予約満杯先約済み「――別に俺が怒るようなことは何もないが?」
彼がとん、とテーブルを指で軽く叩く仕草がなんだか貧乏ゆすりみたいだな、と呑気に考えながら新しいコーヒーをマグカップに注ぐ。……湯気が出ない。だいぶ冷めてしまったらしい。
怒るようなことはない。
そう言いながら、さっきから書き損じの原稿が次々とゴミ箱を埋めていく。筆が乗らない原因は明らかだと思うけど、彼に言っても決して認めないだろうことはハッキリしていた。
「もちろんお前の部屋の備品はお前のものであって、ベッドを布団に変更しようが誰に貸し出そうが俺の知ったことではない。もちろんマイルーム担当者の俺に! 一言の確認もなかったとしてもな!」
またゴミ箱に新しい紙が吸い込まれていく。
結局怒ってるじゃないか、と反論するとさらに厄介なことになりそうだ。
「部屋を貸したのは他に場所がなかったからだよ」
「は、どうだか。部屋はなくとも寝袋だけあれば廊下でもどこでも構わないだろう。何なら太古の大自然に思いを馳せながら一晩過ごしてもいい」
男に部屋を貸すくらいなら野宿させろと、つまりそういうことらしい。
「アンデルセンだって勝手にわたしのベッド占領してるのに」
わたしが溢した不満に彼はきょとんとした顔をして見せる。「何を言ってるのか、さっぱり」と言わんばかり。
「俺はいいだろう。ここはお前の部屋だ」
まるでここにいるのが当たり前みたいにさらりと、照れもなく言う。何を当たり前のことを、と呆れる彼に、わたしの方が照れてしまう。不意打ちは流石に卑怯だ。
「……アンデルセンの部屋じゃないのに」
「気にするな、俺の部屋のようなものだ。まぁ人に貸すのなら次は俺を通すことだな」
――男に貸すかは保証しないが。
言うだけ言って満足したのか、テーブルに置きっぱなしの原稿を放置してまた勝手にベッドを半分占領する。
「レポートはほどほどにして休め。お前は睡眠不足で思考力が低下しているから勝手に俺のベッドを人に貸したりするんだ」
彼がとん、とベッドを叩く仕草がなんだか……と逸れた考えを慌てて振り払う。
だから、アンデルセンのベッドじゃないんだけど。
そう思いながらレポートを書く手を止めるのだった。