「寒いでしょ」
素っ気なく手渡されたマグカップには紅色の飲み物が湯気を立てていた。先刻からパイプを吹かしながら手を動かしていたルビーが淹れていたものだ。わかる。じっと見ていたのは紅茶を淹れる手順だった。それも丁寧で優雅で迷いのない、教本のしっかりと身についたやり方で。
「なぁに? 紅茶嫌い?」
「え、いえ、」
マイア・シー・カーことモーラはいただきます、と小さな声で言って、膝掛けの中に入れていた両手を伸ばした。戴天市の夜は特に冷える。このところは義足の調整とルビーの通信役として飛行訓練に勤しむ日々で、今日は夜間飛行の体験を終えたところである。
自分の体温では温まりきらなかった指先が、マグカップの熱に触れる。
「おいしいです」
「そ」
分厚い素材の大きなマグカップにたっぷり注がれた紅いお茶は、果物のような香りと深い渋みがある。ルビーはそっけなく頷きながら、自分の分には大量のミルクを注いでいる。抽出の手順こそ見事なものであったが、飲み方に関しては好みを優先しているらしい。
「ミルクも合うから、好きに使って。飲み終わったら帰ればいいから」
「はい」
見ていると、ルビーは同じマグカップを片手に立ち上がり、自身の魔竜に労う言葉をかけた。優しく微笑み、返ってくる唸り声に声を立てて笑う。その様子には極悪人の印象はない。ギョーマンやアマチに対して恐れ気もなく堂々と渡り合う様子は強気ではあるが、目の前に生きているマイアに対してルビーは存外親切だ。
それはルビーにとって今現在害がないというだけのことなのだ。マイアは紅茶をのみ、口と腹とを温めながら思う。
竜の騎乗席から見下ろせば、地上を歩く人間も魔人も大差はない。そういうことなのだと、ルビーの背中から聞こえる声を解釈する。踏み潰すのも焼き払うのも自由自在、世界は彼女の手の中。少なくとも、魔龍騎兵の圧倒的な力は、彼女の存在を保証する。
竜の寵愛のもと、彼女は華やかに笑う。
(いいなあ)
畏れも恨みもなく、マイアは思う。力がすべてであることがこの世の理、勝手気ままは強者の権利だ。