ユージは誕生日なんて気にしない。特に祝ってくれる人もいないし、ケーキも食べない。ただバイト先がカフェなので、誕生日をケーキで祝う笑顔の親子を見ることはある。
そのカフェにゴジョーという常連客がいる。いつもケーキを注文し、「これ美味いね」なんて話しかけてくる。
「ああ、この期間限定ケーキの味、最高だね。終わるまで毎日来たいなあ……」
「ほんとそれ好きっスね」
ゴジョーのケーキ愛は海より深い。その熱い語りぶりが微笑ましくて、ユージはつい笑ってしまう。するとゴジョーはユージを見つめ、
「うん。好きだよ」
と愛しそうに微笑む。告白みたいだなとユージはまた笑ってしまって、ゴジョーもなに?変?と言いながら笑った。
しかししばらくして、突然ゴジョーは店に来なくなった。他に美味い店を見つけたのだろうと店では噂されている。
「ついにウチの店も振られちゃったか〜」
バイト仲間が残念そうに言う。彼女はゴジョーのファンだったらしい。
「イタドリ君もでしょ?」
「俺?」
言われてユージはゴジョーの笑顔を思い出す。確かにユージはあの笑顔を見るのが好きだったから、そうかもなと思った。
その日の帰り道、ユージはふと今日が自分の誕生日だと気付いた。
(ここにゴジョーさんがいたら、ケーキ食おうって言いそう)
想像して小さく笑う。もし誕生日にゴジョーがいたら、ケーキばかり食べていそうだが、きっと楽しい日になりそうだ。
(……やっぱり俺、ゴジョーさんのファンかもな)
何故か少し体温が上がったような気がして、ユージは夜空を見上げた。恐らくもうゴジョーには会えない。それは寂しいが、こうして彼のことを考えて過ごす誕生日は悪くなかった。
ユージは久しぶりにケーキが食べたくなってきて、コンビニへと足を向けた。
ーーーーーー
誕生日から数ヶ月、公園の緑が繁り初夏になっても、ゴジョーは店に現れなかった。バイト仲間が「ゴジョーさん来ないなあ」と嘆くのをなだめつつ、ユージは以前と変わらず客にケーキを運んでいる。
(ゴジョーさん、来ないなあ)
変わらないようで、少しだけユージの心は変わってしまった。誕生日を境になんとなく気持ちがふわふわと浮ついて、落ち着かない。
「来ないなあ……」
知らず口に出してしまいはっとする。隣にはバイト仲間がいたが、彼女は気にした様子もなく「ねー、来る気配すらないよねえ」と、つまらなそうにため息をつく。
「新作の限定ケーキ、明日からなのになあ」
「ああ、苺の?」
「うん、ゴジョーさんいっつも限定食べてたでしょ?一度くらい来てくれてもなーって」
「……確かに」
確かにゴジョーは限定ケーキが好きだった。美味い、毎日食べたいと大げさに言ってはユージを笑わせていた。
(ケーキに告白までしてたっけ……)
「うん…ゴジョーさん、限定好き過ぎだった」
その時の彼を思い出してユージはまた笑ってしまう。それを見てバイト仲間は驚いた顔をした。
「イタドリ君ってさ……ゴジョーさんのこと大好きだね」
「え?」
「大っファンだね」
ぽかんとするユージに彼女は来てくれるといいねと笑った。
その夜ユージは眠れなかった。
(大好き……大っファン……大……)
ファンの次は大好きで大ファン。
ユージはゴジョーの笑顔が好きだから彼のファン。それに大が付こうが気にする話ではなく、そもそもファン云々というのもバイト仲間との雑談のひとつに過ぎない。なのにユージは今日の会話の何かに引っ掛かってしまった。
(ゴジョーさん)
ただでさえふわふわとした気持ちが余計にふわふわして混乱している。
誕生日さえ気にしない、静かで凪いだ日々を送ってきたユージにとって眠れないなど初めての経験だった。ゴロゴロと何度も寝返りを打ちながら、次第に風邪のような熱にも襲われて、結局明け方まで眠れなかった。
朝、何の整理もつかないままユージは目元にクマを抱えてふらふらとカフェへ向かった。
「ッス」と開店前でまだ客のいない店内へ入ると、店員たちが誰かを囲んでいる。なんだか見覚えのある後ろ姿だった。
「あ」
「…ユージ!」
ドアの音に振り向いたその誰か、ゴジョーはユージを見ると真っ直ぐユージに向かってきた。
ギャア、と店員たちの悲鳴が上がる。と同時に何故かユージはゴジョーの腕の中に収まっていた。
「……?」
ぎゅうと、腕と胸に潰されている。一体何が起きているのか、どうして皆が悲鳴を上げているのか、寝不足の頭では何一つ分からない。
「聞いたよ。寂しがってたって。ごめんね」
「寂っ……いや、俺は」
「出張なんか行ってないで、いや悠長にケーキ食ってないで、もっと早く君に言えば良かった。……」
「……!?」
上からゴジョーが何か言っているが分からない。でも声は確かにゴジョーで。
(ゴジョーさん、いま……?)
ユージはくらくらと目眩がしてきて、思わずゴジョーの背中にしがみついた。背後からまた悲鳴が上がり、ユージは更にホールドされてしまった。目端に見えたゴジョーファンのバイト仲間は、誰よりも嬉しそうに飛び跳ねていた。ユージはもう何もかもが分からなかった。
ユージは誕生日なんて気にしない。特に祝ってくれる誰かもいないし、ケーキも食べない。……そのはずが、いまユージは家でケーキを食べている。向かいにはゴジョーがいて、「おめでとう」とユージが好きなあの笑顔を浮かべている。
「美味しい?」
「……うっ、うん、うス……」
「うんうん、そっかあ。可愛いね」
「か……?」
ユージは不思議でたまらなかった。この状況も、自分の気持ちも。ゴジョーに出会ってから何もかもが変わってしまったような気がする。誕生日にケーキを食べようなんて思ったり、祝ってくれる誰かが現れたり、おまけにその人と深い仲になってしまったりと、混乱がおさまらない。
今日だって頼むから祝わせて欲しいとゴジョーにこわれ、ユージは数ヶ月遅れの初めての「お誕生日会」を経験している。
(ロウソク消すのって、ちょっと恥ずかしいんだな……)
ケーキの端にはユージが吹き消したストライプ模様のロウソクが大量に横たわっている。カフェでもロウソクに火を着けるサービスはありユージも何度も見ているが、どれだけ見てもそれはテレビドラマのような、外側から見ている別世界の出来事だった。
(夢かなあ)
全てが夢のようで、夢だと言われたら納得してしまいそうだ。でも夢だとしても、もう少しここにいたい。
「次の誕生日はちゃんと一緒にいるからね」
「次……?」
ユージは驚いた。夢のゴジョーは来年までユージと一緒にいてくれるらしい。
「次も、ゴジョーさんがいてくれるの?」
「もちろん。その次もそのまた次もね」
ゴジョーが両手でユージの手を包み込む。夢なのに感触や体温が分かる。戸惑いながら、その温かさにユージは何故か泣きそうになった。
「……そっか」
優しく微笑むゴジョーはユージを真っ直ぐ見つめてくれていて、ユージは満たされた気持ちになって、もう目覚めてもいいやと目を閉じた。
ーーが、目を開けてもゴジョーはそこにいて、何度まばたきをしても手は温かいままで。どうしたの?とゴジョーに聞かれ、分かんない、どうしようと笑った。