無題(にょた、配墓、車警)わたしは自分の体型に悩んでいた。
「ただでさえ醜いのに、こんな、ぶよぶよで…」
そう嘆くとビクターは「とんでもない!」と話を遮った。
「人はアンドルーさんの体型を『むちむち』と言います」
「つまり?」
「素敵な体型です!」
「はぁ…」
返事ともため息とも取れない声が漏れた。
わたしはこの体型に悩んでいるが、ビクターはなぜか褒めてくれる。
何を試しても引き締まらないこの体をも肯定してくれるなんて、どうかしている。
浮かない顔をしている私に、ビクターは続けた。
「それなら…、1分間のキスで消費カロリーは6kcal!さらにイチャイチャすれば8kcalに!単純計算10分で80kcal消費できるんだそうです!」
ビクターは捲し立てるように私にそう言った。
普段は筆談だが、慣れた人間といると饒舌になってくれるビクター。
今回は裏目に出ている。
一体どこでそんな情報を仕入れ披露しているのか。
わたしは少し考えてからこう返事をした。
「ナイチンゲールにもらったフィットボクシングのが少し効率がいいな」
ビクターはなぜか頭を抱えていた。
「まぁまぁ、『むちむち』は本当のことですし…」
フォローするかのような無茶苦茶なことを言い出したのは、共にお茶をしていた警官だった。
ビクターにそっくりな容姿の警官は、これまたわたしとそっくりな『車掌』のことを思い浮かべていたのだろう。
「適度に筋肉がついて決してセルライトや贅肉がついているとは思わせないその体型…もっと自信を持っていいと思います」
「うーん」
わたしはにわかには受け入れられなかった。
同じ背丈の人間と同じサイズの服が入らないのだ、悩んで当然である。
と、俯いていると、警官が座っているソファの裏から車掌がにょきっと現れた。
「そんなに褒めてくれるなんて…嬉しいですね」
「い、いつからそこに」
「いつからでしょう?」
車掌はにこりと微笑むと、背もたれの上に横座りして滑るようにソファに沈み警官の隣に収まった。
「私も自分の体型について少し気になってはいたのですが…警官さんがそう言ってくれるなら自信を持つとしましょう。それに…」
意味深に言葉を切ると、車掌は突然、警官の唇を奪った。
急なことに口をあんぐり開けてしまうわたしとビクター。
「キスをすればカロリーを消費するのが本当なら、貴女が付き合ってくれますよね?」
警官をソファに押し倒し、息を吐かせない勢いで口付ける車掌。
片手で警官の両腕を押さえつけ、もう片手で器用に警官の服のボタンを外し始めた。
いや待て!
なぜ今?わたしたちがいる目の前で!?
「私も、自分の体型が気になるんです」
そう言いながら、今度は自分のネクタイを緩める車掌。
止まらない車掌の手。
「ダメです」と言いながら徐々に切なげな声を漏らす警官。
ビクターはその光景に完全に目を奪われていた。
いやいや、見てる場合じゃないだろ。
私は静かに席を外した。
いや、外そうとした。
掴まれる手。
「どこに…行くんですか…」
「え?」
熱に浮かされた眼差しでわたしを見つめるビクター。
いやいやいや、なんでだよ。
「ねぇアンドルーさん、お願い、キスしたい」
「今じゃなくても…」
「今じゃなきゃ、だめなんです」
こうなるとビクターは止まらないことを、わたしは知っていた。
でも今じゃない、せめてどこか別の場所で…。
横目で向かいのソファを見ると、制服の前を全開にさせられ胸を揉みしだかれてる警官が目についた。
その警官もまたこちらを気にしてる様子だった。
「だ、だめだ…他の人がいる所でなんて…」
「平気です、夢中だから、気になんて…」
そう言って座る距離を詰めて太ももを擦り合わせると、逃げられないように後頭部を教えて唇を重ねてくるビクター。
隣の雰囲気とビクターの勢いに押されて頭がグルグルする。
「ね、ダイエット、したいんですよね?」
「そうだけど…」
「ぼくが手伝ってあげます」
そう言って抱き着いてきた。
その腕の力は強くて。
「そんなに身構えなくて大丈夫、ぼくにまかせてください…」
ゆっくりと首元のリボンに手が伸ばされる。
私は緊張で動けずにいた。
それが後で大変なことになろうとはつゆ知らず…。