纏うはしがない独占欲 自分のイメージを香りで表現して香水を作る。そんな技術が発展しているらしい。それが通販で手軽にできるときたものだから、時代はアマゾネスドットコム様々だ。遠くの宇宙で流行っているらしいそれの香り見本が俺の部屋にあるのは単純に興味本位だった。
サンプルの香りを嗅ぐうちにもうどれがいいのやらハッキリしなくなってくる。一番才能があったであろうこの年代の霊基だろうと、想像を綴るのと香りにするのではワケが違う。
最終的に仕上がった液体が届く頃には、好奇心だけでくだらないものをこの世に生み出してしまったと少しばかりの反省するほど。
「アンデルセン、用事って何? また取材?」
「取材旅行も悪くはないが、今回は別件だ。突っ立っていないで早く座れ」
マスターはなんの警戒心もなく俺の私室に来てソファに腰掛けている。もう少し密室で男と二人きりにならない努力ができないものだろうか。
「これに興味はあるか?」
「……これ、もしかして香水?」
「そうだ」
ガラスの瓶に詰められたパルファム。青色の透き通った液体が揺れている。マスターは自分が思っていたよりも香水に関心があるようで、目を輝かせてこちらを見ている。
「徹夜明けに調子に乗って買った物だが、冷静になってみれば俺には特に使い道がない。香りを確かめてみて気に入ったなら持って帰れ」
「え、いいの⁉︎ じゃあちょっと試してみようかな」
マスターがパルファムをひと吹き手の甲に吹きかけるのを見て、あぁどうやら香水の類には慣れていないらしいと察する。いや。それよりも気にいるのかどうかが問題だ。
吹きかけた香りを嗅いだマスターの顔がパッと華やぐ。これはどうも、色良い返事が貰えそうだ。
「いい匂いがする!」
「そうか。じゃあ持って帰れ。俺には必要ない」
「ありがとう。大事に使うね!」
「それはいいが使い方を調べてから使え。慣れていないんだろう?」
「やっぱり分かる?」
「分からない奴はどうかしている。ほら、用事が済んだならさっさと部屋に戻れ。俺はこれから仕事の続きだ」
自分で呼んだくせに早々に帰らせる。マスターがドアを閉めた後、一息ついて肩の力を抜く。それから再び徹夜明けで仕方なかったと、自分に言い聞かせる。
若々しい爽快なオレンジのような
咲き誇る満開の花のような
飽きるほど積んだ原稿用紙のような
深い、深い、海の底のような
――あの香水がイメージしたものが何なのか。
ダメ押しのように重ねた意味。本人に伝わらなければどうも言うこともない。そもそもだ、男からの香水の贈り物を、気安く受け取るあいつが悪いのだ。
「我が事ながら、厄介だな」
香りで独占できれば苦労はしないのだが、現実はそうも上手くはいかない。
だがまぁ、マスターがあの香りを纏うのが日常になるのか。それはなるほど、なかなか悪くない。