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    黄月ナイチ

    @71_jky

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    黄月ナイチ

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    アイドルパロ⑤

    カラビンカくんと歌おう、はDGP放送局の低年齢向け教育番組である。司会役の青年男女と巨大セットの『魔竜』を中心に、地元の子供たちを招いて披露される季節の歌や手遊び、もっとダイナミックに身体を動かす体操、はたまた人形劇や知育コーナーなど、短時間ながら叡智と趣向を凝らした構成である。
    この番組、実は年始の特番で好評を博し、この秋からレギュラー番組として復活を遂げたという経歴がある。放送開始から3ヶ月、特番の反響の勢いを追い風にスタートを切り、期待を裏切らないどころかさらに磨き抜かれた内容で高くなったハードルをやすやすと飛び越え、テレビの前のお子様親御様、かつてお子様だったお兄様お姉様の笑顔と突っ込みを恣にしている。早くもDGP放送の次期看板番組と目される、今最も勢いのある番組の一つである。
    「お疲れ様です」
    その司会者の片割れとしてヒットの功労者の一人となったケレスは、ずいぶん長引いた撮影を終えて這々の体で事務所に戻ってきた。あの現場でもっとも難しいのは番組タイトルにもある魔竜の運用である。もう一方の司会者である新人のシュロはこの業界でも稀有な魔竜の加護を受けたアイドルであるが、その才能(カリスマ)も魔竜の扱いも未だ(良い意味で)発展途上にあり、撮影現場ではしばしば半ば織り込み済みのトラブルが発生するのが日常である。
    「おかえりなさい。ずいぶんになりましたね」
    「いつもの魔竜待機ですよ」
    疲労困憊のケレス出迎えたのは戴天プロダクションの雇われプロデューサーとして辣腕を振るうサティであった。ケレスが睨む前に咥えていたタバコを灰皿の上に始末した彼は書類を広げたサブテーブルの前のソファの上で長い脚を組み、携帯端末と手帳を抱えている彼は果たしてその深夜の事務所で如何なる悪巧みをしているものか。
    「いかがですか、DGP放送の雰囲気。少しばかり慣れましたか?」
    「慣れはしましたが——やっぱり少々窮屈には感じますね」
    人気が出れば出るほど、「こうあるべき」姿は肥大化するもので、「そうでない」部分を少しでも見せれば命取りである。それは芸能界に身を置くものであれば大なり小なり背負う宿命のようなものだ。しかしながら低年齢向け教育番組の演者に求められるものは段違いに大きい。
    サティの近くは避け、給湯コーナーに置き去りになっていた丸椅子の上に腰を落ち着けたケレスは冷蔵庫の中の未開栓のミネラルウォーターのボトルを手にとった。
    「コンビニにも行けやしない」
    「おや、ずいぶんと厳しいことですね」
    「ディレクターが厳しいので。……軌道に乗るまではくれぐれも素行に注意するようにと」
    「ああ、例の。タフトさんでしたっけ。ああいう方、お好みじゃありませんでした?」
    「どの辺がですか」
    「肌の色とか体型とか」
    「ご冗談を」
    軽口への対応としてはかなり強めになってしまった口調を仕切り直すように水を飲み、溜め息とともに
    「大した報酬でもないというのに」
    「ハハハ、額面で言えばそうですね」
    小さな毒づきを、その額面を整えて件の番組にケレスを「売った」張本人が明るく笑い飛ばす。すっかり深夜であるというのに淀みのない完璧な愛想笑いである。
    「ああいうのは言わば名誉が報酬のお仕事ですから」
    「着ぐるみになった気分ですよ」
    「このまま番組が相応に成長したなら、この経歴はあなたの勲章です」
    間違いなく。強く言い切る言葉にぱっと振り返ると、サティの表情は見えない角度に隠されていた。
    「劇団イスパノの復活にあたっては、きっと良い看板になります」
    「……」
    ケレスはあちらからも見えないであろう視線を剣呑に細めた。それはかつて首都近郊の小さな劇場とそこを拠点として活動し、ずいぶん前に戴天プロダクションに吸収合併された小さな劇団の名前だった。現在ではほぼ無名の、ケレスの——ナイトワットとケレスの、夢の轍である。
    「あまり気軽に口にしないでもらえませんか」
    何故この男が、と思うより先に、棘のついた牽制の声が出た。今は失われたしかし未だ胸を灼く、華々しくはないが満ち足りた日々の続き。
    「…………安くなるので」
    「それは失礼」
    諸々を飲み込んで付け加えると、サティは軽く肩をすくめるだけだった。ケレスは警戒を解ききれないまま水のボトルを呷る。否、未だ道は続いている。アイドルも教育番組も何もかも、あの日々を取り戻すための踏み台なのだ。
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