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    Herasaka_k

    Twitterに載せた絵のまとめや進捗等。
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    Herasaka_k

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    名残雪の前日譚のような何か
    いろいろ酷いので後からなんとかします。

    無題タップに弾かれたボールが深い緑色のラシャの上を転がる。四方へと散らばった光沢のあるボールが光を弾きながら、触れ合う度に小気味よい音を鳴らす。
    至る所から聞こえるその音は乾いていながらも澄んでおり、心地よく身体に沁み入っていく。
    ボールが転がっていく様子を興味深そうにじっと見つめている青年を見て、失敗しなくて良かったとこっそり思った。
    相棒を連れて初めてビリヤードに来たのは、純粋に楽しんで貰いたいという思いからだが、格好良いところを見せたかったという下心もほんの少し混じっている。
    実はダーツの方が得意なのだが、あれは先端が尖っていて非常に危険だ。あんな危ないものを相棒に持たせるわけにはいかない。
    やがて、鮮やかなボールが緩やかに動きを止めた。
    ビリヤードは久々だったが、なんとか形になっていたことに安堵する。
    散らばったボールを集め、再びラックを組む。
    「結丸もやってみるか?」
    呼びかけると、絹糸のような玄色が揺れる。細微まで拘って一つ一つ紡いだと言われても納得してしまうほど深く繊細な髪色。人工的な照明に照らされても、その美しさが翳ることはない。色濃い影が緩やかな輪郭を撫でる様子は、夜の湖畔を風が撫でる光景を想起させる。
    静かな美が人の貌をして目の前に存在している。
    溟海を掬って閉じ込めたような双眸がこちらを捉えた。
    水面に映る自分が視認できそうなほど真っ直ぐ見つめられて、僅かに目を逸らす。水面に映る自身を見つめる水仙には到底なり得ない。それが必要なことだとしても、今はまだ目を逸らしていたかった。
    緩く頭を振って思考を切り替える。
    呼び寄せた結丸にキューを握って貰う。その後ろから覆いかぶさるようにして、キューと結丸の手を上から握る。
    その時、身体に触れた結丸の背中が思いの外大きい事に驚く。それでもまだその身体を包み込めることに安堵して、一瞬浮かんだ焦りを掻き消した。
    「あまり強く握るなよ。優しくな?」
    そう言いながらグリップ部に添えられた結丸の手を指でなぞる。
    「手球の中心に先を当てるんだ。あまり強い力で撞くとブレるからな。手を安定させて、優しく撞くんだ」
    そのまま、支えるように手球を撞く。
    真っ直ぐ転がっていく白い球を見つめる結丸の顔は、やはり芸術品のように美しく儚い。だから、少しだけ見惚れてしまった。
    「主?」
    不思議そうにこちらを見つめる青い双眸。漸く、長い間相棒の顔に見惚れていたことに気がついた。
    誤魔化すように慌てて頭を撫でる。
    「上手だぞ、結丸」
    「主のことを見ていたからだ」
    結丸は誇らしげにそう言う。
    確かに、キューを握っている時から視線を感じていた。他の男連中といくと凝視されることなどまかり間違ってもないので少し緊張していたが、手本になっていたのなら良かった。
    「次はブレイクショットに挑戦してみるか」




    「少しは楽しめたか?」
    ビリヤード場から出て駐車場へ向かいながらそう聞くと、結丸はゆっくりと頷いた。
    「やはり主は凄い。俺も主のように、狙い通り球を入れられるようになるだろうか?」
    「結丸は頑張り屋だからな。すぐ出来るようになるぞ」
    少しは格好良いところを見せられたようだ。その証拠に、此方を見つめる結丸の双眸が心なしか光り輝いているように見える。
    内心ガッツポーズをしながら、嬉しさが表情に出ないようにサングラスをかけ直した。褒め言葉をさらりと受け止められるようなクールさはまだない。大事な相棒に褒められたら、どうしても表情が緩んでしまう。
    上機嫌で愛車の助手席のドアを開ける。
    女には喜ばれるが男には気持ち悪いと言われるこのクセも、結丸は受け入れてくれている。丁寧に頭を下げて礼を示す相棒のこういうところが好ましい。俺が好きでしていることでも、必ずこうして感謝を伝えてくれる。その律儀さがいじらしくて、人目も憚らず可愛がりたくなる。
    しかし、まだ用事の途中だったと自らを律し、後部座席に鎮座しているガンケースを見遣る。幾重も盗難防止装置がついているソレは対妖魔鎮圧狙撃銃『鏑矢』。怜湘が調整し、改造を施した鏑矢は、どうしても最終調整が上手くいかず専門家を頼ることにしたらしい。
    それを専門家へ届けてくれと連絡が来たのは家を出てからだった。
    オフということもあり時間には余裕があったが、そんな物騒なものを車に乗せたまま出掛けるのは気が咎めると怜湘に電話口でそう伝える。怜湘は暫し押し黙った後「刀持ち歩いてるくせに何言ってんの?」と怪訝そうに正論を返してきた。遠くから赤花の笑い声が聞こえてきた気がする。
    仕方なく天照に寄り、約束の時間まで遊べる場所を探そうと結丸に提案し、ビリヤードを楽しむことにした。
    駕籠に入った結丸の刀と鏑矢。
    どちらも車に置いていくのが心配で店内に持ち込もうかと思ったが、間違いなく周りの迷惑になるので止めた。代わりに西四辻邸で習った符術を使い、十重二十重に認識阻害と保護を施す。少ししか持ち歩いていなかった符が全て無くなってしまったが問題はないだろう。
    運転席に座りバックミラーを確認した後、自分と結丸のシートベルトを確認する。それからエンジンをかけて、ゆっくりと車を発車させた。
    そんな俺の横顔を見つめていた結丸が、徐に口を開く。
    「それに、夢中になっている主はとても愛らしかった」
    「……あ、い?」
    そんなに夢中になっていただろうか。
    褒められるまま様々な打ち方をしていた自覚はある。
    まさかそんな風に見えていたとは思ってもみなかった。恥ずかしくて赤くなりそうな頬を誤魔化すために窓ガラスを開ける。
    冷たい風が頬を撫でる感覚に少しだけ冷静になった。
    「結丸だって頑張って覚えようとしてる姿とか可愛かったんだぞ」
    「…そうだろうか?」
    不思議そうに首を傾げる結丸は、自分に関することにあまりにも無頓着だ。
    芸術品のような青年が不慣れなことに挑戦しながら楽しそうに笑っている。そのギャップに惹きつけられた人間の視線が凄かった。女だけなら平気だったが、男まで結丸のことを見つめていることに気がついて思わず視線で見るなと威嚇してしまった。
    余裕がないと笑われそうだが、その通りだ。情けないことに余裕など一切ない。
    あどけない笑顔を見ていると、人がいるところでそんな風に笑わないでほしいと思ってしまう。それと同時に、分け隔てなく優しい相棒がどうしようもなく愛おしくなる。
    優しく、誰からも愛される。俺の相棒はそんな存在だ。
    「やはり俺は可愛くない。主の方が余程愛らしい」
    「そう思うのは結丸だけだ」
    「む。そんなことはない。主は優しく、とても勤勉で…」
    「分かった!分かったから、な?」
    一体俺は結丸からどんな風に見えているのだろう。たまに不安になる。
    相棒は嘘やお世辞を言わない。だから、本当にそう見えているのだろう。それが分かっているからこそ余計に理解し難い。
    途中で言葉を遮られたせいでどことなく不満そうな結丸を見て、思わず苦笑いを溢す。普段は言葉を遮られても気にせず涼しい顔をしている相棒だが、俺の話をしている時は別らしい。尤も、俺の話を一番遮っているのは俺自身だが。
    赤信号が点灯し、緩やかに車を停止させる。
    「結丸」
    此方を向いた結丸の頭を思いっきり撫でる。
    「ありがとな」
    驚いたように目を見開いていた結丸の顔が柔らかく綻ぶ。朝露に濡れる花のような笑顔。
    やはり、どう考えても俺なんかより結丸の方が可愛くて綺麗だ。
    青に変わった信号に促されるように再び車を発車させる。
    その時、仕事用のスマホが鳴った。
    ハンドルについている通話ボタンを押すと、男の大声が車内に響き渡った。
    「善知鳥!テメェ、今どこいやがる!って、外か。タイミング悪ィな」
    エンジンの音が聞こえたらしい。窓を開けているとはいえ相変わらず人間離れした男だ。
    電話をかけてきたのは神々廻 昊湘。神々廻 怜湘の兄であり、刑事部特殊捜査第零課に所属する刑事。傍若無人を絵に描いたような男であり、長年の友人の一人でもある。
    「どうした、妖魔か?」
    「ああ、だが……いや、やるじゃねぇか善知鳥!最高だ!」
    「は?」
    頭でも打ったか。そう続けようとした瞬間、開けていた窓から腕が入ってきた。それが見知ったものでなければ間違いなく斬り落としていたが、残念ながらその腕にも服にも見覚えがある。
    侵入してきた手がドアの鍵を開けると同時に、後部座席にデカい男が乗り込んできた。
    走っている車に乗り込んでくる刑事なんていていいのか。混んでいたからあまりスピードは出ていないとはいえ、20kmは出てたはずだ。
    「おい!俺の家族との時間をぶち壊しやがったクソッタレ妖魔は上だ。絶対逃がすなよ」
    「それ以上、結丸の前で汚ねぇ言葉使うつもりなら蹴り落とすぞ」
    「主、あそこだ」
    結丸の涼やかな声に促されるように空を見上げる。
    巨体を支えるための羽は禍々しく伸び、6本の手足が蠢く。蜻蛉に似たその姿。
    リュウバエ。
    可変リミッターを解除すると同時にアクセルを踏み込み、ハンドルを切る。
    身体がシートに押し付けられる感覚。
    「結丸!」
    「承った」
    横道に逸れると結丸の異能によって光の道が現れる。車体を光の道に乗せると、結丸の顔が僅かに苦しそうに歪む。それを横目に見ながら、リュウバエのいる反対車線へ車を飛ばした。
    突き上げるような衝撃。
    それに構わず、アクセルを踏み込んだまま、車の合間を縫うようにしてリュウバエを追う。
    横で疲れたように結丸が小さく息を吐く。大分無理をさせてしまった。
    黒手袋を噛んで乱雑に外し、素手で結丸の手を握る。躊躇って逃げようとする手を握りしめ、無理矢理生気を供給した。
    「主…」
    「俺は大丈夫だ。悪い、無理させた」
    ふるふると結丸が頭を振る。
    戸惑いがちに結丸から握り返された手は自分に比べると華奢で、傷痕のない綺麗な手だ。それでも確かに誰かを守る男の手だった。
    よりも強く、結丸の手を握る。大丈夫だと伝えるように。
    「オイオイオイ!いつまで片手で運転してんだ!何km出てるか分かってんのか、善知鳥テメェ!」
    うるせぇ。
    後部座席から吼えるような声が聞こえてくる。
    車の合間を縫ってを走るくらいなら片手で充分だ。
    しかし、進行方向にトラックが2台並んでいるのが見え、繋いだ手を離した。
    リュウバエはまだ上空を飛んでいる。引き離されるわけにはいかない。
    ハンドルを握り直した俺を見て、神々廻が顔を青くする。
    「まさか突っ込む気じゃねぇだろうな!? 」
    「主はそれが最善だと判断している。ならば何も問題ない」
    「問題しかねぇよ!」
    後部座席から身を乗り出してくる神々廻に「喋ってると舌噛むぞ」と忠告しておく。
    ギアに手を添え、トラックの隙間を睨み据える。
    大きく深呼吸した後、勢いよくハンドルを切った。片側が浮き上がった車体をそのままトラックの間に滑り込ませる。擦れたタイヤが悲鳴を上げた。お前なら耐えられるだろとハンドルを指で叩くと、それに応えるようにエンジンが唸る。
    サイドミラー越しにトラックの運転手と目が合った。騒がせて悪いと軽く片手を上げた俺の横で、結丸も申し訳ないと頭を下げている。
    そのままトラックの間を通り抜けた車体を今度は平行に戻し、再びリュウバエを追う。
    しかし、リュウバエとの距離は一向に縮まらない。このままでは追いつけないだろう。
    「お前…善知鳥、ふざけんなよ…」
    「文句なら妖魔に言え。それより赤色灯とサイレン、あとそこにあるガンケースを頼む」
    前を見据えたまま、怜湘の言葉を思い出す。
    『改造型鏑矢』
    威力は遥かに向上したが、射撃精度は著しく低下、最終調整を終えていない段階では実戦で使えるレベルではない。
    怜湘が改造した『鏑矢』には、通常の鏑矢と同じく銃身にマントラが刻まれている。しかし、施されているマントラの数は通常のものと比べ物にならない。
    それを可能にしたのは下緒院所属の信楽 景斗だ。溢れるほどの呪術の才と手先の器用さ。それらを余すことなく用い、銃身のみならず銃弾にすらマントラを刻んでみせた。しかし、膨大な集中力と生気を必要とする関係上、製造できた銃弾は2発。さらに、威力が飛躍的に向上した代償として、銃弾に刻まれた溝により精度が著しく低下した。今回の最終調整は、その精度を向上させるためのものだ。
    どれほど精度が落ちるのか目にしていないが、やるしかない。
    「結丸、運転任せられるか?」
    結丸が頷いたのを確認し、運転席のドアを開けた。結丸にハンドルを任せて、ガンケースを持ったまま車から身を乗り出す。
    「いいか。絶対離されるなよ」
    「了解した。いつでも問題ない」
    インカムを装着し、今度こそルーフへ飛び乗る。その瞬間、結丸が素早く助手席から運転席へと移動した。
    ルーフレールと身体をロープで縛り、ガンケースを開けて素早く拳銃を組み立てる。その最中、インカム越しに車内の会話が聞こえてきた。
    「お前、運転できるのか?」
    胡乱げに聞く神々廻。結丸の声は聞こえないが、おそらく緩く頷いているのだろう。
    「経験はないが、仔細ない。俺は主のことをよく見ている」
    僅かに落ちた速度を取り戻すように、結丸は思い切りアクセルを踏み込んだ。一気に速度が上がり、景色が飛ぶように後ろへ流れる。
    それと同時に車内に神々廻の悲鳴が響く。
    「なにも大丈夫じゃねぇ!俺にはカミさんと娘がいんだぞ!? 死んだら祟ってやるからな、善知鳥!」
    その言葉に苦笑いを浮かべながらルーフの上に伏せ、組み立てた鏑矢のスコープを覗きこむ。
    この先に人気のない場所があったはずだ。リュウバエを落とすならそこしかない。奴らは人間を捕食する。下手な場所に落とすわけにはいかない。
    どれだけ威力を上げたとしても、あの巨体の霊核を貫くのは不可能だ。なら狙いは一つ。他の部位より薄く柔らかい羽。あの羽を狙って撃ち落とす。
    死ぬのが怖くて、どんな状況にも対応できるように射撃の練習を重ねていた。
    射撃なら少しだけ自信がある。普通のライフルを用いれば、恐らく当てられる距離。しかし、不安定なルーフの上。しかも、精度の落ちたライフルを使って当てられるかどうかは賭けだ。それでも、何もせず見ていることなどできない。
    弾丸に生気を込める。
    景斗が刻んだマントラをなぞるように、気を張り巡らせていく。欠けた部分を補うように、狙い通り真っ直ぐ飛ぶように。
    「頼むぞ」
    銃弾を2発、装弾する。
    そのまま、スコープを覗き込みリュウバエを捉える。
    その羽に照準を合わせて、引き金を引いた。
    「ぐ、ッ…!」
    反動で身体が吹っ飛びそうになる。威力が向上した分、反動も大きくなるとは思っていたが、予想以上の反動だった。
    肩が酷く痛む。痺れを伴う、嫌な痛みだ。
    銃弾はリュウバエの羽を掠めて、虚空へと消えた。
    思わず舌打ちする。予想以上の反動で照準が僅かにズレた感覚はあった。
    もう一度、あの反動を受けなければいけない。そう思うと無意識に手が震えそうになる。だが、迷っている暇はない。もう一度撃つしかない。
    片方だけ残っていた手袋を外して噛み締める。今度は反動を想定して、照準を合わせた。
    祈るような気持ちで、引き金を引く。
    放たれた弾丸は、今度こそリュウバエの羽を貫いた。
    リュウバエが発する不快な音が辺りに響き渡る。
    反動による痛みで上げそうになった叫びは、噛み締めた手袋によってなんとか相殺した。しかし、先程まで痺れるような痛みを発していた右肩が、今は熱を持って痛んでいる。ヒビでも入ったのかもしれない。
    だが、まだ終わっていない。
    羽を撃ち抜かれたことにより、支えきれなくなった巨体がぐらりと傾く。そのまま高度を落としていき、狙い通り人気のない場所に落ちた。
    インカムに向かって叫ぶ。
    「追うぞ、結丸!」
    「勿論だ、主」
    最高速度で走っていた車体が急に方向転換する。
    激しい煙と音を立てながら、横へと逸れた車はそのままリュウバエが落ちた場所へ向かって走る。
    鏑矢をケースに戻そうとして目を見開く。
    2発撃っただけで銃身はひび割れ、今にも崩壊しそうになっていた。慌てて銃身を押さえようとしたせいで、押さえた場所から崩れていく。その様子を見て青褪める。
    怜湘に謝るしかないと、諦めて破片をケースに詰めた。
    そうしている内に、リュウバエが落ちたと思われる場所に到着した。
    まだ敵の姿は見えない。
    ルーフから飛び降りた衝撃で肩が痛み、思わず手で押さえる。酷く痛みだす前にリュウバエを見つけなければ。
    「主?」
    結丸の声に慌てて肩から手を離す。
    どうしても弱っているところを見せたくなかった。
    なんでもないフリをしながら、結丸が持っていた駕籠を受け取る。
    駕籠を開けると、息を呑むほど美しい刀が姿を現す。打刀、結丸。護りの力を有するその刀は、その異能を象徴するかのように神聖な雰囲気を纏っている。
    空になった駕籠を神々廻に投げ渡す。一応妖魔の攻撃を防ぐ程度の防御力はある。いざという時の保険だ。
    周囲に気配がないか注意しながら歩く。
    耳が痛くなりそうな静寂の中、ふいに草が擦れる音が聞こえた。
    「下がれ!」
    反射的に結丸と神々廻の前に立ち、刀を構える。それとほぼ同時にリュウバエが突っ込んできた。
    刀でなんとかそれを押し止めるが、右肩から伝わる痛みに脂汗が滲む。
    このままだと押し負ける。
    力をふり絞り、身体全体でリュウバエを押し返す。
    リュウバエは悔しそうに咆哮し、上手く動かない羽を震わせながらもう一度突進してきた。
    結丸が異能を展開し、リュウバエを押し止める。それと同時に目の前に現れた足場を駆け上がった。
    刀を構え直し、リュウバエの上に着地しながらその背に刃を突き立てる。
    しかし、リュウバエは異能に押し止められながらも尚、暴れ回った。そのまま、より一層力を込めて異能の壁に向かって突進した瞬間、硝子が割れるような激しい音を立てて異能の壁が壊れる。
    その衝撃で投げ出され、地面に身体を強かに打ち付けてしまった。慌てて立ち上がろうとして、右手に馴染んだ感触がないことに気がつく。
    結丸の刀がない。
    慌てて辺りを見回すと手から滑り落ちた刀がリュウバエの傍に落ちていた。
    血の気が引く。もし刀に何かあれば、結丸は。
    無謀だと理解しながら駆け出していた。リュウバエの咆哮が耳を劈く。それなのに不思議なほど怖くなかった。死ぬかもしれないと思っているくせに、今は手も震えない。痛みも恐怖を感じない。だから、いつもより身体が動く。
    刀を抱き込んだ瞬間、結丸が自分を呼ぶ声が聞こえた。泣きそうな顔をしている結丸と目が合う。
    大丈夫だぞ、結丸。絶対に俺が、
    「赤花」
    聞き慣れた声が辺りに響いた瞬間、爆発が起こる。
    爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた身体を結丸が受け止めてくれた。
    目の前で起こる爆発にリュウバエがたじろぐ。その隙を見逃さず、リュウバエを切り裂いた斬撃から激しい爆発が起こる。それはリュウバエを霊核諸共、跡形もなく消し飛ばした。
    その中心に立っているのは、辺りに漂う焦げ臭い香りに似つかわしくない、鮮やかな花のような髪をした男。
    太陽の下で咲き誇る赤い大輪の花。その色彩は
    苛烈に戦場を彩りながら風に揺れる。そんな花の隙間から光るのは、琥珀に星を混ぜ込んだかのような双眸。
    「赤花」
    結丸が思わずといった風に赤花の名前を呼ぶ。
    「兄さん、余計な仕事増やさないでくれる?」
    後ろから現れたのは神々廻 怜湘。
    どうして二人が此処にいるのか分からず、思わず目を白黒させてしまう。怜湘から預かった鏑矢を壊してしまったから顔を合わせるのが気まずい訳ではない。少ししか気まずくない。
    「義姉さんから連絡きたよ。妖魔見たら飛んでいったから助けてあげて、だってさ」
    その言葉に神々廻が気まずそうに頭を掻く。そういえば家族の時間を邪魔されたと言っていた。恐らく、家族と出掛けている最中だったのだろう。
    先に戻ると言う神々廻に車の鍵を渡す。歩いて戻るよりは随分早いだろう。
    「で、きーくん先輩。鏑矢撃ってるの見えたけど、その鏑矢は?」
    怜湘の言葉に思わず目を逸らす。
    そんな俺の態度を見て、怜湘が深く溜息を吐いた。
    「まぁ、大体分かるけどね。反動が強すぎてそもそも銃が耐えられなかったか…。やっぱり実戦で使うのは無理そうかな」
    「はえ〜。だ〜から〜枳殻右手庇ってんだ〜」
    のんびりとした赤花の声に、余計なことを言うなと口を塞ごうとしたが遅かった。
    結丸が心配そうに此方を見ているのに気がついて、大丈夫だと手を振って見せる。それだけで痛みが走るのを感じたが、なんとか笑顔を浮かべ続けた。
    「ちょっと痺れてるだけだから大丈夫だぞ」
    「しかし、無理は良くない。すぐ凪鞘班に…」
    「本当に!本当に大丈夫だからな!」
    一応、凪鞘班に診てもらうつもりではある。
    恐らく骨にヒビが入っているであろう右肩のことを結丸には伝えたくなかった。
    誰よりも優しい相棒に余計な心配をさせたくない。怪我をしたことを知れば、きっと俺よりずっと痛そうな顔をするだろう。結丸に、そんな顔をさせたくない。
    それに、たいした怪我ではないはずだ。無理をしなければすぐ治る。だから、黙っていても問題ない。
    そんなやりとりを見ていた赤花が「まぁ〜おれには関係ないからいいけど〜」と笑う。
    赤花は本当に聡い。そして、人をよく見ている。
    今日の礼も含めて今度奢るから黙っていてくれと無言で訴えると、ゆるい笑顔が返ってきた。
    取り敢えず口止めできたことに安堵する。
    まだ心配そうに此方を見つめている結丸の頭をゆっくりと撫でた。
    「取り敢えず報告だな。天照に戻るか」



    それから数日後、関ノ胎への出張任務が言い渡された。


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