食が繋ぐ君とのこれから ロイドは時々ではあるが、夜食を作る。元々精神的なものからくる軽度の暴食の発散であったが、それを受け入れて以来はあまり作らなくなった。ただ時々口寂しい時はあるようで、ふとした時に起きてはスープやあまり胃に負荷がかからない様なものを作る事がある。今夜は、たまたまその日だった。そしてその時は抱えていた秘密を最初に知った男が必ずと言っていい程一緒にいる。ロイドが心に抱えていたものを真っ先に気付き、受け入れたのは他でもないランディであった。彼は境遇のせいか人それぞれ何かしらの事情があると思っての事だったが、その姿が余りにも痛々しい事から目を離せなくなってしまっていた。――それはやがて、恋へと変わり。ロイドがふらりと夜中に部屋を出て夜食を作っては暗い表情をする姿を見て、そんな顔をする位ならばやめればいいのにと何度も思った。だが食べている姿はどうにも好きで、目が離せなかった。転機が訪れたある日、ランディは思わず口にしてしまったのだ。そうやって食ってるロイド、俺は好きだぜ――と。勿論、うっかり口走ってしまったとは思った。だが相手は鈍感を通り越して朴念仁と名高く、人の好意にはとことん疎い。故にその言葉が告白として捉えられる事はなかった。相手が相手であるし、仕方ないとは思いつつも諦めていたが冷えるある日にどういう訳か一杯のホットワインで結ばれる事になってしまった。以来夜食には殆どお呼ばれされるし、気分じゃなく一緒に食べられない時でもロイドの食べる姿が好きなランディにとっては幸せ以外の何物でもなかった。
「しっかし、よく食うなぁ」
「多分、今までが異常だったんだと思う。こんな俺は嫌かな?」
「まさか。お前が食わない方が心配になるっての」
ため息混じりに返しながら今日のメニューは何だ、と問えばミネストローネだと言われる。トマトの缶詰が微妙に余っていたのだとか。冬の盛りだ、まだ冷える。食べながらゆっくりと体を温めようとするのだがロイドはポツリと食べたら二人で出掛けないか、と言い出すのだ。少し眠れなさそうなんだと言う彼の誘いが、嬉しくない訳がなく。首を縦に振ったランディはこの後どうしようかと考えながら翌日に業務がある事を頭の片隅に追いやって考えるのだった。
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夜食を食べ、後片付けを終わらせた二人は夜のクロスベルへと繰り出す。こういう事は初めてではないのにこの時間を支援課の共有スペース兼ダイニングで過ごす事が多い事もあり中々落ち着かなかった。ロイド自身、未だ緊張する事が多い。初めてのお付き合いであるし、自分だけが舞い上がっているのではないかと不安になる時もある。――そういう場合は、ランディに嫌という程“分からせ”られてしまうのだが。だがそれでも確実に存在している恋愛経験値の差は彼の中では心に影を落とすには十分なものだ。どうしたら不安でなくなるだろうとか、きちんと釣り合うような人間だろうかだとか。そんな事を考えてはキリがないとため息をついては自己嫌悪に陥る。
「ロイド?」
「なあ、ランディ。俺が、もし……」
もし、ずっと隣を歩きたいと言ったらどうする。そう問えば、一瞬キョトンとしたものの暫くした後に困ったように笑っていた。そんなに困らせてしまうような事を言ったのだろうか、ロイドにとってはこの上なく真剣な悩みであるが故に出てくる疑問だったがそれを分かった上でとっくに出ていた答えだとでもいうようにランディは口を開く。
「もうとっくに歩いてるだろ?そのままでいい、ずっと俺の隣を歩いてくれ」
繋いだ手が、更に強く握られる。ランディも不安に思わない訳ではない。数多の人間を無自覚に惹き込み、懐に入れてしまうような男を果たして繋ぎ止めていられるのだろうか――と。分かっている、彼が裏切ったりしない事位。だがそれ以上に自信がないのだ。自分の過去を鑑みても釣り合わないのは明白だ、相棒と呼ぶのだって諸々考えれば烏滸がましい。それでも離さないと決めたのだ、この手が届く限り必ず隣を歩いて守って見せるのだと。
「嫌か?」
「まさか。嬉しいに決まってるだろう?」
手の温もりが、優しくロイドに伝わる。それがただただ、嬉しくて仕方なかった。――隣にいていいのだと、手からも伝えられているようで。
「ったく、いつまで経っても俺はロイドに敵いそうにねぇな」
彼の表情があからさまに嬉しそうで、ランディもそれに弱い事は自覚している。これからも隣を歩いて、笑って泣いて。そうして生きていくのが二人の在り方なのだ。
◆◇◆◇◆◇
「ロイド、大丈夫か?起きれそうか?」
「ん……、何とか」
あの後歓楽街のホテルへと入って、そのまま二人は熱を求めるように体を重ねた。この関係が始まってまだ日は浅いが、それでもほんの数回しかまだない二人きりでの朝がロイドにとっては何よりの至福だった。普段は何かと忙しい日々を送っているし、二人で過ごせる時と言ったら夜食の時以外にはこの時間しかない。夜食に関して言えばランディを巻き込んでしまったと彼は思っているし、気にしないと言われていもやはり負い目はある。だからとは言わないが、この時間は気兼ねなく二人の時間を過ごせる唯一の時間とも思っていた。
「ランディ、俺さ。凄く幸せだ」
「ったくよぉ、本当に幸せな表情で言いやがる」
今日は通常業務だ、朝食の準備に間に合うよう帰らねばと少し名残惜しそうにロイドはまだ違和感の残る体を起こす。全く動けないという訳ではない事に安堵しながら身支度を整える。
「さ、戻ろうか」
「ああ。ま、今日も頑張るとしますか」
朝で疎らな人通りを、二人は歩いて支援課ビルへと戻る。朝帰りをした事に生温い目線を向けられながら、今日という日を過ごすのだった。
【終】