本日初デート記念日「あんなに仕事の予定を詰めなくたって、食べていくには困らなさそうな人気作家さんなのに」
せっかく遊びにきても、大抵は締め切りに追われている恋人。
今日は締切をおえたばかりで、もしかしてまともなデートができるかも、なんて期待をしてやってきてみれば彼は疲れ果てて倒れるように眠っていた。
寝るか、書くか。……他のことは一体いつやってるんだろう。
本棚から何か本を借りようと物色する。この部屋の本は大体よんでしまったけれど、恋人が起きるまでどうにか暇を潰したい。借りてない本なんて、辞書くらいのものだろうか。
気まぐれにやたらと分厚い辞書をパラパラ開いてみる。でも辞書じゃ暇潰しにもならない。
「? なにこれ」
紙切れが挟まっている。辞書に栞なんて必要ないはず。挟まっていた真っ白な長方形の紙に鉛筆の殴り書き。
(また急な依頼を入れたら今度こそ担当を変えさせる)
紙を裏返してみる。
「……これ、遊園地の」
チケットの日付は半年も前。ずっと、ずっと前にわたしが行きたいと恋人に話した場所。
慌てて辞書のページをめくる。
水族館のチケット
(来週までに原稿依頼がなければ)
(依頼原稿二本追加ふざけるな)
映画のチケット
(映画の後ディナー予約あり十九時〜)
(打ち合わせ夕方からやるな)
……遊園地のチケット
(観覧車頂上まで十分、日の入り時刻六時七分)
(さっさと休暇よこせ)
ペンで丁寧に書かれている計画や鉛筆の殴り書きで書かれた愚痴のメモ書き。
大量のチケットが辞書のさまざまなページから飛び出す。
……みんな、わたしが行きたいとねだっては忙しいと却下されてしまった場所。
今日こそ、付き合い始めてから一度だってデートに誘ってくれない恋人に文句を言ってやろうと、そう思っていたのに。
「ずるい……」
持ちきれないくらい大量の、ただの紙切れになってしまったもの。こんなのを見つけてしまったら文句なんて言えない。別に出かけられなくたっていいと絆されてしまう。
辞書をそっと元の場所に戻して、恋人の様子を見に行く。すやすやと寝息を立てる彼は締切後の開放感からか、とても幸せそうな顔。
起こさないようにそっと恋人の家を後にする。
締切前になるとろくな食事をとらない恋人に、今日はとびきりの夕食を用意しよう。
「一体何の祝い事だ?」
たくさんの料理を前に彼はそう言うかもしれない。
「初めてデートに誘われた記念日だから」
なんて言ったら彼はどんな顔をするだろうか。
辛口な恋人の口から「悪くない」と聞けるような料理を頭の中で考える。素敵なレストランのディナーには負けてしまうかもしれないけど、腕によりをかけよう。
あの辞書の中身に負けないくらいのサプライズを目指して、急いで買い出しへ向かった。