「お聞きするところによるとアマチ博士は結党時からこちらにいらっしゃるとか」
「……はぁ、まあ在籍だけは長くなりましたがね」
アマチは訪ねてきたケレスを前に口元だけは笑みを保ったまま内心で気を引き締めた。彼が管理する部屋は医務室としての役割にカモフラージュされた秘密の倉庫だ。
「ということは将軍や総裁とは親しく……?」
「いやいや。結党時メンバーとは言っても私は一研究者ですから。党の運営とは無縁ですよ」
「それはご謙遜では?最近売れてる合成薬は博士のレシピだっていうお話じゃないですか。重要な資金源じゃないですよ」
「ハハ、趣味と実益を兼ねて言われることをやってるだけ——」
魔人にしてはきめ細やかな話術に騙されてはいけない。どこまで知っているのか、もとい、どこまでを知らされているのかを問題にするべきだろう。
「人間は四十過ぎると十年くらい大したことなくなってくるものでしてね。……これを言うと魔人の方には驚かれますが、手元の仕事をしてればあっという間に過ぎちゃうんですよ」
「……でも、こちらには党の歴史資料とかあるんでしょう?」
見たいなあ、と言ってケレスはにこりと笑った。端正な顔立ちに年少者らしい可愛らしい言い方だが、見るからに押しが強い。
「党の歴史にご興味が?」
「それはもう。僕らも師団を預かるようになったわけですし、結党の経緯とか結党からの経過とかを知ることで見える理念があるわけで……」
「それは開示暗号が必要な内容ですねぇ」
アマチが顎に触れて目線を泳がせると、ケレスはふふ、と不敵に笑った。
「……秘密ってわけですか」
「…………」
薄く滲んだ侮蔑と嘲弄のニュアンスを敏感に感じ取って、アマチのこめかみが僅かに動く。失態であったか、とも思ったが、少なくとも目の前の若者が油断ならぬ人物であると意識を改める。
「まあ、私はしがない雇われ者ですから。言われた通りにするしかなく」
「そうなんですね」
アマチが両手を開き、ケレスがうんうんと頷く。その間をノックの音が割り込んだ。
「アマチ博士、ケレスがお邪魔していませんか」
「! ……どうぞ、はい、見えてますよ」
現れたのは最近第二師団の長に任命されたナイトワットである。アマチに対しては儀礼的な礼をとり、ケレスに向き合う。そのケレスは掛けていた椅子から尻を上げながら軽く首を傾げた。
「どうしました?」
物言いたげにしたまま、ナイトワットは小さく息をついた。
「……帰るぞ」
「お急ぎですか?」
アマチが助け舟を出すと、ナイトワットは硬い顔のまま頷いた。
「将軍から任務が入った。急いで計画を立てたい」
「承知しました。行きましょう」
ケレスは逆らわず、余裕のある表情でお邪魔しましたと言い残した。アマチは二人を見送って、これはあとでシャクターに報告すべきだと判断した。