お稲荷さん 部屋から漏れてくる元気な泣き声を認め、慎寿郎と杏寿郎は襖を開けた。
部屋の中央に敷かれた布団の上、横たわる瑠火が二人の姿を認めて微笑を浮かべる。
その胸元では金色の髪の赤子が元気に泣いていた。母子共に大事ない様子に、慎寿郎はほっと胸を撫で下ろす。
「おめでとうございます。男の子ですよ。」
ねずみ頭の産婆が言う。言われなくても、それは赤子を見ればすぐ分かった。この金色の髪は稲荷神の男児のみが持つものだ。成長すれば慎寿郎と同じく毛先に朱が混じるようになる。
稲荷神は人間の女との間に子を設ける。産まれてくるのはほとんど男児で、女児が生まれてくる事は稀だった。そして、男児は全て父神に似た稲荷神となり、女児は全て母と同じ人間として産まれてくる。女児の容姿に父を感じる事はあるが、金と朱の髪だけは女児に現れる事はなかった。
「瑠火、ご苦労だったな。」
慎寿郎は妻の元へ向かい、元気に泣き叫ぶ産まれたばかりの我が子を見て、目を見開いた。
「……ない。」
父と共に部屋に入った杏寿郎はしげしげと生まれたばかりの弟を眺めていたが、父の呟きに顔をあげた。
「父上、何ですか?」
杏寿郎の問いに、呆然と半開きになっている父の口からまた「ない。」という声が漏れる。その視線は赤子に向けられていた。
「何がですか?」
何が無いというのか。杏寿郎は再度しげしげと赤子を観察し「あっ!」と声をあげた。
「父上!この子、耳がありません!!」
言うと同時に、杏寿郎は思わず自分の頭頂部に両手を伸ばす。ふわふわとした三角の耳がそこにはあった。慎寿郎にも同じものがある。しかし、目の前の弟にはそれが無い。代わりに、側頭部に小さな小さな人の耳が付いている。
稲荷神慎寿郎の次男千寿郎は、非常に稀な神仙の力を宿すヒトであった。