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    うなるどん

    @Bso2R

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    うなるどん

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    ゼイブラの気持ちで書いてはいないけど、ゼブ好きな人が書いたな感はあるよ(前回然り)

    バレンタインデー「……ということで、明日からの調査の説明は以上だ」
    「……はぁい」
     バレンタインデーの3日前。どうしてこの人は、いつもタイミングが悪いのだろう……。
     急ですまないね、とブライア先生は申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせる。
    「いーや、調査行くなら仕方ないことだし、別に良いですよー」
     と返したが、かなり棒読みになっていた自覚はある。
     あーあ、やりたかったなぁ。リーグ部菓子パ。みんなの、特にアカマツのお菓子、食べたかったなぁ……。

     ブルーベリー学園にはイッシュ出身の生徒が多いが、キタカミ出身のあたしやスグだけでなく、カントーなど遠い地方出身の生徒もそれなりにいる。だから、イッシュ地方であるにも関わらず、カントー式の『女の子が好きな男の子にチョコを渡す』が発展した『女子生徒達が手作りのお菓子をクラスや部活で配り回る』という光景をちらほら見かける。あたしの入学前から、らしい。
     当然、1年生の頃は知らない生徒も多いので、2年以上になってから流行り出すのだが。
     
     ちなみにあたしは入学前からイッシュ式の『男性が女性にプレゼントを渡す』という文化を知っていたので、こっちでも、というかこの学園でもカントー式のバレンタイン文化が通用することに驚いた。
     だから1年の頃から遠慮なくクラスや部活で生チョコとか手作りお菓子を作って、同じ文化圏の子とはお菓子交換を、知らない文化圏の子には「ホワイトデーは3倍返しだからね!」と配り回っていた。
     リーグ部では去年——つまり、あたしが2年でタロが入学した年、カントー式文化を知ったタロが「だったらみんなでお菓子パーティをしましょう!毎年!」と言い出して、今年もやる予定だった。
     
     ブライア先生が文化圏問わず、バレンタインというイベントを知らないわけが無い。何故なら学園にいる間は比較的まとも、且つ、この見た目と性格なので女子生徒に人気だからだ。
     あたしだって関わりの無かった1年の頃は、漠然と『しごでき女って感じで、かっこいい先生だなぁ』なんて思っていた。
     たまに見せるポンコツさもギャップ萌えとして捉えられているらしい。あたしが入学する前から、ブルーベリー学園で最もバレンタインのプレゼントを貰っているという噂がある。
     あたしも、1年2年と担任にも義理、というか世話チョコを渡したし、ブライア先生にも、とは思っていたが。

    「本当にすまないと思っているよ。リーグ部はバレンタインにお菓子パーティをするらしいじゃないか」
    「あ、先生知ってたんですか?」
    「去年タロくんから聞いたのさ。これから毎年やると意気込んでいたよ」
    「そこまで知ってんだ……」
    「良いのかい?残せるお菓子は残して、と言わなくて」
    「あ、確かに……言って来ようかなぁ……」
     正直、消費期限的に諦め気味ではあるが、部員達はみんな良い奴揃いだ。あたしは課外活動もあって元々あんまり部室に顔を出さないけど、とりあえず先生の言う通り、お菓子残しといて!を言いに行くことにした。


     先生と新たな調査に出て気付いてしまった。
     今年はお菓子の大量生産しなくて済むじゃん……!
     バレンタインは女子力自慢大会だとあたしは勝手に思ってたけど、地味にめんどかったのよねー。ま、あたしが居ないからスグがどうにかしてくれるでしょ。
     あいつにそんな器用なことが出来るかと聞かれたらちょっと、いや、かなり不安だけども。

    「ゼイユくん!見たまえ!地層が綺麗に見えるよ!」
    「いや先生どこいんのよ!」

     教職だからか、声がデカいからまあまあ見つけやすいが、この自由人は目を離すとすぐに居なくなる。考え事をして見失ったあたしも若干悪いし、もう慣れたといえば慣れたが。


     冬の夜は路面凍結が怖い。だから日があるうちに調査をして、夕方には切り上げようと事前に話し合っていた。キタカミで雪道に慣れてるあたしならまだしも、先生は見るからに危ない歩き方をしているし突然走り出すし……転ぶのも時間の問題だ。転ばせないのがあたしの役目ではあるけど、歩き方を教えたところで何か見つけると一直線に走り去ってしまう。

     うん、案の定転んだわ。滑ってとかじゃなくて、その辺の段差に躓いて。
    「もう!何してんのよ!」
    「ハハハ、恥ずかしところを見られてしまったね……」
    「で、大丈夫ですか?」
    「ああ、この通り無事だよ!」
     パッパとコートの砂埃を叩いた、傷を作った両手を見せられても。ポーチに入っている絆創膏を、手と当然出血している脚にも貼ってあげた。どっちが引率なんだか……とたまに思う。
     先生が転んだところで、日は沈みかけていた。だから約束通り、あたし達はホテルに戻って今日の調査を纏めなければ……いけないが、先生はまだまだ周りに興味津々だ。またもやふらふらと何処かへ行こうとする先生を何とか説得して、ホテルに戻ることにした。


    「先生、ちょっと買い物行ってきていいですか?」
    「うん?構わないが……この時間に女の子ひとりでは危ないからね。私も……」
    「先生は留守番しててください!ただでさえ怪我してるのに、暗くて凍った道歩いたら転びまくって血塗れになるわよ!」
    「子供じゃあるまいし……」
     いや、子供より子供っぽいじゃない。その傷は一体どうして作ってきたのか、彼女は覚えているのか――。
    「とにかく!ここ繁華街だしすぐそこのデパート物色してくるだけだから!」
    「ううむ……心配だが……わかったよ。何かあったら直ぐに連絡するんだよ」
    「大丈夫だって!変なのに絡まれてもあたしなら勝てるっしょ」
     そう言い残すと先生は「確かに、ゼイユくんは強いからね」と素直に送り出してくれた。


     なんとか先生を振り切ってホテル近くのデパートへ入った。デパ地下のショコラティエ競争ゾーンにはチョコレートが色とりどりに並んでいる。男性から女性へ贈り物をする地域でも、チョコは定番の1つなのか、そこそこ賑わっていた。
     ポケモンバトルで稼いだお小遣いを確認してきた。バレンタイン前日の夜という計画の無さだけど、そもそもあたしの元々の計画を潰したのは先生だし、お互い様じゃない?
     本来なら先生には、リーグ部やクラスのみんなと同じ、量産菓子を渡すつもりだったし。
     
     ところであたしは、先生のチョコレートの好みを知らない。何度も色んな地方を回っているから好き嫌いしないことはわかるけど、でも折角なら探りを入れて来れば良かったな。研究室で出されるお菓子は殆ど焼菓子だし、純粋なチョコレートを貰った記憶は、確か先生が買ったものじゃなくて頂きもののチョコレートだった気がする。

     もうわかんない!と心の中で叫んで、財布と相談しつつパッケージを物色することにした。
     モーモーミルクのマークが描いてあるもの、フルーティさを強調するためかトロピウスとアローラナッシーが描いてあるもの。アクセントに辛味のあるオッカのみを入れたチョコもあるらしい。面白半分で買ってみようかとも思ったが、これは世話チョコだ。イタズラしたい気持ちはあれど、一応失礼にならない程度の物を買っていこう。
     知らない高級ショコラティエの、財布が空っぽになるような予算ギリギリ『ある意味ギリチョコ』を渡すより、あたしでも知ってるちょっとお高い有名チョコを探すことにした。あんまり高いものを買って行っても先生に余計な心配をかけそうだし。学生でも手の届く範囲のものを買おう。

     有名店は当たり前のように他の店よりもスペースが広いし、物色する客も多ければ購入客も多い。あたし身長高くて良かったな。背伸びしなくても何があって何が売り切れなのかよく見える。この宝石っぽいやつは先生っぽいな。他にも珍しいきのみを使った、とかバレンタイン限定グッズ付きとか、有名店の限定チョコも中々面白い。
     何店舗か有名店を回って、最初に見た6粒入りの宝石を模したチョコレートを買うことにした。
     テラスタルバカな先生ならきっと喜んでくれる筈だ。
     さて、これをいつ渡そうか――。

     ホテルに戻れば、先にお風呂に入ったのか先生はジャージ姿になっていた。
    「おかえり、寒かったでしょう」とあたしの手を握って「ハハハ!冷たいね」と笑う。宝石チョコを袋ごと隠すために持って行ったショッピングバッグを肘で背中側に回した。サプライズにしたいから今中身がバレたら困る。デパートには何があったか訊ねられたが、デパ地下が面白かったことと、可愛い服があったとか、化粧品いっぱいありましたよーとか適当な嘘を交ぜつつ誤魔化した。
     それからお風呂に入って、夕飯を食べながら調査を振り返って、布団に入って。とにかくいつ渡すかを考えていたら夜しか眠れなかった。



     バレンタイン当日。この地域には珍しいテラスタルの結晶を見るというデートプランがあるのか、数は多くないが、あたし達以外は殆ど若いカップルだ。彼氏にイチャつくぶりっ子風の女なんか見ているだけで痛い。ああいうタイプの女嫌いなのよねー。
     あたしが周りの奴らに引いていると先生は「ああ!」と声を上げた。

    「ここの結晶の成分はパルデア地方の東エリアとの共通点が多いね!もしかしたら土質が似ているのかな?よし、採掘しよう!ゼイユくんピッケルを」

     突然結晶に対して興奮気味になる女を見て周りのカップルは静まり返った。
     普段なら「先生声デカいって!」とかツッコんでいるけど、今回に関しては『ざまあみろ!こっちはあんたらの雰囲気クラッシャーを連れてんのよ!』と内心ほくそ笑んでいる。だからあたしも「はーい!先生!丁寧に採掘してくださいね!」と笑顔で、デカい声で、カップル共を牽制した。あー、なんかスッキリ。

     先生は採掘した結晶を眺めながら歩いているもんだから、また転ぶわよと鞄に仕舞わせた。
     中心街に戻ると、売れ残りを出したくないのかあらゆる店が花やアクセサリー、お菓子などバレンタイン商品を推し出している。
     実を言うと調査の初日からそうだったが先生はそんな光景に目もくれなかった。バレンタインの話なんか、あたしがデパ地下の話をした時以外一切していない。別にショコラティエがどうのこうのまでは言ってないし。
     だからあたしは、今更ながら不安になってきた。先生本当はバレンタインに飽き飽きしているんじゃないか、とか。余計なことを考えては昨日買ったチョコを渡すか悩み始める。

    「ゼイユくん、どうかしたのかな?浮かない顔をしているが」
    「あ……いや、なんでも……」
    「……やはりリーグ部でお菓子パーティ、やりたかったのかな?」
     あ、そういう誤解?
     まあそれもそうなんだけど、本当の悩みは惜しいけど違くて。でも先生には今は言えなくて……。
    「まあ……そうなんですけど、それとは別のことも気になってて……あ、でも先生が心配するようなことじゃないから!……たぶん」
    「そうかい?だったら良いが……」


     そうこうしてる間にホテルの部屋に戻ってきた。渡す、渡さない、で悩んでたけどもうお金使っちゃったんだから渡す以外の選択肢無いじゃない!と腹を括った。
    「先生!あの!」
    「うん?何かな?」

     ヤバ、バレるの嫌で冷蔵庫入れ忘れてた……。
     でもいいや、部屋常温だったし、渡すなら今!

    「い……いつもお世話になっております……」

     言ってからもっと言うことあったなと思った。
     だけど直前で変なこと悩み出したり冷蔵庫入れ忘れとか想定外のことが起きて、社会人が菓子折りを渡すような感じになっちゃった。一瞬フリーズした先生は両手で袋を受け取る。

    「有難く頂戴いたします」
     先生は恭しく頭を下げた。
     いやちょっとそのノリやめてよ!咄嗟に「いつもお世話になっております」とか言ったあたしが悪いんだけどさ!
    「だが……すまない、今のは少し面白かったね」
     先生は顔を逸らして「ふふっ……」と声を漏らした。頭、ではなく顔に血が上ってくるのが自分でもわかる。

    「ほ……他に言いたいことあったけど咄嗟に出てきちゃったの!笑わないでよ!」
    「いやいや、すまない。でもそれは社会に出た時に役に立つよ」
    「変なフォロー入れられると逆に恥ずいんですけど!」
    「ハハハ!まあまあ。今のゼイユくんのように渡してくる子も沢山いるから」
    「じゃあなんであたしだけ面白がるのよ」
    「うーん……普段とのギャップかな?」
     はあぁぁ、とホテルのベッドに突っ伏した。この人にギャップとまで言われると、恥ずかしくてなんかちょっと、今顔見られるの嫌だわー。
    「ゼイユくん、早速頂いて良いかな?」
     背後から声をかけられる。「どうぞー」と適当に返せば、中身を見た先生は「わ、可愛らしいね!」と上擦った声を上げた。てかそのチョコ溶けてないかな?

    「先生チョコ大丈夫そうですか?冷蔵庫入れ忘れて放置しちゃったんですけど」
    「特に溶けたりはしていないよ!ゼイユくん、良ければ君も一緒に食べないかい?」
    「え?あたしがあげたのに?」
    「君の気持ちを無下にするつもりは無いよ。ただ……奮発したんだったらひとつは食べたいのではないかな?それにほら、時間を見てごらん?」
     確かに、奮発したし味は気になる。
     だけど時間……?夕飯前だからお腹に余裕を持たせたいのかな?
    「時間、って夕飯前ってことですか?」
    「夕飯前だし、ひとつと言わずに半分こしないかい?」
    「へー。じゃ、遠慮なく食べちゃお!あ、でも先生が食べたいの先に選んでいいですよ」
    「ふふ、感謝するよ」

     どれが何味か書かれた紙を見ながら、先生とチョコを分け合った。やっぱり滅多に食べないお高いチョコは美味しいわね!半分の3粒なんて、あっという間にペロリだった。


     そういえば、今ブライア先生はここにいるし、学園の『ブライアの女達』とあたしが勝手に呼んでいる奴らはどうしているのだろう。
     というかブライア先生って、本当に学園で1番バレンタインプレゼントを貰っているのだろうか。

    「先生ってバレンタインいつもどのくらい貰ってんですか?」
    「年によって変わるよ。やはり担任を持つ持たない、授業の数で大きく変わるからね」
    「だいたいで良いんでどこからどこまでとかって覚えてます?」
    「だいたいなら……50から90近くかな……?」
    「はぁーーーーー[#「」は縦中横]流石に貰いすぎでしょ[#「」は縦中横]」
    「ハハハ……でも生徒達が私のために用意してくれたのだよ?拒否なんて出来ないよ」

     先生は笑いながら眉尻を下げた。
     その時あたしは確信した。ブルーベリー学園で最もバレンタインプレゼントを貰っているのはこの人だと。この天然女たらしめ。

    「バレンタインになると他の先生が予備の袋を持ってきてくれるんだ。有難いことにね。そうそう、ジョークで『ブライアちゃん退職するみたいだねー。居なくなったら困っちゃうけど』なんて毎年校長先生から言われるよ」
    「それ新任の先生とか事務員さん引くでしょ」
    「引いているとは思うが、他の先生達が予め『ブライア先生はチョコ沢山貰うから、渡すならお茶が喜ばれるよ』と釘を刺してくれているようなんだ」
    「職員室にも暗黙の了解ってあるんだ……」

     開校以来続いているらしい。というか卒業生もわざわざ来て先生に渡したりするから毎年増えていくみたいで、人気者って大変なんだなぁ……とか当たり障りない感想を抱いた。
     しかも律儀にくれた人全員にお返しをするらしくて……多分、そういうところが先生の良いところで、自分で自分の首を絞めるところなんだと思う。
     本人にそんな自覚は無いんだろうけどね。



     そんなとんでもない話を聞いていると、ブライア先生は夕飯を食べようかとあたしを外に連れ出した。
     すっかり日は沈んで真っ暗、だけど街灯と周りの店から溢れる光で明るい道を進めば、薄らと記憶にあるような名前の店の前だ。なんだっけ、最近見たような気がするけど……。
     思い出せないでいると、店員が席に案内してくれた。どうやら先生は、あたしの知らないうちに予約を取っていたらしい。特にコースではなく、先生はメニュー表をあたしに向けて「好きなものを食べてくれたまえ」と微笑んだ。
     メニュー表をペラペラ捲るとオシャレなパスタとかグラタンが載っている。更に捲っていくと、やたらチョコ系のデザートが多い。ページを戻して主食や主菜を見ても『カカオニブを使った〜』と書いてある。

     そこで漸く思い出した。この店、昨日のデパ地下に出店してた高級チョコの店だ。ただでさえパスタ高いなーと思っていたのに、そのパスタよりも高いデザートがずらりと並ぶ。ちら、と顔を上げて先生の様子を伺うと「迷っているのかな?」と笑顔を見せた。なんでそんな呑気な表情してんのよ……ちょっと引いた。
     だけどまあ、奢ってくれるんだったら遠慮なく。カカオニブを使ったクリームパスタと、フォンダンショコラを頼んだ。


     料理を食べながら、先程の話の続き――でもないか。先生はバレンタインデーについて語り出した。

    「バレンタインデーに2人きりの教室で、プレゼントを貰うことなんて学生時代からあったよ。勿論、教師になった今でもね」
    「先生の学生時代も女子人気高かったんですか?」
    「そういう女の子もそれなりに居たけどね。昔は髪が長かった時代があったり、制服がスカートだったりで今より男の子からのプレゼントも多かったかな」
    「……どのみちモテてたんですね」

     まあ、中身はともかく顔もスタイルも良いし、誰に対してもフレンドリーだもんなぁ。そりゃあ学生時代からモテてもおかしくない。
    「そうでもないよ。恋人なんて出来ても最長1週間さ」
    「先生が変人だから?」
    「ハハハ……残念ながら否定は出来ないね……だが私から別れを切り出すこともあったよ?『勉強や、やりたいことを優先したい』とね」
    「うわぁ……先生言いそう……というか告られてもそれでフッてたでしょ」
    「おや。よくわかったね。そもそもあまり関わりのない男子から告白されることが多かったのさ」

     まあ……先生が彼女だったらマウント取れそうだし。頭良くて美女で巨乳で。黙って座っていれば良いところしかない。
     黙って座っていれば。だから関わり薄い男子からしか告られなかったんじゃないかな。動かしたら変人だもん。

    「……いや、そういう話をしたかったわけではないんだ」
    「えー、でもあたし先生の恋バナ失敗談もうちょっと聞きたーい」
    「ハハハ……それはまた今度ね……」
     先生は困ったように肩を竦めて、誤魔化すように頼んでいたホットチョコレートを飲んだ。

    「で、どういう話をしたかったんですか?」
    「本題だね。さっき2人きりの教室でプレゼントを貰うことはよくあると言ったじゃないか」
    「うん」
    「だけどその後……一緒にチョコを食べたのはゼイユくん、君が初めてさ」
    「……え?」
    「勿論、こうして……デートではないけど、バレンタインデーという日に特別感のある店に来たのも初めてだ」

     何よ急に、あたしじゃなくて通称ブライアの女達なら確実に死んでるわよ?先生もしかして女を落とすのが趣味なの?しかも生徒を?
     ……いや、絶対無い。だって先生、まともに恋愛出来ないくらいには他人への興味薄いし。本当に、先生の無意識で、ただ単に言うタイミングがそれっぽくて、ワードセンスが『天然人たらし』なだけだ。

    「あの、念の為聞くんですけど、あたしのこと落とそうとか考えてないですよね?」
    「落とす?」
    「ですよねー」
     やっぱそうよねー。逆に安心したわ。
    「私はただ、学園でもテラスタルの調査でも世話になっているゼイユくんに礼をしたいだけさ。今回の調査許可が取れたのがたまたまこの期間だったから、せめて美味しいものでも食べてもらおうとね」
     先生はニコリと微笑んだ。テラスタルさえ絡まなければ、笑顔は可愛いし性格良いし、頭も顔もスタイルも良いし、生徒に人気な理由はわかる。
     そう。テラスタルさえ絡まなければ。

    「……あたし、先生のそういうとこ良いと思ってます」
    「そうかな?ハハハ……照れるね、感謝するよ!」
    「でも!あたし以外に2人きりがどうのこうのとか、デートとか言わないこと!先生をアイドルだと思ってる奴ら……先生にプレゼントくれる生徒達が勘違いして厄介事起きますよ、そのうち」
    「安心したまえ。教師と生徒という立場は弁えているさ。仮に2人きりの教室でプレゼントを渡されても、軽く礼を述べて後日お返しをするに留めているよ」

     それなら……まあ。あたしもブライアの女達のことは詳しくないけど、あくまで先生はアイドルであってガチ恋対象じゃないだろうから。多分。いや、やっぱ怖いな。先生は先生で迂闊にその辺の女惚れさせるような発言するし。

    「本当に!気を付けてくださいね!」
    「うん、肝に銘じておくよ。ところで何故ゼイユくんは平気なのかな?」
    「え、やっぱ生徒弄んでる自覚が……」
    「待ちたまえ、そんなこと言っていないよ。ほら、君はさっき『あたし以外に』と言ったじゃないか。それが何故なのか気になってしまってね」
    「あー、あたしがブライア先生に詳しいからです」

     えーっと、と何かを考えようとして諦めたのか、先生は口元に笑みを張り付けたまま、首を傾げた。

    「まあ、ホテルでは私の私生活を軽く覗いているようなものだからね?」
    「どちらかと言えば調査中の暴走見てるからですね。学園のみんなはテラスタルバカなとこ知らないっていうか、それがギャップだと思ってるんですよ。ギャップじゃなくてマジってこと知ってんの大穴行ったメンツくらいでしょ?」
    「それに関しては……すまない、気を付けているつもりなんだ」
    「……別に良いけどね」
     小声でぼやくと、先生はぽかんと口を開けて目をぱちくりさせた。

     もう慣れた、だから別に良い。先生が何をしても驚かないわけじゃない……というか、何かした時点で驚くけど、それ自体に慣れちゃったから。あたしだって内申点欲しさは勿論あるけど、先生の研究内容自体に興味湧いてきたし。
     でもそれ言ったら5時間は研究内容について話されるから黙っておくことにした。
     
     

     店の外に出ると、来た時よりも気温が下がっていた。キタカミで寒さにある程度慣れたあたしでも寒いと思ってしまう程だ。先生はコートにマフラーと、普段のグラマラスな体型をカバーする程厚着をしているのに「うう、寒いね」なんて言いながら赤くなった指先に白い息を吹きかけている。
     
     そういえば『ホワイトデーは3倍返しだからね!』を言うタイミングを逃してしまった。というか、高いご飯奢ってもらったんだから言わなくていっか。という気持ちになってしまった。
     でもちょっとだけ期待して、帰路で察するかな……くらいには言ってみる。
     
    「チョコのお返し、もう返されちゃったからなぁ。ホワイトデーは3倍返し、って言いそびれちゃった」
    「ホワイトデーは3倍返し、だね」
    「いや、流石に申し訳ないんで……」
    「君の分の会計はせいぜいくれたチョコの2倍程だと思うが……それに、今日はバレンタインデーだよ?」
     
     うわ、あたしが買ったチョコの値段知ってたんだ……。ちょっと気まずい。
     先生は冷たい外気に触れた耳と鼻を紅くして、マフラーから覗く口元はにやりと吊り上がっている。そんな、普段見せないような表情であたしを見上げた。もしかしてホワイトデーにも何かくれたり?
     流石教務主任、太っ腹〜!
     
     
     なんて考えも束の間、あたしはとんでもないことに気付いてしまった。
     
    「……先生への3倍返しってどうすりゃいいのよー!」

     夜道にあたしの心の底からの言葉と、先生の笑い声がよく響いた。
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