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    柱になる前の煉獄さんと炭焼きを継いでそんなに経っていないたぬきの炭治郎が山で出会うお話。

    #ポン治郎
    ponjiro

    あたたかな星 かあ、とからすの声が聞こえた。たぬきの炭治郎は木の枝を拾う手を止めて空を見上げた。
     鈍色の空、枯れた冬の木の枝越しにくるり、くるりと丸く円を描くように飛ぶからすはどうやら助けを呼んでいるようだった。
     見かけないからすだ。どうしたんだろう。
     森でおきる全てのことに関わるわけではないけれど、炭治郎にできることがあるかもしれない。
     ある程度溜まった枝を藁をよった紐で結び束にすると背負子に収めて、炭治郎はそちらに行ってみる事にした。
     季節は春に近い冬で、時間は午前中だった。昨夜降った雪が枯れ草の上に積もっているので足を滑らせないように気をつけてからすのいる方へ谷を下っていく。

     

     炭治郎はたぬきだが人間に化けられるたぬきだった。家族みんながそうだ。こうして山にいるときは姿はほぼ人間でたぬきの丸い耳と尻尾は出したままの姿でいる。
     昔からこの山に住んでいる。山の木を切って炭を焼くのを生業にしていた。去年父を亡くして今は家族七匹で暮らしている。母と五人の妹と弟がいる長男だ。
     里に炭を売りに行く時はちゃんと化けてたぬきの耳や尻尾は隠す。里に知り合いはたくさんいたが正体がたぬきな事は家族だけの秘密だった。
     

     枯れた沢をずんずん降りていく。からすはこちらに気づいて誘導するように時々枝に止まりながら低く飛んでいた。そして最後に高い枝の上でここだと言うようにかあ、と鳴いた。
     枯れた沢の片側は崖のように高くなっている場所だ。見上げると崖の途中の木の枝がいくつか折れている。その真下に人のようなかたまりが雪の上に倒れ横たわっていた。
     からすが知らせていたのはこれかと悟り、炭治郎は急いで駆け寄った。
     近づくと倒れていたのは珍しい長い金と赤の髪の男だった。まだ年は若く炭治郎より少し年上くらいの青年に見える。目を閉じ、軍服のような詰襟の服を着て腰に刀の鞘がついている。
    「あの、もしもし」
     屈んで、声をかけながら肩をそっと揺すった。
     崖から落ちたなら怪我をしているかもしれない。血の匂いはしないけれど強く頭を打ったなら目を覚まさない事もある。亡くした父の面影が脳裏をよぎった。
    「もしもし、大丈夫ですか」
     声をかけているといきなりぱちっと目が開いた。
     赤と金の色の瞳だった。まるで猛禽類のようなくっきりした瞳だ。生きていたのはよかったがその色に驚いているとその人は大きな声で言った。
    「よもや!」
     炭治郎はびっくりして固まった。よく通る大きな声だ。その人はがばりと上半身を起こした。
     が、すぐにめまいを起こしたように広い額に手を当てた。
    「あの、あまり急に起きない方がいいです」
    「む、気を失っていたとは不甲斐ない。……俺の刀は」
    「あっ、はい」
     手で探ろうとするその人の少し離れた草むらにきらっと光る抜き身の刃が見えた。
    「そのままで。俺が取って来ます」
     その人が返事するより早く動いた。
     炭治郎は少し怖かったが草むらに入り抜き身の刀を拾う。細い刀身は研ぎ澄まされていて重い。注意しながら柄のところをしっかり握り、その人のすぐ側まで運ぶと刃を外に向けてかたわらに置いた。
    「かたじけない」
     深く頭を下げて御礼を言われた。礼儀正しい人だ。
     その視線がじっ、と炭治郎の頭の上に注がれているのに気付いた。
     炭治郎ははっ、として慌てて耳に手をやった。たぬきの耳を出したままで人に見られてしまった。こんな近くで。目立つ飾りもついているのに。
    「あっ、あのう、これは」
    「きみはなぜここに?」
     それはすぐ答えられる質問だったので炭治郎はどぎまぎしながら正直に答えた。
    「からすが助けを呼んでいたのできてみたらあなたをみつけたんです」
    「要か!」
     その人は視線を空に向け、高い木の枝に止まってこちらを見ているからすを見つけた。
    「すまない要! 心配をかけたな」
     あのからすはかなめというらしい。人間なのにからすに名前をつけているなんて珍しい人だ。
     その人は今度は視線を炭治郎に移した。
     炭治郎は覚悟を決めてこちらから質問した。
    「あのっ、あなたは軍人さんですか」
     その人は目を丸くしている。違っただろうか。
    「そうでないならおさむらいさんですか」
     炭治郎が知る限り刀はけっこう前に法律で廃止されたはずだ。悪い人には見えないが危険な存在ならば家族を守らなくてはならない。
    「いや、どちらも違う。だが君がそう考えるのも無理はないな」
     その人は今度は優しい声で説明してくれた。こんな穏やかに話すこともできるのかと思う。
     その人は丁寧に刀を鞘にしまったが炭治郎はその動きが時々こわばるのに気付いた。
    「あの、崖から落ちたんですよね? どこか怪我をしましたか?」
    「そうだな」
     その人は注意深く手を伸ばし自分の左足にそっと触れた。
    「どうやら左足の骨がきれいにぽっきりいっているようだ」
    「俺、添え木を探してきます!」
     炭治郎はそう言って背負っていた背負子を雪の上に置いて駆け出した。
     炭治郎の弟が小さい頃に骨を折った事がある。きれいに折れた骨折ならなるべくそのままに保定しておくことが肝心だとお医者に言われて知っていた。
     きっとものすごく痛いはずだ。弟はしばらく痛がって泣いていた。それに後からかなり熱が出た。
     あの人はなんだか人ごとみたいに平気な顔をしているけれど大丈夫なんだろうか。

     
     茂みに入ると添え木になりそうな程よい太さの枯れ枝を見つけた。炭治郎はそれを腰に持っていたナタで縦に二つに割った。それからさっきの場所に戻った。
     木の上にいたからすはいなくなっていた。どこに行ったんだろうと思いながら炭治郎は怪我人の側に行き、折れた足に枝を挟むように添え、手ぬぐいを裂いて二本の紐にして上下を縛った。触れた時、足はやはり熱を持ち腫れてきていた。
    「一応出来る事はしました。本当はお医者に診てもらうといいんですけど歩けませんよね」
    「重ね重ね世話をかける! 手ぬぐいをだめにしてすまないな。今仲間に連絡を取ったからお医者の心配はいらない」
    「そうなんですか?」
     どうやって、と思ったがそこで不在のからすに思い当たる。あのからすが連絡係になって仲間を連れて来るのだろう。
    「要は優秀な相棒なんだ。そして俺は軍人でも侍でもなく鬼殺隊という私設の組織の隊士だ。君や君の家族や仲間に危害を加える事はないから安心してくれ」
    「きさつたい?」
    「そうだ。俺たちが狩るのは鬼だけだ」
    「おに、ですか?」
     ざわりとする悪い気配がその言葉には宿っているようだった。炭治郎は鬼を見た事はないが、物語に時々出てくる悪いものと知っている。そんなものが本当にいるのだろうか。
    「君が御伽話のように思うならそれでいい。鬼など、出会わなければそれが一番だから」
     不思議な人はそう言い切ってニコッと笑った。安心させようとしてくれているのだろう。
     炭治郎の耳や尻尾を見ているはずなのにそれについては何も言わない。変な人だが笑顔はとても爽やかで悪い人でないのは間違いないだろうと思う。
    「俺の名前は煉獄杏寿郎だ! 手当てをしてくれてどうもありがとう!」
    「俺は竈門炭治郎です」
     身分を明かし名乗られたのだからこちらも礼儀を尽くさなければならない。炭治郎は腹を決めて言った。
    「たぬきですが人にもなります!」
    「やはりたぬきか!」
     間髪入れず正面から返された。
    「その尻尾はたぬきだろうかと思ってはいた!」
    「ですよね! 俺、変化を忘れてしまっていたから」
     両手で耳を押さえる。失態をおかしたのはこちらなので何と言われても仕方ない。
    「だが君は恩人だからそこは不問にしようと思う!」
    「えっ」
     不問なんだ。
    「俺たち鬼殺隊も只人からはやや外れたところがある。常識を外れた不可思議にも何度も遭遇している。多少の不思議は気にしない。
     それに君は俺を助けてくれた恩人なのだから感謝の気持ちしかない」
    「そう、ですか」
     炭治郎はほっとした。不問にするという事は、誰にも言わずにいてくれるという事なのだろう。
     ここで冷たい風がひょうと吹いた。炭治郎は空を見上げる。
    「あの、煉獄さん。多分これから吹雪になります」
     朝からの鈍色の雲が黒々と色を濃くしている。山に住まう炭治郎には気象の変化はよくわかるのだ。
    「ちょっと辛いでしょうけど俺、背負いますからここから移動しましょう」
     急がなくてはいけない。山の天気は急変するのだ。
    「いや、しかし君にこれ以上世話になる訳には」
    「煉獄さんはこれを背負ってください」
     さっき置いてあった背負子を手渡し、炭治郎はばん、と手を合わせてぐっと念じた。
     そしてさっと袂から木の葉を取り出し頭に乗せる。
     これが変化へんげだ。自然からちからを借りて身に纏い姿を変えるあやしの能力。
     ぽん、と空気が揺らいで炭治郎は一時的に人間の姿になった。父親が生きていた頃くらいの、すこし未来の大人の姿だ。そうでないと今の姿では力が弱くてこの人を運べないと判断したから。
     そして煉獄に背中を向けると声をかけた。
    「手をついてなんとか俺の背中につかまってください」
    「しかし」
    「すこし先に休める穴があるんです。あまり長く変化できないしすぐに吹雪になるから急いでください!」
     重ねて言うと煉獄は判断を下し、炭治郎の背につかまってくれた。
     炭治郎は気合いを入れ歩き出した。雪混じりの冷たい風がどんどん強く枯れ沢に吹き込んできていた。

     
     炭治郎が煉獄を背負って移動するうちに本格的に雪が吹きつけてきた。
     山の天気は変わりやすい。炭治郎たちはこんな時のために、そして集めた丸太や枝を保管するためにこの山の中にいくつか避難できる物置場所を用意してあった。
    「着きました」
     そこは小屋と言えるほど立派なものではなく、崖のうろのようなそう広くない天然の横穴だ。壁側には切った薪を積んであり、非常の際に休めるように生活道具をいくつか備えている。
     他の動物などに入られないよう狭い入り口は竹で編んだ板で塞いで草で隠してあった。それを外し身を屈めて中に入る。
     中は薄暗いが風がないぶんだいぶ暖かく感じた。
     炭治郎は気をつけながら背負っていた煉獄を地面の上に下ろし、まずは座ってもらった。
     すぐにぽん、と音を立てて変化の術は切れてしまい、また元の煉獄より少し年下の耳と尻尾がついた少年の姿に戻る。
    「ふう、これで安心です」
     炭治郎は煉獄の隣に座って息が整う間少し休んだ。本来の姿でないものに化けるのはなかなか疲れるのだ。
     しかしこの術が使えなければ煉獄を運ぶのは難しかっただろう。
    「煉獄さん足は痛みませんか」
    「君こそ疲労の色が濃いぞ。すまないな、俺のために無理をさせて」
    「いえっ、大丈夫です! 困った人を助けるためにある力ですから。煉獄さんはきっと熱がありますよね?」
     隣の煉獄の額に手を当てるとやはり熱い。
    「やっぱり。吹雪が止むまで寝ていてくださいね。お客さんをもてなすような場所じゃないですが外よりましです」
     ずい、と両肩を押して問答無用で煉獄を寝かしつけると炭治郎は穴ぐらをあちこち動き回り、積んであった藁を集めて寝床を作った。少しは寒さがましになるように。そして折れた足が少し高い位置になるよう調整する。
     さらに腫れた足には炭治郎が首に巻いていた青いえりまきを外して、置いてあった鍋に雪を集めてきて入れ、溶かした氷水に浸してから煉獄の足にぐるぐる巻いた。
     それから穴の奥の石を積み上げた簡易かまどに火をおこした。天井の岩の隙間から煙が抜けていくから少しの火なら使えるのだ。
     吹雪はまだ止みそうにないが、家族は炭治郎がこの小屋にいると考えて心配していないはずだ。
     再び鍋に外から持ってきた雪を入れて溶かして、煮えるとそれに味噌を入れ味噌汁を作った。具は何もないが温まるだろう。
     置いてあったお椀に入れて煉獄のところに持っていく。
    「煉獄さん、起きていますか?」
     煉獄はじっと目を閉じていたが声をかけると目をぱちりと開けた。やはり寝てはいなかったようだ。
    「ああ、起きている」
     煉獄からは落ち込んで恐縮するような匂いがしている。気にしなくていいのに。
    「お昼にしませんか。俺、おにぎりを二つ持ってきています。お味噌汁も作りましたからどうぞ」
     炭治郎はたぬきのせいかとても鼻が効いて時には感情さえわかるほどなのだが、最初からこの人からは誠実で正義感が強いまっすぐな匂いがする。だから刀を持っていても怖くはなかった。
     鬼を狩る組織だなんて人間には色々な仕事があるものだ。それはどんな日々なのだろう。想像もつかない。
     煉獄が上半身を起こすのを待ってその手にお椀に入った味噌汁を渡す。煉獄はふう、と湯気を吹いて一口飲んでくれた。
    「うん、とてもうまい」
     笑顔で言われ炭治郎は嬉しくなる。
    「味噌汁を作れるし足の治療も完璧だし判断力もあるし変化へんげの術も使える。君はすごいな」
     心から褒めてくれているとわかるので炭治郎は照れてしまう。
    「そんなたいしたことはしてないです。治療はたまたま前に弟が骨を折った事があったから知っていただけだし。俺は長男なのでこういう事には慣れているんです」
     話しながら炭治郎は肩から胸にななめに掛けていた風呂敷を解いておにぎりを取り出す。笹の葉で巻いた、ただ塩をつけて握っただけのおにぎりだ。並んでいた二つを、笹の葉の上にひとつずつに分ける。
    「どうぞ! 外はまだ吹雪いていてどうせ何もできませんし少し早いけどお昼にしましょう」
    「いいのか、大切な君の食事を」
    「はい、遠慮なならず! 煉獄さんは朝も食べていないでしょう。回復するためには栄養を摂らないと!」
     それから二人で味わうようにゆっくりおにぎりを食べた。味噌汁は二人でおかわりして鍋は空になった。一人で食べるよりずっと美味しく感じた。
    「とても美味かった。ご馳走様、どうもありがとう」
     食後、煉獄は丁寧に御礼を言って頭を下げてくれた。
     雪で鍋をこすりきれいにして戻ると、あとは何もすることがなくなった。
     まだ外は吹雪いていて時々強い風が吹きつけていたがさっきよりは少し風が収まってきたようだ。
     炭治郎は身体を横たえている煉獄の隣に戻ってきて座った。煉獄の様子をみると薄暗闇の中、瞼は閉じられていたが眠ってはいないのだろうと思った。規則正しく深い独特の呼吸音が聞こえる。炭治郎が不思議に思っているのに気づいてか煉獄が教えてくれた。
    「俺たちは呼吸を使って色々な事をするんだ。だから傷の治りが早い。もっと呼吸を上手に使えれば崖から落ちて気を失うような失敗もしなかったんだが」
    「へえ……」
     そんなやり方があるんだと感心する。
    「ところで君も長男なんだな。俺もそうだ、弟がいる」
    「そうなんですか。一緒ですね」
     炭治郎は嬉しくなった。この違う世界にいる人と自分に共通点がある事に。
    「しかし俺は何もできていない。弟には心配をかけるばかりだ」
     なんでもないような表情で言うけれどやはり落ち込みの匂いがして、炭治郎は何と言っていいか言葉を探した。
     この人は怪我をした事を恥じている。炭治郎がしてあげた事はささいな事ばかりだが自分ももし逆の立場ならやはり恐縮してへこむかもしれない。その気持ちはわかる。
     なんとか元気づけてあげられたらいいのに。
    「あのう、でもきっと弟さんは煉獄さんを大好きだと思います。だってあなたはすごくきちんと御礼を言ってくれるし、いいところをみつけて褒めてくれるし、我慢強くてまっすぐでとてもいい人だから」
     きっと自分がこの人の弟だったら大好きな兄だろうと想像する。間違いない。
    「そして兄弟って、いてくれるだけで力になります。そうですよね」
    「……そうだな」
     煉獄は同意してくれた。自分もそうだ。別に何もしてくれなくてもいい、お帰りと笑顔で迎えてくれるだけで大切な家族は心の支えだ。
     まだ言い足りない気がして炭治郎はなんとなく誰にも言えなかった事を話してみたくなった。
    「俺、去年父が病気で亡くなったんです」
     同じ長男だという人に、何の関係もない人だから逆に言える事。弟妹たちには言えない弱音。
    「少し時間が経ったから父がいない暮らしにもだいぶ慣れてきましたけど、俺はまだ全然父さんみたいに仕事ができてなくて。炭を焼くのも皆に手伝ってもらってなんとかやれているけどまだまだで。でも一番下の弟なんかは俺に父さんを重ねて甘えてきたりして」
     いなくなった人のかわりなんて本当は誰もなれないけれど。
    「頑張らなきゃ、もっとしっかり色々やりたいなって、いつも思っているけど足りなくて。誰もそんな事、言わないですけど」
    「その気持ちはわかる」
     煉獄は視線を上に向けたまま静かにそう言った。
    「俺も母を亡くした。約束をしたからそれを果たす以外に迷う事はないが……」
     迷う事はない、そう言いながらも少し言葉を探すようだった。
    「未だ望むような自分にまだなれていないので、歯痒く思うことはある」
    「そうなんですね」
     煉獄も近しい身内を亡くしていたんだ。そして今の自分に不足があると思っている。
     似たような境遇と知って炭治郎はそれだけでとても慰められたような気持ちになった。
    「なんだか俺、元気が出ました。不思議ですね」
     話したからといって状況が変わったわけではないのに、言葉にして共感できた事でずっと抱えてきたもどかしさが軽くなった気がする。
    「だが、努力すればなりたい自分に少しずつ近づいていく事はできる。
     君はとても偉い。きちんと暮らしているのがよくわかる。見ず知らずの俺に無償で本当に良くしてくれて謙虚でしっかりものだ。俺は君を尊敬する」
     炭治郎に向けて微笑んで煉獄はそう言葉をくれた。
     心から思っていてくれているとわかる、嘘のない賞賛の言葉がじわりと染み込むように嬉しい。
    「きっと君の父君も君を誇りに思い見守っているだろう」
     そう言われて思わず涙がにじんだ。
     そうだろうか。父さんは見てくれているのだろうか。それなら嬉しい。
     そしてこの気持ちを返したいと思った。この人も見えない頑張りを重ねている人だから。
    「ありがとうございます。あの、うまく言えませんけどきっと煉獄さんも同じです。俺には煉獄さんが毎日努力しているのがわかります。そしてあなたもきっと、お母さんが見守ってくれていると思います」
     不甲斐ない事に真似事のように話す事しか出来ないが、けれど本当に心からそう思うから必死に言った。
     はたからみれば何も根拠のない子供のような願望を言い合っているだけかも知れない。他愛ない空想かもしれない。
     けれど炭治郎は煉獄を同じように力付けたかったのだ。
    「……そうだろうか」
     煉獄は穏やかにその言葉を受け止めて微笑んでくれた。
    「俺には目標がある。もっと強くなって柱になって父の跡を継ぎたいんだ」
     秘密を打ち明けるようそっと教えてくれた。
    「まだまだ道のりは遠いが俺は諦めない。
     ところで君は変わった耳飾りをつけているが何か由来があるのか?」
     出会った時にじっと見ていたがやはり目立つのだろう。この耳飾りについて他人に訊かれるのはよくある事だったが、炭治郎は普段言わない事を打ち明けた。
    「これは父の形見です。代々長男が継いでいくものでお守りでもあります。ずっと子孫に繋いでいく事を御先祖様と約束していると聞いています」
    「そうなのか」
    「はい。とても大事なものなんです」
     受け継いでいく役目を任された誇りは炭治郎の心を強くしてくれる。その事自体がお守りだと思っていた。
    「話してくれてありがとう。君はもう継いで背負っているんだな。
     俺と君は似ているな。合縁奇縁というものかな」
    「あいえんきえん?」
     初めて聞く言葉だった。
    「出会いには不思議な因縁があるという言葉だ」
     そう言って煉獄は右手を差し出した。
     よくわからず真似をして右手を出すと握手になる。炭治郎はこんなふうに人と握手するのは初めてだった。西洋風なこの挨拶は気持ちを伝えるものだと知った。
     何も言わなくてもぎゅっと握った手からはお互い頑張ろうという勇気づける気持ちが伝わってくる。
    「これから俺が立ち止まった時は君を思い出し、君も頑張っていると心の支えにしよう。離れていても友となってくれるだろうか」
    「……はい!」
     友と言ってくれる言葉が嬉しかった。
     煉獄が言う通りにもう別れの時間は近づいてきている。吹雪が止めばお互いの仕事に戻らねばならない。
     からすの声が聞こえた気がした。
     炭治郎は外に出てみた。
     やはり吹雪はもう止んでいた。辺りは新雪できれいに白くなり、うす灰色になった空を見上げるとさっきいたあたりの上空をからすがくるくる円を描き飛んでいた。
     あれは要だ。主人を探しているのだろう。
    「おーい、こっちだ!」
     炭治郎は空に向けて手を振った。目がいいからすは気づいてくれたようだ。
     要は飛んで来て穴の入り口に立つ炭治郎の姿を確認すると飛び去っていった。多分煉獄が仲間と呼んだ誰かを連れて来るのだろう。
     炭治郎は穴に戻りからすが来た事を煉獄に伝えた。
    「そうか、ありがとう。
     俺の状態がこんなありさまなので申し訳ないが、このまま仲間がここを訪れてかまわないものだろうか?」
    「はい、大丈夫です」
     炭治郎はまた袂から葉っぱを出してぽん、と変化した。
     耳と尻尾が消えてどこから見ても普通の少年の姿になる。これくらいの変化なら長い時間続けていても負担はない。里に炭を売りに行く時はいつもこの姿だった。
    「見事なものだ。だがあの立派な尻尾がなくなってしまったのは少し残念なような気がするな」
    「立派でしたか?」
     尻尾を褒められると嬉しい。
    「とても立派だった!」
     真正面から言われる事なんてあまりないので照れてしまう。
    「ありがとうございます。でも見えなくなっているだけで、なくなったわけじゃないので!」
    「そうか!」
     煉獄は勢いよく言ったあとぼつりと呟いた。
    「とても可愛らしかった。俺は貴重な姿を見せてもらったんだな。この記憶を大事にして、きっと秘密でいよう」
    「はい」
    やはり秘密にしてくれるようで炭治郎は嬉しく思った。
     
     
     それから少しして舞台に出て来る黒子のように全身黒づくめで顔も覆面で半分隠した人達が谷の方向からやって来た。彼等はかくしというのだと煉獄が教えてくれた。
     あらかじめ要が運んだ手紙で知らせていたのだそうで、その人達は骨折した人が使う杖を二本用意して持って来ていた。炭治郎が穴の中に招き入れると隠の人は怪我の手当に使う医療品も持参して来ていて、お医者みたいに慣れた手つきで煉獄の足に湿布し包帯を巻いた。
     隠の人からはとても正しい応急処置がされていたおかげでだいぶ回復が早いと感謝され褒められた。巻いていた炭治郎の青い襟巻きは返してもらった。

     
    「とても世話になった。心から感謝している」
     穴から出て杖をついた煉獄と隠一同は、最後に並んで深々と頭を下げてくれた。炭治郎は恐縮する。
    「いえいえ。お大事にしてください。道中お気をつけて。早く治してくださいね」
    「本当にありがとう。……では元気で!」
     そして杖をついた煉獄と隠の人達は山を降りて行った。
     姿が見えなくなるまで彼等を見送ると、炭治郎はぽん、と耳と尻尾がついた元の姿に戻った。穴の中の藁を片付け、またきっちり戸締りして穴を出ると背負子を背負って枝拾いの仕事に戻る。

     
     ほんの短い時間のささやかな出来事だった。鬼狩りの人を少し助けて、吹雪を避ける間に一緒におにぎりを食べ話しをした。それだけ。
     それでも炭治郎はその後何度もこのことを思い出した。月の明るい夜には今頃煉獄はあの刀で鬼と戦っているのだろうかと想像した。
     きっとあの人はなりたかった柱になるんだろう。
     炭治郎はそれを疑わない。努力家で真っ直ぐな人だから。
     そしてあの時尊敬すると褒めてもらった事は胸の中に宿った温かい星のように炭治郎の心を強くしてくれるお守りになった。
     うまくいかない事や悲しい事があっても、頑張っている炭治郎を父さんが見ていてくれる。
     そして遠くにいる秘密の友達に恥じないように、炭治郎も日々努力して過ごそうと思うのだった。
     きっとあの人もそうしているだろうから。


     おしまい


    20250329

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