コサイタスの手の中で赤い薔薇が凍る。色も形も鮮やかに残したまま、しかし脆くなった花びらはシバが軽く握っただけでくしゃりと儚く割れて、粉々になった。
「ものが凍る仕組みは？ はい、シバさん」
「……っと、液体や物体の中の水分の温度が下がって固体になる、っスよね」
「そうですね。では固体になる、というのは？」
「えと、低温下では原子の運動が鈍くなって原子同士がくっつきやすくなるから、くっついて動かなくなった状態が固体、っス」
「そのとおり。よく勉強されてますね。低音下で原子の運動が鈍くなるというのはつまり熱エネルギーが失われるということで。通常の魔法がエネルギーの放出だとすると総裁の魔法は『熱エネルギーを吸収する』という点で種類が異なるという仮説が立つんですね」
続いてコサイタスが手にしたバナナもまた程なく凍りつく。充分に冷えきったそれを、シバに向かって差し出した。
「気をつけろ」
「ハイっス」
簡潔な注意とともにそれを受け取れば、それは一瞬で砕け散った花びらの儚さとは異なってひんやりと硬い。木片に刺した釘を恐る恐る叩けば、見事に槌の役を果たした。
「バナナは水分と繊維を含む質量のある固体ですから、花びらと違って硬くなるということですね。硬さと脆さというのは実は異なる物差しでして……」
時間が来たからという理由で、コサイタスは続く講義を背中にアマチのラボから退室した。鵺の子どもは聡明である。アマチの授業のもと日に日に知識をつけているようだ。子どもの成長は早いと言うが、魔人も人間も鵺も同じだろうか。
低音下では原子の運動が鈍くなる。コサイタスはかつて、別の人物から同じ説明を聞いたことがあった。すげえよな、全部が動かなくなるんだぜ。全ての物質の運動が止まる。エネルギーがゼロになる。まあそれでも死なねぇんだけどな、俺はな。
コサイタスは手の甲に張り付いていた薔薇の花びらの残骸に気がついて、摘みあげた。砕けたまま溶けてしまったそれには花びらの面影はない。ないが、その自体は何らコサイタスの心を動かさなかった。屑籠に行き当たってそれを捨てると、次の要件に向かう足を進めた。
今も昔も変わらず、彼の手はすべてを凍らせる。情動も感動もすべてゼロの死の世界（コサイタス）。そこに今なお生き続けるのは地上に堕ちた恒星（かがやくほし）ただ一つである。