慈と策 頬と瞳をぴかぴかさせて、隣家の少年がにっかり笑う。
春の陽射しというより、もう夏がやってきたかのような、無邪気に煌めいた笑みだ。
「おれ、太史慈のランドセルもらうぜ!」
「……はあ、」
期待していた返答ではなかったのか、先ほどまでのきらきらとした表情がみるみるうちに萎んで、それがぜんぶ唇に集まって、つんと尖った。
もうすっかり暖かくなってきて、梅と桜のあいだの時節だ。太史慈は中学生になる。
「あなたは先日新しいかっこいいものをお父上に買ってもらったではないか、あの、黒に赤い刺繍のやつを」
見上げてくる孫策のまえで、太史慈はすこし、屈んだ。
家族総出でランドセルを選びに行くというところに、なぜか隣人の太史慈も同行したのがもう一年も前だったか。
どうしても一緒に行きたいと拗ねちゃってるの、と、ぶすくれた顔をした孫策を連れて奥さんが訪ねてきたのだ。
同じ高さで視線を合わせた孫策の頬が薄赤に染まって、だってさ、と小さく唸りながら、彼は目を伏せた。
「そうだけど! でもおれは太史慈のやつの方がかっこいいと思う! 父上のは権にあげる!」
ふきだして笑ってしまった。権と呼ばれた彼の弟は半年前に生まれたばかりで、まだ寝返りもうてない赤ん坊なのに。
ぎゅうと握られて主張する拳が、あの日、道すがら握っていた幼気でふにゃふにゃとした手と同じものだとは思えないくらい、孫策はどんどん大きくなっていく。
「うーん……」
太史慈も年相応にやんちゃではあった、けれども物は大切に使いたいと思っていたから、同年代の少年の使い込まれたランドセルよりは幾分きれいではある。
それでも、まだマシな方というくらいで。六年も使ったそれは買ったばかりの頃の艶やかさもなく、形も少々崩れあちこちに擦り傷だって出来ている。
「傷だらけだぞ?」
太史慈の眉が寄る。
「それがかっこいい!」
孫策の声が弾けた。ぱっと開かれたてのひらが、太史慈の肩をつかむ。
……小さい子の考えることはわからないな、と太史慈はため息をついたけれど、これ以上彼を宥める言葉も見つからなかった。
「困ったお方だ」
つやつやで、ぴんと張った革が光っていたランドセルを、あんなに気に入っていたではないか。相当に嬉しかったのか、写真だってたくさん撮った。なぜか家族を差し置いて、最初に自分とだったが。
「差し上げることは、まあ、構わないが……」
「ほんとか!」
ぱあっと、彼の顔に輝きが戻った。太史慈はこの顔に弱い。
「入学式は、お父上のランドセルで行ってくれますか」
「え〜……」
スニーカーのつま先が、地面をぐずぐずと蹴る。
「それが条件です、守れるなら差し上げましょう」
「……わかった」
写真をみせてくださいねと笑いかけたら、ぎゅうと抱きつかれた。
そのままよじよじと背中を登られて、肩車をさせられたから少しよろけた。