「さて、話した通りだが……。私個人としてはこのまま入院を勧める」
「結果は変らないんですよね?」
「ああ。だが多少長らえる事は出来るが……どうする、ロイド・バニングス」
ウルスラ病院のとある診察室。体に不調を覚え一度診て貰おうとやって来たのだが、状況は余りにも深刻だった。彼女――セイランド教授が言うにはそう時間が残されていないらしい。レアケースの病状である事、地下で潜伏していた頃には既に発症していた可能性。そして一部臓器に傷が見られる事を考えると一年持てばいい方だと言う。その上で彼女は問う、どうするのかと。だが結果が提示されている以上、ロイドの答えは一つしか残されていない。最期まで《特務支援課》の一員としてクロスベルの為に足掻き、支える事。その為ならこの命は惜しくないとさえ言える。その事を伝えれば、セイランド教授は呆れたように溜め息をついた。彼女もロイドを知って数年になるが、意思の固さはそれなりに知っていたし聞かされていた。最初から分かり切っていた答えであったとはいえ、医者としてはやりきれないのだが。
「許可するが、薬は入院しない分増やす、もし倒れるような事があれば問答無用で入院。それが条件だ」
「こちらが我儘を言う以上は従います」
残された時間は、余りにも短い。その中でどうするか、ロイドは頭の中で思考を巡らせながらクロスベル市内に戻るバスへと乗った。
それから数日、全くロイドはいい案が思いつかなかった。大丈夫だろうと思いつつも残す支援課の業務体制や状況を資料としてまとめ、寂しくなるからと自分が作っていた料理のレシピを残し。他にこれと言ってやる事が思いつかなかった。勿論、最後まで出来るだけ《特務支援課》の一員でありたいと思っている。だがいざ余命宣告を前にして、自分の死は全く想像できなかった。
「悔いのないように、か」
悔いている事はない。ただ一つ言うのなら、ずっと悩んでいた事はある。――自分の好きな相手に告白するかどうか、だ。終わりが見えている今、告白して叶った所でその相手を置いて行ってしまう事は目に見えているのだ。だが、叶う可能性もないかとロイドは苦笑した。――相手は正真正銘の異性愛者の同性なのだから。
「ロイドさん、失礼しますね」
ドアのノックと共に誰かが部屋を訪ねてくる、慌てて処方された薬を隠すと入って来た彼女――ティオにはあからさまに睨まれる。
「ロイドさん、今何を隠したんですか?」
「いや、何も……」
「他の人よりも五感が優れている事、忘れていませんか?ランディさんから借りたグラビアでも引きませんから」
そうだ、きっと隠した音も扉越しに聞こえていたに違いない。そう思うと、ロイドも白旗を上げざるを得なくなった。彼女が思っている以上に、酷な物を隠していたのだが。
「それ程まで状況は深刻だって事ですか」
状況を包み隠さず話して処方された薬もティオに見せた。話を聞いたティオは端的な説明で大体察したらしく、もうロイドが長くない事も悟った。彼女には申し訳ない話ではあるが、覚悟も決めている。だがこれ以上、他の誰かを悲しませたいわけでもない。
「ああ。俺がいなくても大丈夫だとは思うけど、皆には一応黙っていてくれないか?」
「大丈夫なわけ、ないじゃないですか……!酷いです、ガイさんもロイドさんも!大切
だと思っても皆置いて行ってしまうんです!お礼も言えないままに……どうして……」
そういえば、彼女がクロスベルに来た経緯は兄――ガイ・バニングスだったなとロイドは思い出す。何も知らなかった彼女はガイが亡くなった事を知って生きる意味を問えなくなったのだと過去に言っていた。そして心から感謝している事もロイドは知っている。だから、だろうか。置いて行ってしまうのは少し心苦しい。
「ごめん、ティオ。俺……」
「いいえ、ロイドさんを責めても仕方ないのは、分かっていますから」
だから、という訳ではないがティオは黙っていてくれる事を約束してくれた。知ってしまい、尚且つロイドの意志を尊重する事を決めた以上自分は共犯なんだと言うのだ。そうさせてしまった事は申し訳なかったが、それでも自分のなすべき事は最期まで果たしたいとロイドは思う。
「ロイドさん、いいんですか?告白しなくて」
「……ああ。置いていく人間に想われるなんて重すぎるだろう?」
煮え切らない様子に、ティオも我慢ならないのか黙っている代わりにちゃんと告白しろと言われてしまっては頭が上がらない。だが、玉砕覚悟であるなら。その人にフラれる前提であるのなら話は変ってくる。それなら告白しても重荷にならないかと覚悟を決める。――これが思わぬ方向に転がるなど、思いもしないまま。