我慢せずそのままで。「ロイドさん、案外よく食べますね?」
「そうか?んー兄貴の影響かなぁ」
再独立から数ヶ月、偶々オフでキーアと共に苦手分野であるお菓子作りをしていたロイドは事務処理の応援から戻ってきたティオの指摘に首をかしげた。確かに時々こっそり夜食を作ったりはしているし、否定できる要素はないのだが。意外性として捉えられているのは少し心外だった。そういえば、と教団事件の少し後の事をロイドは思い出す。同じ様なことを言われたことがあるな、と。
「前にランディにも同じ事言われたっけ」
「ランディさんにですか?」
ティオが聞き返してくるのに、頷いてロイドは話し始めた。
教団事件からしばらくして。ランディが警備隊に一時復帰する話が上がった夜の事だった。ふと小腹が空いて夜食を作ろうとこっそり部屋を出た時だった。隣から同時に扉が開く音がする。ロイドはふとその方向を見ると、少し考え込んだような表情をしているランディがいた。
「どうしたんだ、ランディ。歓楽街にでも行くのか?」
「そういうロイドこそ、こんな時間に部屋から出てくるなんて珍しいじゃねぇか」
「ああ。少し夜食を、な」
それじゃあ、と一階へ降りようとするロイドを引き止めてランディはこう言う。
「なあ、俺の分も作ってくれねぇか?」
てっきり歓楽街に行くものだと思っていたロイドは彼の言葉に驚きつつも笑顔で了承したのだった。
「この時間だと消化にいいものの方がいいからな、卵スープにしてみた」
「へぇ、これまた旨そうだな」
最低限つけられた明かりとスープから立ち込める湯気に背徳感を覚えつつ席に着く。卵とニラの目に優しい色合いが深夜のささやかな食欲をそそる。
「そういえば、お前本当は案外食うだろ?」
「……えっ?」
「時々こうやって夜食作ってるみたいだしな」
塩味のきいたスープに、お見通しかとロイドは溜め息をついた。
「最初はな、本当に普通だったんだ。ただ兄貴が死んだ後にどうしても二人分の食事を作る癖が抜けなくて、全部一人で食べてたんだ。思いの外自分で食べられるんだってその時初めて知ったんだ。今思えば、現実が受け入れられなかったストレスだったんだと思う」
流石に異常だと、ロイド自身も幼いながらに思っていたのだという。ただそんな事を相談できる相手がいなかったのだ、ただでさえ周囲に迷惑を掛けていたと思う当時であれば尚更だ。それからずっと、多めに食べる癖が抜ける事はなく。流石に共和国の親戚に引き取られていた時は表に出さないように我慢する癖がついたが、ふと疲れていたりだとかストレスがあるとこうして夜食を作って少しでも食べようとしてしまうのだというのだ。
「あまり知られたくなかったからこっそり作ってたんだ。その、皆には」
「言わねぇよ。滅多に見せないお前の弱味なんて。そんな事したらさらに競争率上がっちまう」
ランディの言う事がロイドには理解できない。それでいいと彼は笑うがいまいち納得がいかなかった。そして彼は続けてこう言うのだ。
「今は単純に食べるのが好きなだけだろ?そうやって食ってるロイド、俺は好きだぜ?」
その言葉が胸に落ち、同時に鼓動が高鳴ったのをロイドは今でも忘れられない。
「それからかな、少しずつ我慢しないでいようって気付かれない程度に量を増やし始めたのは。今はそんな夜食作る機会もないし」
思った以上に盛大な惚気だった、とティオは思う。これでいてまだくっついていないどころか、この様子ではロイドには自覚すらないのだ。
「ティオ?」
「……いえ、ただロイドさんがたくさん食べる姿は私も好ましいです。やっと本当の意味でロイドさんも落ち着けるんですから」
きょとんとした後に、そうだなと返したロイドの声とオーブンのタイマーの音が重なる。キッチンから顔を出したキーアと共に三人の一足早いティータイムが始まったのだった。
【終】