我々はまだ何もしていない。
オスカー・シャクターは勝利者であろうとする。すべてを踏み倒すそうというならば、そうでなければならないのだ。
(進め。)
既に失われた声は、明暗の境の向こうから聞こえる。強い陽射しに塗り分けられる日陰の中からの傲慢不遜なそれは、もういなくなってしまった男を模した空耳であろう。
死んだ男の。死なないはずだった男の。
「死ぬわけがない」
と、コサイタスは言う。
「私たちはまだ何もしていない」
と、言う。
おおよそ感情というものの薄い彼にしては珍しい、怒りのようなものを込めた嘆きは一定の年齢を越えた男には許されない類の泣き声であった。
仮設の作戦本部が作る濃い影の中で、それを足元に捉えようとしてまた笑い声を聞いた。じゃり、と長靴が踏むのは砂漠の砂だけで、当然そこには誰もいない。日陰の中の影。影踏み鬼の鬼。シャクターは煙草に火をつけ、束の間瞑目する。
頭の中で、進め、と既に沈んだはずの太陽が笑う。夢の案内人は一人勝手に満たされて、魔法だけを残して無責任に消えた。まったく勝手なことだと溜息をつけば、あの男が勝手でなかったことなど一度もなかったなと思い返す。
「進め」
幻聴を真似て呟く。よく晴れた強い陽光が三ツ星の旗印を照らす。遠目に見える敵部隊の武装を照らす。醒めやらぬ野望。終わらない、夢の日々の続きだ。
我々はまだ何もしていない。これから始まるのだ、そうだろう。始めた以上は、終わるまで。
「オスカー」
「ああ、今行く」
ギョーマンに呼ばれ、シャクターは再び砂を踏んで日陰を後にした。
振られっぱなしの賽の目を確かめに行く道は長い。星を、天を掴むべくに始めたギャンブル、何処まで行けるか。