えるため電気が流れる機能がついているのだが、作動していないことに安堵する。
そんな安心も束の間。
放課後は補習だぞ、と教師に言われてげんなりしつつも居残りするはめになるのだった。
***
目の前のいくら考えても分からないプリントをうんうん唸って睨めっこしていると彼が机に寄ってくる。
「がんばって!ご主人様!」
にこにこと笑顔で応援されても解けないものは解けない。
分からないと独りごちると、ここはこうだよ、と教えてくれた。
奴隷に勉強を教わるなんてとプライドが邪魔するも、彼の言葉はすんなりと入ってくる。
あれだけ分からなかった問題たちが、気づいた時にはすべて埋まっていたのだった。
「お疲れ様、ご主人様」
奴隷に頭を撫でられていた。
頑張ったねと褒められているような気がして嬉しいのに、その相手が奴隷という複雑さ。
親以外にされたことのないむず痒さもあるのだろう。
「……いつまで撫でてるんだ……」
「あぁ、ごめん。ずっと触ってみたいって思ってたからつい」
つい、で主人に触れるなんて、とぶつくさ文句を言ったのに、毛並み綺麗だね、と褒められてしまった。
身だしなみには気を使っているのだから当然だ。
礼を伝えるのも気恥ずかしくてそっぽを向いた。しっぽで察してほしい。
***
それは何の前触れもなく起こった。
寝静まった夜のこと。
焦げ臭い匂いに異変を感じて起きてみれば、家の者ではない粗暴な気配。
すぐさまソファーベッドに寝ている彼を起こしたのだが、もう朝?まだ暗いのに、なんて呑気なことを言っている。
「……なんか焦げ臭い……」
眠い目を擦って欠伸をする彼が自分と同じ異変を口にした。
やっと状況を理解したようで纏う空気が変わる。
いつもの柔らかさが消えてピリピリと警戒態勢に入ったところで、ドンドンドンと扉を叩く音。
彼の腕が腰に回って、耳元で囁かれる。
「ご主人様、緊急事態だから許して」
何を、と聞く前にばきりと腕枷にヒビが入り粉々に砕け散った。
魔封じの腕輪が壊され、ふわりと魔力を感じる。
腕輪が壊せるなんて聞いたことがない。
いや、SSランクの魔力に合わせたものじゃなかったとしたら。
「奴隷商がケチって粗悪品にしたんだ、助かったね」
これではいつ奴隷契約の首輪を壊されてもおかしくない。
こんな時に限って、いや、こんな時だからこそ。
もしこれが彼に仕組まれた事だとしたら。
そんな不安に応えるかのようにめきりと嫌な音を立てた扉は、いとも簡単に倒れ込んでくる。
口元を布で覆った男が数人、手元には刃物を光らせていた。
「なんだ、ガキとニンゲンの奴隷か。どっちも金にはならねぇな」
「じゃあオレはガキ貰うわ」
「お前の趣味は相変わらずだな。勝手にしろ」
「ニンゲンのほうは殺していいんだよな?」
「ああ」
目の前で繰り広げられる会話に恐怖心を煽られ、身体が震えだす。
そんなぼくを抱き締める腕に力が入り、何も怖がる必要はないと真っ直ぐな瞳で一言、絶対守るから、と。
彼に向かって振り下ろされようとしている刃を見て、そんな瞬間なんか見たくないとぎゅっと目を瞑る。
「ぎゃああああああああああ」
彼のものではない叫び声に恐る恐る目を開ける。
「火が、火がああああ!!」
「おい!なんだよこれ消えないぞ!」
「お前まさか魔力持ち」
慌てふためく男たちの中、彼に刃を向けた男だけが炎に包まれ消えていく。
「なぁ、やばいぞこれ」
「生け捕りにすれば金になるな」
「そっちじゃねぇよ」
「分かってる、退却だ」
じりじりと下がっていく男たちの退路はすでに炎に囲まれていて。
「どうすんだよ」
「奴隷なら主人の命令に従うだろ、ご主人様にどうにかしてもらうしかねぇ」
「なぁ~、お貴族サマ、その奴隷に火を消してって命令してくれない?」
「オレたちは何も盗らないし誰も殺さないからさ~」
「消してくれないとご主人様だって燃えちゃうでしょ~」
自分を貰うだの奴隷を殺すだの言ってきた男たちが命乞いを始める。
「あいつらの言葉なんて聞いちゃだめだよご主人様」
喉が乾いて声の出なくなったぼくは彼に頷くことしかできない。
場違いな程に優しい笑みを浮かべて、頭を撫でられる。
「ご主人様、俺がいいって言うまで目を閉じて」
彼に従えば、いい子、と囁かれる。ご主人様はぼくなのに。
「おい、火力上がってねえか!?」
「嘘だろ!?」
「考え直そうぜ?な!?」
「ひっ」
その声を最後に気配は消え、ぱきぱきと木が燃える音だけが残る。
「ご主人様、もういいよ」
目の前には部屋中に燃え広がる炎だけ。
「俺の炎は消したんだけど……。ごめん、消せなくて。他の炎も操れるはずなんだけど、土地か空気か相性が悪いのかも。……とにかく逃げないと」
申し訳無さそうな彼にひょいと姫抱きにされた。
驚いて口を開けようとしたぼくに、覆っててとハンカチを渡される。
「玄関のほうが火元っぽいんだけど、隠し通路とかあったりする?」
全力で頷いて、小さい頃から教えられていたその場所を伝える。
「りょーかい。走るね」
彼に揺られたその先には、母さまと父さまがいて。
「シルヴィちゃん……!よかった無事で!」
そっと降ろされたぼくは精一杯母さまに抱きつくと、ぼろぼろと涙が溢れ出た。
怖かった、怖かったのだ。
優しく父さまにも抱き締められ、2人に挟まれて少し苦しい。
泣き止んだ頃、ふと彼に振り向けば優しく笑いかけられる。
そしてすぐ俯いてしまう。今までそんなこと一度もなかったのに。
それから屋敷を再建するために落ち着かない生活を送るはめになるのだった。
***
あれから数年後、ぼくは学校を卒業した。
隣には奴隷契約を結んだ彼がいる。
首輪はそのまま、魔封じの腕輪はないままだ。
その気になればいつでも壊せるだろうに、なぜかずっとそばにいて命令に従うのだ。
「これはリビングに、あれは寝室に仕舞って」
今は引っ越しの片付けをさせている。
進学を機に一人、いや、二人暮らしをすることにした。
一度、彼から腕輪はなくていいのかと聞かれたが、そんな金はないと言ったらそれ以上何も言わなくなった。
ランクSSの魔封じの腕輪なんて一般に流通しておらず、稀にお目にかかれたとしても再建中の弱小貴族が手を出せる金額ではなかった。
「ねぇ、褒めてよご主人様」
指示通りにテキパキと終わらせた彼に、はいはいよく頑張った、と雑に褒めると、もう、と不満そうに口を尖らせていた。
「……まぁいいけど。だってこれから二人暮らしなんだよ?……どきどき、するね」
わくわく、ではなくなぜどきどきなんだと疑問が浮かぶが、悪戯っぽく発せられたそれを真に受けても仕方がないと無視する。
数日後の夜、寂しいからと布団に潜ってきた彼に乗っかられてハジメテを奪われることをこの時のぼくはまだ知らない。
獣人くん×ご主人様の身分逆転if
『弱小貴族獣人年下主人×凹ゲイ面食い最強年上奴隷』中編
解説メモ:受けは攻めに一目惚れ。
構いたいし構ってほしいし性処理でいいから早く抱かれたいのに健全な命令しかされないからしょんぼりしてる。
俯いたのは「もしかしてご主人様に俺は必要ないのかな」ってネガティブになってるから。
同棲(2人暮らし)できて調子乗ってる。
2023/07/13