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    たまごやき@推し活

    アンぐだ♀と童話作家アンデルセンのこと考える推し活アカウント

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    カルデアアンぐだ♀、付き合ってる時空

    2020.8

    ##FGO
    ##アンぐだ
    ##カルデア時空
    ##恋人

    モラトリアム卒業式 恋人同士といえば、どのように互いを呼び合うものなんだろう? 
     色んな呼び方はあってもーー決して、その関係性なら「マスター」なんて単語は出てこないはずだ、なんてことは知っていた。 

     こっそりと開けたドアからの隙間から、机に向かっている彼の後ろ姿を眺める。けれど椅子が大きいせいで彼の姿はよく見えない。忙しくないか、話しかけるタイミングを見計らう。

    「視線がうるさいぞ、マスター。用があるのなら、見ていないでさっさと中に入れ」
    「!」
     だけど、勘が良い彼にはすぐに気づかれてしまう。椅子が回転して、正面を向いた彼は原稿中ではなく、タブレットを持っていた。またゲームをやっていたんだろうか。
    「お邪魔します……」
     あたりの様子を伺って、それから廊下に誰もいないのを確認してから部屋の中に入る。別に誰かに見られたからって問題があるわけではないけれど、まだ何となく気恥ずかしい。
    「それで、こんな遅い時間に何の用事だ?」
    「遅い時間……? まだ七時だよ」
    「馬鹿め、日が沈んでいればもう『遅い時間』だ」
     まったく、これだから……と文句を言い始める彼は、それでも今日は遅いから帰れとは言わない。

     この部屋で二人でおしゃべりして、そしてそれから自分の部屋に帰る、ルーチンワークのような習慣。夜の時もあれば、昼の時もある。ただ、何も用事がなければ毎日のようにここへきて、一緒の時間を過ごしている。
     わたし達の関係はマスターとサーヴァント。……だけではなくて、恋人同士でもある。ただ長い時間おしゃべりをするだけの茶飲み友達とは違うのだ。だからこそ、今日こそは言いたいことがあってこの部屋にきた。

    「先生、今日は真面目な話があってきたの」
     こうやって前置きを入れないと普通の会話から何気なく尋ねたりはできない。
    『恋人なんだから、そろそろマスターじゃなくて名前で呼んでもらえないか』
     ーーわたしはそれを、どうしても提案したかった。

    「真面目な話だと?」
    「大したことではないんだけどね……」
    「さっさと吐いた方が楽になれるぞ」
    「そんな、取り調べじゃないんだから」
     言い淀むようなことではないはず。呼び方を変えてほしいとお願いする、それだけのことにこんなにも躊躇ってしまう。
    「あのね、」
     決してわたしの提案をくだらないと嘲笑するような人ではない。それにどういう風に伝えるか、ちゃんとシミュレーションしてきたのに。
    「た、大したことではないんだけど、」
    「それはもうさっき聞いた」
     大きなため息の後に彼がそう言った。いつまでもこんな調子で付き合わせるわけにはいかない。もう一度、今度は勢いよく一息に言えば簡単なはずだ。

    「恋人として! 少しレベルを上げたいなと思って、」
    「レベルだと? ……なるほど、提案自体は悪くはない」
     勢いをつけたのに、やっぱり躊躇って本題に入れない。ーー名前で呼んでもらえたら、少しは恋人らしくなるんじゃないかと思ったのだ。何だかレベルが上がるような気がしている。さぁ、後もう一息、具体的にはどうしたいかを伝えるだけだ。

     わたしが意気込んでいる間に、彼は椅子から立ち上がって移動するとそのままベッドに腰かけた。壁際に置かれたベッドは、脚を伸ばして腰掛ければ壁が背もたれになって快適だ。……何でわざわざベッドに? いつもはソファに座るのに。
    「何をしている? マスター。そんなところにいつまでも棒立ちしていないでさっさと座れ」
    「えっ!」
     座るなら、いつものソファの指定席に座ればいい。けれど、彼は自分の横のスペースを手でトントン叩きながら『座れ』と言っているのだ。ベッドの上で、しかも隣に?

     お付き合いを始めたと皆に報告した時、言われたことがいくつかある。

    『深夜に部屋を訪ねるな』
    『自分の部屋には簡単に呼ぶな』
    『ベッドには座るな』

     どれも警告ばかりで、そんなに心配することはないのにと思った。けれど、いざ状況を目の前にすると。
     ベッドに座る恋人達。しかも『こんな遅い時間』に。名前を呼んでもらうことよりもよほど困難なことじゃないだろうか。

    「……座らないのか?」
     少し寂しそうな声色と、低いところからこちらを見上げる上目遣い。
     この人は、たまにこういうことをするのだ。実際、男らしく強引な手段を取られるよりも、わざと下手に出るようなその態度に私は弱かった。
    「……失礼シマス」
     隣に腰かけて、膝に手を乗せて背筋を伸ばし行儀良くする。壁を背もたれがわりにして、一息つく。
     ついに、座ってしまった……! レベルアップどころかレベル一で魔王の城にワープしたようなものじゃないか。

    「マスター、手のひらを確認してみろ」
    「手のひら?」
     言われるがままに膝に乗せていた手を持ち上げて確認する。なんてことはない自分の手。落書きや新しい傷があるわけでもない。
    「何かあるの? 普段と変わらないと思うけど……っ!」
     
    その瞬間、ぽすっと軽く音を立てて小さな体が私の膝の上に転がり込んでくる。
    「な……え、な、」
    「文句は意味のわかる言語でなければ受け付けないぞ」
     猫のように丸めた上半身を私の膝の上に乗せながら寛ぎ始めてしまった。これは、膝枕だ!
    「レベルを、上げたいんだろう?」
    「!」
     そんなこと言って、レベル一で強敵に出くわしたら一撃で教会行きだ。
    「今日は働きすぎて疲れた。脚が痺れたら起こしてくれ」
    「もう、さっきまでゲームやってサボってたでしょ! そんなところで寝ないでよ!」
     この体勢でずっと過ごすなんて、脚が痺れる前にどうにかなりそうなんだけど!
    「枕役は静かにしていろ。寝心地が悪くなるだろう?」
     喋っても喋らなくても寝心地なんか変わるわけないのに。満足そうに目を閉じる彼を見ると文句を言えなくなってしまう。

    「おやすみ、立香」
    「! 今、名前……!」
    「何だ? お前はその件でここにきたのだと思っていたが、違ったのか?」
    「違わないです……」
     すべてお見通しだ。わたしが名前で呼んでほしがっていることも、それを言い出せなかったことも。恋人らしさのレベルが、どんどん上がっていく、気がする。
    「おやすみ、先生」
     目を閉じて黙ってしまった彼を見て、そっと彼の頭の上に手を乗せてみる。そっと撫でてみると、柔らかい髪の毛はとても手触りがいい。

    「どうでもいい話だが、それは一体何のイメージクラブなんだ。大体俺はお前を弟子にも生徒にもした覚えはないぞ」
     眠ったと思ったら彼が呆れた目でこちらを見ながらそう言った。
    「イメージクラブ?」
    「…………つまりだ。いい加減、もっと相応しい呼び方があるだろう」
     それはもしかして、彼もわたしに名前で呼んでほしいということだろうか。自分の名前を呼んでほしいと言うだけでも難易度が高かったのに、自分が彼の名前を呼ぶだなんて。ただのマスターだった時とは違う。先生という呼び方に慣れすぎて、名前を呼ぶのは久しぶりだ。

    「アンデルセン?」 
     初めて呼ぶわけではないその呼び方に顔が熱くなる。お互いに名前で呼び合う方が、確かにずっと恋人らしい。
    「生憎だが、俺のそれはファミリーネームだぞ、マスター」
     呼び方が元に戻っている。急に声を低くしてそう言う彼はいかにも機嫌が悪そうに、子供扱いはやめろと言いながら頭の上のわたしの手をどけてしまった。

     ファミリーネーム。つまり、日本で言えば苗字。そうだ、「立香」と呼んでくれたのだから、わたしもファーストネームの方を呼んだ方が良かっただろう。
    「じゃあ、その……ハンス?」
    「まぁいい。及第点にも満たないが今日はここまでにしておいてやる。少し寝るから静かにしてくれ」
     そう言うとまた目を閉じてしまった。

     ……ハンスじゃなければ、一体何が正解だったんだろう。
     質問したい本人はもう寝息を立てている。あだ名をつけたりするんだろうか。そんなものを求めるようには見えないけれど。それとも、もっといい呼び方があるんだろうか。一体なんて呼べば、彼の合格点をもらえるのだろう。


     ーーわたしが寝起きの彼に「ダーリン」と呼びかけてわたしが彼に爆笑されるのと、それからミドルネームというものについて詳しく知識を得るのは、もう少し後のことだった。
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