アイドルデュオの権と凌 スポットライトが肌を灼く。耳元で爆発する歓声に、リズムを刻む鼓動がかき消されそうになる。
「みんな──! 愛してるぞ──!」
孫権の甘い声が会場を包む。彼は袖で見守る周泰に向かって、両手でかわいらしくハートを作った。瞬時にファンたちの「周泰!周泰!」の大合唱が起こり、凌統は思わず目を伏せた。
(また……)
客席のまあ、わりと前列──ファンクラブ指定エリアにいるあの男の存在が気になって仕方ない。甘寧。いつも舎弟たちを引き連れて、妙に真面目な顔で見ている男。
「凌統!」
孫権の呼ぶ声で我に返る。振り付けの位置をすこし、間違えていた。ふたりしかいないのだから、目立ってしまって仕方がない。慌ててポジションに戻ると、関係者席から父・凌操の視線を感じた。
(そんなに見ないでよ……)
汗が背中を伝う。甘寧の視線、父の期待のまなざし。どちらも直視できなくて、つい、誰もいない宙ばかり見つめてしまう。
■
ステージの照明が消えた後も、まだうっすらと耳鳴りが続いていた。汗で重くなった衣装が肩に食い込み、蛍光灯の下でラインストーンは半端に光を反射する。リップグロスの甘い匂いが鼻の奥に残る。どんなに踊っても揺れない前髪だけが、ステージに立っていたときと同じまま額をちくちくと刺す。楽屋の鏡に映った自分は、まだ「クール担当の凌統」の顔をしていた。
(もう、限界だよ……)
ため息で鏡がすこし曇る。少し疲れた顔がはんぶん、覆い隠された。うしろで孫権が周泰にじゃれついている声が耳につく。
「周泰は今日もかっこよかったな、皆もコールしてくれてよかった!」
「……着替えてください」
周泰の低い声。でも、しっかり孫権の頭を撫でている手は優しいのが、鏡越しにでも分かる。
凌統はタオルで顔を覆った。
『大人になったら、だ』
半年前の、甘寧の声は優しかった。柔らかな、でもすこし困った笑みを浮かべながら、まるでこどものわがままを諭すように。それが、かえって酷だった。
借上げ寮のエレベーターの鏡に映った自分は、まだ少年の面影を残していた。背丈がどれだけ伸びても、いくら背伸びした振る舞いをしても、甘寧の逞しい背中には届かない。あの人はいつだって、自分を「こども」として見ている。その事実が、凌統の喉の奥にずしりと澱んだ塊を押し上げた。だから、それっていつ、が、聞けなかった。夏がきたら十八になるんだって、言えばよかったのに。
(大人になったら、って……)
その言葉の裏には、明らかな「今は無理」が潜んでいた。まるで「その頃にはもう気持ちは変わっているよ」とでも言わんばかりの、優しい拒絶だ。希望をもたせるように聞こえて、その実、何の約束でもない。吹けば飛ぶような、はかない言葉だ。
そのあとも、ライブの度に客席に現れる甘寧を見るたび凌統は唇を噛んだ。
大人っていつ、なれるんだろう。
ステージの上にいる時間が、どんどん二人を引き離すほどに長く感じられた。
視線がこわい。一挙手一投足を、見定められているような気がする。なのに、無邪気に、袖で孫権が周泰に走り寄る様子を見て、胸がざわついた。あんな風にこどもっぽく自然に触れ合える関係が、羨ましくて仕方なかった。
甘寧の「大人になったら」は、永遠に訪れない「いつか」としか、今の凌統には思えなかった。
やっぱりスポットライトがじりじりと熱い。凌統は必死にステージの床、それから空を見つめた。こぼれ落ちそうな熱いものを、必死に堪えながら踊った。
(それまで、俺、がんばれるかな、てか、それまでって、いつまで?)
指先が震えているのに気づいた。タオルを握る手に力を込める。甘寧の優しい拒絶は、かえって凌統の想いを焦らせ、もがかせるだけだった。
「凌統? 大丈夫か?」
孫権の心配そうな声だ。
「……何でも、ないです」
「でも、顔、こわいぞ? その、甘寧のことが気になるのは分かるが……」
「だから関係ないって!」
声が跳ね上がる。孫権がびくっと肩を震わせた。
(……しまった)
我慢していた感情が、また溢れそうになる。周泰と孫権が公然とずっと一緒にいられて、笑い合う様を見るたび、自分だけが取り残されているような気持ちがあふれる。
「ご、ごめん、なさい……頭冷やして、きます……」
それを笑って取り繕えるほど、凌統はまだ大人になれなかった。楽屋を出ると、廊下の空気は妙にひんやりとしていた。