前略、相変わらず雪景色のカルデアですが「アンデルセン」
「なんだ? マスター。……仕事の依頼なら願い下げだぞ」
「今日はレイシフトじゃないよ! あのね……」
そわそわとしながら黙り込む、見慣れない仕草を横目で見る。彼女が言い淀むことは珍しい。
「これ! ……受け取ってほしくて」
「なんだ、これは」
どこにでもあるありふれた封筒、中心にはあまり使い慣れていないであろう赤い封蝋に、押されたスタンプはハート型。――どこからどう見てもスタンダードな類の手紙だ。
「……マスターがペンを持っているところなど微塵も見たことがなかったが、珍しいこともあるものだな」
「たしかに手紙なんてほとんど書いたことないよ。でも手紙なら……」
受け取ってもらえるかもしれないと思って。
不安そうにそんなことを言う彼女に向き直り、目線を合わせる。しかし不安を感じさせながらも、是が非でも受け取らせると言わんばかりに目を光らせている。
逃げ道を塞ぐような鋭い瞳は、さすがにマスターとしてサーヴァントを指揮しているだけのことはあるかもしれない。……どうやら受け取らない道は残されていないらしい。
「わかった、受け取ってやる」
「!」
華やぐように表情が変わる。目まぐるしく変わる表情に顔の忙しい女だな、などと感想を抱きながらその手紙を受け取る。
パタパタとその場を立ち去るマスターを見送りながら、ふと息をつく。こういった類の手紙をもらう機会が今更来るとは。俺の身には余るくらいのどこにでもある手紙を持って、自室へと足を運ぶ。
前略、相変わらず雪景色のカルデアですが、いかがお過ごしでしょうか?
(こいつ、何かのまとめサイトでも参考にしたのか?)
いかがも何も、毎日顔を合わせているのだが。……それはそれとして、妙にかしこまった文はどうにも窮屈で、普段の彼女の印象とは異なる。まぁ、文章と人となりの印象が一致しないという意見など往々にしてあることだ。
さて、突然のお手紙失礼いたします。物語を書くのが仕事の人に手紙を送るのは少し恥ずかしいけれど、読んでくれると嬉しいです。この文章を添削してくれそうな人はカルデアにはたくさんいたけれど、この手紙の内容はあなただけに知ってほしいと思っています。誰にも添削を頼まなかったから、少しくらい文章がヘタでも許してください。よろしければお返事くださいますと幸いです。
ひとまずはこの導入部分だけでも彼女が普段あまり手紙を書かないのだろうことや、おそらくこれを書き終えるまでに相当時間をかけたのだろうことが感じられる。不自然な方向に少しだけ伸びてしまったインクと、文字とは少しずれたり場所にうっすらとした凹みの跡……初めて見る彼女の筆跡。
慣れないペンを握り、下書きやら消しゴムかけやらまでして、ああでもないこうでもないと文を綴る姿が容易に想像できて、思わず口角が上がった。
「……返事を書くつもりはなかったが」
自分に向けて書かれたこの手の手紙に悪い気はしない。例えばそれが返答すべきものではないとしても便箋のありかを探すくらいには。気が付けばペンをこの手に握っているのは長年の癖だろうか。
「物好きにも程があるだろう」
それは自分か、はたまた彼女か。
「書いたところで本人に手渡せるかどうか分からない手紙の一枚や二枚、今さら増えたところで大した影響もない」
花めく少女のまじないのように、努力の痕跡が残るその便箋に静かに唇を落とす。
相変わらずの吹雪の中、返事を認め始める。――今夜もまた徹夜になりそうだ。
時刻は午前一時頃ら夜は長い。コーヒーカップの中身が随分と減ったのをちらりと見て、中身を継ぎ足す必要がありそうだとぼんやり考えた。