「初めまして、転校してきましたシルヴァです。よろしくお願いします」
高校3年生、学年が上がって一ヶ月が経った教室をぐるりと見渡す。
窓際の席に座る彼と目があった。
緊張していたしっぽは嬉しさと期待で揺れ動き、スラックスの中に閉じ込めたそれは少し擽ったい。
この世界ではまだ獣人がいないため獣耳も隠していた。
でも。
少しでも彼に見てほしくて窮屈だった帽子を取れば、一気に騒音が押し寄せてくる。
当の彼は目をまんまるにしてこちらを見ているだけだった。
気持ちが先走ってしまうのは良くない。
ホームルームが終わるとクラスメイトに囲まれた。
耳は本物だとかしっぽはあるのかとか、どこから来たのかとか質問責めだ。
触られそうになった手を振り払う。
彼はこの中におらず、窓際で友人たちと談笑していることに興味を引けなかったのかとがっかりした。
***
移動教室のたびに気にかけてくれるクラスメイトを冷たく断って彼へ近づく。
「あの……!」
なに、と振り向いた彼の両側には派手そうな女子。
そういえば昔は女好きだったと聞いたことがある。
タイムリープして本当にこの時代に来れたのだ。
彼の"初恋"になるために。
「ぼくも一緒にいいですか?」
小首を傾げ上目遣いで見つめる。
ぼくのいた時代でやれば「そんなことしなくてもシルヴァは可愛い」とご主人様に言われたっけ。
でも今は初対面。少しでも彼に可愛いと思われたい。
できれば好みになりたい。
取り巻きが可愛いだのあざといだの煩いが彼の言葉を待つ。
「いいよ、行こ」
***
シルヴァが転入してきてから早数週間、なぜか俺に、俺だけに懐いている。
可愛い子に特別扱いされて嬉しくないわけがない。
衝動に負けて頭を撫でてやれば、さすがにゴロゴロは聞こえないが目を細めて好きにさせてくれる。
2人きりの時に「かわいい」と溢せば「ほんとですか?嬉しいです」と抱きついて唇を舐められる。
最近ではそれが深いキスへと変わり、たまに見せる雄らしい顔つきにどきりとする程だ。
「ねぇ、今付き合ってるのは私なんだけど」
「あー、そうね」
告白されたから付き合ってるだけの彼女を雑に対応すれば「最低。別れよ」と終わる。
今まで何人かと関係を持ってきたが来る者拒まず去る者追わずで、好意を持ったことはない。
シルヴァにだけは特別な感情が湧いてることに自覚する。
「やばいな、これ」
「何がですか?」
ひょっこり顔を覗かせた彼に心臓が飛び跳ねる。
さっきまで考えていた彼がにこにこと寄ってくる。
だってこんなの。
「可愛すぎる……」
えへへと隣に座れば、顔を近づけてくる彼。
ゆっくりと目を閉じて待てば、唇を割って入る舌と絡め合う。
まだ学校なのに、誰か来るかもしれないのに。
そんな背徳感の中で貪って、瞳を開ければ喉を鳴らした彼。
赤くなった顔も見られていることだろう。
心臓が早鐘を打ち、まだ足りないと欲張る。
「今日、家行ってもいいですか」
彼からの提案にこくりと頷く。
てっきりキスだけだと思い込んでいた俺は押し倒されることをまだ知らない。
終わり
獣人くん×ご主人様タイムリープif
『ご主人様の初恋になる話』
2023/10/01
2023/10/28修正