簡易コンロの上の片手鍋に、カカオ豆を挽いたペーストをどさどさ。火をつけて一分間ほどかき混ぜてから砂糖、それから塩をひとつまみ。熱くなった粉にふた匙分の牛乳を加えてよくよく練っている立ち姿、を、ヌーベルは両手に頬杖をついて眺めていた。
彼の住処である研究室において、アマチが何らかの飲み物を作るのは珍しいことではない。この部屋の一角にはコンロがあり、鍋があり、ヤカンがあり、コーヒーの粉や紅茶の葉やドリッパーが常備されている。
「アマチ博士、ココアの薬効はご存知ですか?」
漂い始める甘く濃いチョコレートの香りに鼻をぴくぴくさせながら、ヌーベルは手持ち無沙汰を振り回すようにしてそう尋ねた。
「抗酸化作用とリラックス効果、食物繊維と各種ミネラル——」
ココアを練る手を止めないまま、アマチは説明書を読むようにして答えた。牛乳が加わることでココアプロテインとミルクカルシウムが、とつらつらと説明を続けながら、鍋に少しずつ加える牛乳をよくよく混ぜ合わせていく。
つまらなーい、とヌーベルは唇を尖らせた。
「チョコレートには恋愛化学物質が含まれてるって言うじゃないですか。そういうカワイイお話がしたいんです」
「はあ」
ぐるぐるとかき混ぜられたココアを沸騰寸前まで温めて、コンロの火はぱちんと消えた。
飲み物の種類の多さに反して茶器にはあまり種類がなく、ヌーベルに差し出されるのは飾り気のない分厚くて大きいマグカップである。実のところヌーベルの手には少々大きくて重いのだが、中身が冷めにくいのがよいところだ。
「そういえばそういう話をしていたことがありましたねえ」
「え、そうなんですか?」
「10年近く前の話ですよ」
戸棚から取り出されてきた袋入りの白いマシュマロが二個三個と浮かべられて、ココアはテーブルの上で完成する。
「本当に不死者に効く薬は無いのか? という議題でね」
「ふうん。効いたんですか?」
「そういった成分の実在は確かだそうですが、おおむねプラセボの類いなんじゃないですかね」
身も蓋もない。ヌーベルは熱々の飲み物に向かってふうふうと息を吹きかけた。熱を帯びて沈んでいくマシュマロの半身が液面で揺れる。
「つまんないですねえ」
「それはどうも」
それでもチョコレートの匂いにはときめきを運ぶ効果があるのだとか。先史時代には愛を告白するきっかけとして使われたこともあったとか。
振る舞われた熱々の飲み物を口にしながら、ヌーベルは恋とはどんなものかしら、などと考える。甘くてふくよかで、苦くて熱い。