プライベートパラソル「何を考えているんだお前は? この至近距離で過ごしたら暑いに決まっているだろう」
微小特異点を解決した後、その場所が消えるまでの間に休息をとることはよくある。
ここは日差しの強い海辺……一年中雪景色のカルデアではシミュレーター室でしか楽しめない気候。
「せっかくビーチなんだから少しくらい……」
アンデルセン相手に一緒に泳ぎたいなんて言わない。パラソルの下で寄り添って、暑いねって言いながらフラッペを食べたりしたいだけなのだ……! それなのに、隣に並んで座るのもままならないとは。
「まったく物書きをこんな野外に連れ出すものじゃないぞ。しかも何だ? 隣に座って涼みたい?」
鼻を鳴らすようにして彼が言うものだから、いくら何でも冷たいと思う。
「いいでしょ、せっかく海なんだから!」
そして、それはそうと。
そろそろわたしの水着に対して、一言くらい感想があったっていいんじゃないだろうか?
水着の礼装を見せるために張り切ったのに、肝心の相手は寝間着やトレーニング用のウェアを着てる時と同じ反応。ちっとも特別視してくれない。それどころかこちらを見てもいない。
可愛いとか綺麗なんてセリフがアンデルセンの口から出るわけないのだ。分かってるけど少しくらいこう、何とかならないものか。夏はアピールのチャンスだなんて、やっぱり嘘なのでは?
遠くで泳ぐサーヴァント達が楽しそうに見える。……アンデルセンはちっともこちらを見てくれないし、少し泳ぐのいいかもしれない。
「じゃあわたし、ちょっと遊んでくるね」
「そんな格好でどこに行く気だ」
さっきまで近寄ると暑いだとか、ビーチなんてやってられるかとか言ってたくせに、立ち上がろうとした途端にわたしの手を掴むのだ。
「……どこって、浅瀬で泳ぐだけだよ。すぐそこだし」
「さっきまでパラソルの下でフラッペを食べるだとか言っていただろう」
「もう、暑いって文句言ったじゃん!」
「当たり前だろう。このクソ暑い中隣にいて涼しいわけがない。だが距離を取れとは一言も言っていない! これだから浅慮な読み手は……」
「り、理不尽……!」
文句を言われたら近寄るなと言われているのだと思うじゃないか。
「大体何だその水着は? ビーチを練り歩いて間抜けな男でも釣る気なのか? ほら、これを羽織って大人しくしていろ。野暮ったさが増してだいぶマシになる。前も閉めろ」
「わ、ちょっと!」
早口で捲し立てるように言いたいことだけ言い切った後、わたしに投げつけるように白衣をかける。
「やだ、せっかく新しい水着なのに!」
「腹と脚を出し過ぎだ、この露出狂め」
「ろっ……!?」
気合を入れた水着にそんなことを言うなんて……!
アンデルセンは女心が分からないのではなく、分かっているのにちっとも配慮しないから厄介なのだ。今日という今日はハッキリ、異議申し立てしなくては!
「……そんな格好、見せるのはベッドの上だけにしておけ」
「!?」
文句を言ってやろうと思ったのに、あまりのことに開きかけた口から言葉が出ない。言い返さなくては、そう思って彼の方を見てそしてさらに声が出なくなる。
だって、こんな時に限って彼が赤い顔をするから。
二人して無言のまま、パラソルの日陰から抜け出せなくなる。
特異点の夏は短い。
あっという間の時間をわたし達はほとんど会話しないまま……手を繋いだまま過ごしたのだった。