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友軍部隊のキャンプはオオヅチ小隊の兵たちは驚きをもって迎え入れました。そのくらい、彼らの生存は絶望的であったのです。
「少尉どのは?」
「一緒ではないのか?」
口々に尋ねられて、皆すぐには答えられませんでした。はっとしてきょろきょろと顔を見合わせても、オオヅチ少尉のぼろぼろになった軍服に身を包んでいた異形の兵士はいつの間にか姿を消していたのです。
「隊長!?」
「隊長は!?」
オオヅチ小隊の兵士たちは慌てて建物を飛び出して、見上げた空の上に小さな人影を見つけました。いいえ、それはもはや人の形をしてはいませんでした。しかし、彼は大きく手を振る部下たちに応えるように一度だけ、おおきく、ゆっくりと、回旋をして、飛び去っていきました。
それを見た皆は泣きながら、空に向かって敬礼をしました。迎えてくれた友軍の兵士たちが訝しむほど長いこと、彼らはそこに立っていました。
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魔竜オオヅチの伝承は魔竜が「人間の成れの果て」と語られる根拠のひとつである。根拠と信憑性に乏しいながらも魔竜騎兵の歴史に刻まれているその存在は、さまざまな書き手のアレンジを受けて子供向けの絵本や大衆小説の中に語られている。
ある程度教育が敷かれている地域の生まれであれば人魔を問わず一度は目にしたことがあるそれらの本の中の一つが、イスパノの街の戴天党第二師団の本部にも置かれていた。
もちろん、脚色された物語である。何かしらの事実は含まれているとして、鵜呑みにできるものではない。
「懐かしい本だ」
本棚の整理の途中でつい立ったまま読み入ってしまっていたケレスはナイトワットに声をかけられてぱたりと開いていた絵本を閉じた。
「! ……すみません、つい」
「俺もよくやる、気にするな」
ナイトワットが笑いながらケレスの手から絵本を受け取り、再度ぱらぱらと開いた。学童向けの柔らかな絵柄デフォルメが効いていて柔らかい。
「俺が最初に読んだやつはもっとおどろおどろしい感じだったな。ある日突然竜になってしまったらどうしようか思って泣いたもんだ」
「泣いた、ですか?」
「自分じゃない化け物になっちまうっていうのが怖かったんだろうな」
ガキだったんだ、という言い訳のような言葉とともに、美しい絵本が仕分けの作業の途中の手の上に返ってくる。
「今ならどうですか、魔竜に成るというのは」
「そんな夢物語を真剣に考えるには歳をとっちまったなァ」
「ふふ」
そう、夢物語である。脚色されたフィクション。魔竜と騎兵の関係は常にそのように美しいものであるというわけではない。
「ま、ほどほどにしろよ」
要件を伝えたナイトワットがそう言い残して去っていくのを見送って、ケレスは整頓を再開しながらふと考えた。もしも僕が魔竜に成ったら。
この時代における魔竜は、今なお空を駆ける圧倒的な戦場の帝王である。対抗手段が確立しつつあるとはいえ、知識があれば逆手をとることもできるだろう。今のケレスにはいくらでも考えつく。小さく笑う。子供が考える夢物語のようなものだ。何かを強く望んでそう成るというのならば、自分にはそれしかないだろうな、と思った。
あなたを英雄にするでしょう。