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    たまごやき@推し活

    アンぐだ♀と童話作家アンデルセンのこと考える推し活アカウント

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    カルデアアンぐだ♀とシャワーブース付き合ってる時空

    2020.11

    ##FGO
    ##アンぐだ
    ##カルデア時空
    ##恋人

    カウントダウンミッドナイト 脱稿直後に正気を保っていられるなら、苦労はしない。深酒の後じゃあるまいし、記憶も残っている。ただ少し、いつもより気が大きくなっていたか、羽根でも生えて空でも飛べそうな高揚感か……端的に言うと脳の機能は狂っていた。

     天井から降り注ぐ、まだ冷たいシャワーの温度が少し冷静さを取り戻させる。ここはシャワーブースの中。作り付けの壁棚に並んでいるのはシャンプー、トリートメント。
     脱稿後のシャワーなんて、溜まりきった澱みが洗い流されればそれで充分。どうでもいい備品の石鹸や、とりわけ髪の傷みには配慮しないただ洗浄だけをこなす無香料のリンスインシャンプー。……それらも棚に並んでいたのに、正常に働いていない好奇心が勝手に彼女の私物のシャンプーのポンプを押している。手のひらに掬い取った、シルクのように波打つパール色の液体。
     やたらと香り立つ泡を洗い流してブースを出た頃には『ここが一体どこなのか』くらいの認識は戻ってきていて。

    「アンデルセン、シャワー終わった? タオルそこに置いてあるからね」
     姿が見えない声は幻想と見紛うほど。普段はどうでもいい無香料のシャンプーを使う自分の髪から、今日は甘い花の匂いがする。

     そうだ。ここは、マスターの部屋のシャワーブースだった。

     彼女の部屋だとはあまり信じたくはないが、何度も来たこの部屋を他と間違えるはずもない。シャワーなんて借りてる場合か? いや待て、これはあいつがボロボロの俺を見つけ出してシャワーブースに半ば放り込むようにした結果だ。断じて、俺が積極的に働きかけてシャワーを借りたりしたわけではない。読み違えてもらっては困る。
     そもそも嫁入り前のこいつの部屋に俺が一人で出入りしていること自体があまり良くないのだが、それはそれとして。その上、決してやましいことがなくとも。……事実として『同じ香りを纏わせている』ことがまずい。

     頭の天辺から足の爪先まで、同じものを使えば同じ香りがするのは当然だ。ただ、その事実が周りからどう見られるか想像に難くない。余計な情報を周囲に与えるのは俺の思うところではない。
     わざとらしい揃いの香りは人の想像力を掻き立てる。実状が置いてけぼりになるくらいの背びれや尾ひれのついた噂など俺は慣れたものだが、こいつはそうでもないだろう。明日まではあまりカルデアの中を歩かずに部屋にいた方が良い。……それにそんな都合があれば、暇潰しの道具がなくとも俺はこの部屋にとどまっていられる。理由もなくここに居続けるには、まだ少々据わりが悪い。

    「俺の部屋に戻るのは面倒だ。今日はこのままここで寝る」
     今は部屋の外をうろついているサーヴァントも多い。この香りが消える前に部屋を出れば、面倒事が待っているのは明らかだ。しばらくソファで仮眠でもとって、それから夜中にこっそりと自室に戻る方が危険は少ないだろう。

    「わ、分かった、あの……じゃあ、どうぞ!」
     急に挙動不審になった彼女を見るに、どうやら自分は思っていたよりもはっきり恋人として意識されているらしい。手を出すつもりなどない、何を勘違いしているんだか。

     俺達がお飾りのような恋人関係になってから一ヵ月ほど。まだ勝手に部屋に泊まっていいような間柄ではない。外に気軽に出かけられるような環境でもなく、手に触れたことすらない恋人。……いきなり、突き落とすように関係を進めるのはさすがに問題だろう。無理を押して『お付き合い』なんてものを始めたのだから、せめて少しは真っ当な関係を築く努力くらいするべきだ。
     それに正直なところ、生きている間に逆立ちしても手に入らなかったようなものをいざ目の前に差し出されると、何かのドッキリ企画じゃないのかと疑い始めるくらいだ。実は今までのことは全て企画か夢だと言われた方がしっくりくる。

    「俺はもう寝る。適当な時間に帰るから放っておいてくれ」
    「えっ!」
     靴を脱いでソファに横になる。形は違えど恋人の部屋で一夜を過ごすこと自体が、起こり得ないような出来事だ。ひとつ屋根の下、同じ部屋の中、ふたりの距離は五メートルもない。……寝ると言って目を閉じたものの、甘い香りも相まって寝付けなくなる。

    「……もう寝ちゃった?」
     ソファのすく近くにしゃがみ込んで、彼女がこちらを覗き込む気配。囁くような声。起きていたら何なんだ。狸寝入りを決め込む。
     彼女は俺が寝ているのをいいことに、勝手に髪を撫でつけたり頬を突いたりやりたい放題だ。さすがにこんな状態で眠ったフリなど続けられない。

    「黙って寝かせろ」
    「もう、やっぱり起きてるじゃない!」
    「こんなにやたらとちょっかいをかけられて、寝ていられるか!」
     ただでさえ寝付けないところに散々な仕打ちだ。俺はつつがなくソファでただ惰眠を貪って帰ろうとしているのに、わざわざ厄介事に首を突っ込んでくる。いいから、寝ぼけて何かをしでかさないくらい深い眠りにつかせてほしい。間違いが起こってからでは遅いのだから。

    「アンデルセン」
    「寝かせろと言っただろう」
    「……もう、寝ちゃうの?」
     一等寂しそうな声で、まるで誘い文句のような台詞。ぐらつく理性を抑えるにも、上限はある。とはいえ、恋も愛もおぼつかない少女の色香に負けるようなことは……いや、やめておこう。そんな風に油断した端から訂正印を押す羽目になるような気がする。フラグを立てるな。

    「構ってほしいなら明日にしてくれ」
     そうすれば、今よりいくらか落ち着いていられる。だから今は目を開けるな。余計な雑念を捨ててしまえ。
     そう吐き捨てた途端にしんとした空気の気まずさといったらない。目を閉じているから余計に空気のひりつきを感じるのか。目の前で彼女が発しているいかにも不満です、オーラとでも言うのか、ともかく空気が澱んでいる。

     意地の張り合いにも等しいその空気が一瞬緩んで、彼女が動く気配がする。
    (ようやく諦めたか……?)

     そんなわけはなかった。
     ただでさえ狭苦しいソファの上に横になろうと詰め寄ってくる。俺をソファの背もたれ側にグリグリ押して自分の寝転がるスペースを確保する。すぐ横でふわりと広がる、自分と同じシャンプーの甘い香り。距離が近い。

    「おい狭いところに割り込むな」
    「わたしもソファで寝る。……あれ、アンデルセン私のシャンプー使った?」
    「っ……不躾に人のことを嗅ぐな! 大人しくベッドに戻れ!」
    「隣で一緒に寝るの!」

     今日はやけに頑固だ。張り合ってくる言い分はまるでわがままな子どもそのもの。距離感は今の方が近いが、先ほど寂しそうに声をかけてきた時の方がよほど気の迷いを起こす要因があった。彼女がいつもこうなら、俺も行儀良く節度を守り続けられる。だが、そうはいかないから、苦難しているのだ。

    (いいか、隣にいるのはただの子どもだ。今日の俺は巨大なクマのぬいぐるみ、抱き枕、安心毛布……)

    「おやすみ、アンデルセン」
     よくある就寝の挨拶と、頬に触れた覚えのなさすぎる感触。
     妄想でないのなら、恐らく彼女の唇が触れたのだろう。こんなものは俺の生まれ育った環境ではただの挨拶としてまぁよくあることで、大したことではない。何せ挨拶なのだから。問題は、そんな行為が挨拶としては日常的ではない生活圏で暮らしていただろう彼女がした行動だからであって。
     そして、こんなにも距離が近いのだから。あのシャンプーの香りがするのは、当たり前のことで。人工的な甘い香りにくらくら惑わされるのは、アレルギーか何かか? 早く正気に戻してくれ。

    (落ち着け、こんなものペットにでもじゃれつかれたのと大して変わらない。そうだ犬、猫、ウサギ、ハムスター……)
     そんなことを考える間に隣で堂々と寝息を立てている彼女は、あんなに俺を意識しているような思わせぶりで何にも考えていないのではないだろうか。恋人の前で眠れないだとか、少しは繊細な機微を見せたらどうなんだ、おい。

     次に脱稿する前は、できる限りこいつの目に入らない場所に移動しておこう。そうでなければ彼女の安心毛布でなんていられない。
     焼き切れそうな理性をどうにか留めながら、彼女の頬にただの挨拶のキスを落とす。……あぁ、勝手にこんなことをしている時点で、すでに理性だなんてどこへやら。いきなり突き落とすように関係を進めるべきではない、だなんて思っていたその頭でろくでもないことを考える。
     ーーどうせ彼女が目を覚さないのなら、何をしたって全て、何もなかったことになる。そう囁く俺の脳内に、つくづく彼女の男を見る目のなさが光る。

     果たして理性が全て焼け切るまで、カウントダウンは残り後何回か。それが夜が明けるまで持つのかどうかは誰にも分からないことだった。
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