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    黄月ナイチ

    @71_jky

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    黄月ナイチ

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    吊られた男

    おれが なにを した。

    と、言葉にできたのはその言葉をつくる脳が再生されてからの話だ。ようやく取り戻した器には次から次へと記憶と思考が形になったが、肝心な部分は何かがそうと望んだかのように穴抜けだ。その穴を補うためなのか、生きるために必要な知識には事欠かなかった。
    一般常識。パブリックな場では衣服を身につけるべきであるということ。金は何かにつけて必要であるということ。空腹は適当にでもしのがなければ死ぬまで動けなくなること。殴られれば殴り返しても良いし、力の差は武器で埋めてもよい。目には歯を、歯には牙を。
    おぼつかない記憶を頼りに汚染区域を彷徨い歩き、体面を整える頃には手元には多額の紙幣が積み上がっていた。打ち捨てられた居住空間。記憶からすると随分未来の日付が刻まれた缶詰の中の肉。
    誰かのコレクションであったのだろうヴィンテージ感のあるナイフの一揃えは物騒な世の中を渡る武装としてはちょうど良さそうだった。
    不死不滅の肉体、特別な命。繰り返された実験と実にならない研究。提供した(搾取された)数々のデータとお粗末な統合と解釈。魔法使いどもの限られた思考と生命と結論。
    不死の罪に罰を。不滅の因果に救済を。あれが報いか。救われることなどなかった。俺が何をした。
    脳に流れる嫌な気配から逃げるように求めた街では魔人と人間が共に暮らしていて、それは奇妙な光景のようにも思えたが、時代の狭間には稀にそういうことが起こり得ることは『知って』いたので疑問には思わずにおいた。
    紙幣を詰めた紙袋をぶら下げて、温かい食事を求めて入った串焼き屋で新鮮な肉——丁寧な調理を施されたもの——を口にした。久しぶりに味のするものを食べたと思った。体を取り戻してからではない、もっと以前のことをひっくるめても。温かく、丁寧で、美味なる食事。腹と味覚を満たすに十分な食事。
    「最高の腕前だ」
    出された食事に対価を。料理を作ってくれた相手には感謝を。優れた腕前には賞賛を。どこか彼方から教えられる一般常識をなぞるには心も必要なのではないかと気がついたのは店を出てしばらくして、目の淵からぼろぼろと落ちる水分に気がついてからだった。
    「ふっ、ゔうッ、〜〜〜ッ」
    それは目に続いて、喉からも溢れ出る。歩き続けることができなくなって人気のない路地裏に逃げ込むと、そのまま建物の壁に体重を預けるようにした。
    味を感じる体は生きている。手のひらに触れる涙の温度も、声をあげるのどの震えも、生きている体の成せるものだ。ここにある。ここに居る。何の因果か。
    なんの為か。
    ひとしきり産声を上げた後の頭のてっぺんに、遥か彼方からの声が聞こえるような気がした。
    「わかっている、ああ、わかっているとも」
    誰にともなく了解を示し、ゆっくりと立ち上がる。生きろ、為せ、立ち止まるな。聞き飽きたような声はやがて消える。わかっている。その為の不死。研ぎ澄まし究めるべく与えられた不滅は、誰かの玩具になるためのものではない。
    目の先に、大柄な男の姿が映った。今度はその男が発したらしい現実の音声を耳に聞く。おいお前、見かけない顔だな、とかなんとか。自分にむけての問いかけと判断して答えようとしたその顎に向かって問答無用の拳が襲いかかる。
    新鮮な痛みの中で男は思う。俺が何をした?
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