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    脊椎(ログ垢)

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    脊椎(ログ垢)

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    マスターズエイトシリーズ第3話の進捗
    更新分はここに投げます、完成したら支部

    オフ会は胃薬と共に ゴウ:ご報告があります。この度、挑戦していた研究プロジェクトに、チェイサーとして合格しました! やったぁ!
     サトシ:toゴウ 電話でも言ったけど、ゴウ、本当におめでとう!
     ショータ:toゴウ おめでとうございます! チェイサーとしてのこれからの活躍、陰ながら応援しています!
     プラターヌ:toゴウ マーベラス! こちらにもその情報は届いていたよ! 調査、是非頑張ってきておくれ!
     ゴウ:toサトシ toショータ 二人ともサンキュー! めっちゃ頑張る!
     ゴウ:toプラターヌ ありがとうございます! 精一杯頑張ります!
     シゲル:toゴウ 同じチェイサーの一員としてよろしく頼むよ。ところであの件、忘れていないだろうね?
     ゴウ:toシゲル 忘れてないっつーの! マジで大事になってきた……、あぁ、胃が痛い……。

     ゴウ:話は変わりますが、英気を養うようにというトップチェイサーの方からのご厚意で、少しの間休暇をもらいました。これを用いまして、同じプロジェクトのメンバー兼同担のシゲルと共催で、突然ではありますが、明後日に相互のサトシ推し同担の方々とのオフ会を開くことになりました。
     相互の方々で、これに参加したいという方がおりましたら、俺のDMに推しへの愛を百文字以上綴ったものをお送りして頂ければと思います。その内容をシゲルと見て、危険性がないと判断した人にのみ会場をお伝えしようと考えております。
     シゲル:toゴウ これは、主催である僕らがまだ幼い身であること、そして推しもまた同い年であることを考慮しての対応です。見るからにアウトな文章を送ってきた方は、協力者である国際警察のハンサムさんへ即刻通報致しますので、この旨を把握してから参加希望を出して頂けると幸いです。

     ゴウ:応募期間は明日の午後九時まで。条件を把握の上、応募いただければ幸いです。

    「なぁ、シゲル」
    「なんだい、ゴウ?」
     ガラル地方、カンムリ雪原。定めの遺跡で行われたラストミッションを終えたシゲルとゴウは、宿泊している民宿の部屋で揃ってスマホロトムの画面と睨めっこしていた。
    「こんな規模と条件で行うオフ会って、本当にオフ会と言えるのか? ってか、もう何人かから参加表明送られてきてんだけど……早すぎないか?」
    「腹括りなよ。君があの懇親会と二次会に参加した時点で、こうなることは予見できていたんだ。それに、あの告知文を読んでなお参加表明をする人たちなんか、正真正銘のトップオタだよ。百文字なんて造作もないはずさ。ほらほら、選考を開始するよ」
     ベッドの上に並んで寝転がりながら、DMに送られてきた文章たちに目を通す。提出者の名前などもはや見るだけ無駄である。どうせ有名人とか有名人とか有名人なのだから。
    「えっとー、まずシロナさん……、なになに、『サトシくんの魅力は挙げ出したらキリがないのだけれど、私個人としては、彼のポケモンに対する無限の愛情を一番の推しポイントとしてもいいかしら? 彼の手持ちに、人に捨てられた経験を持つ子が多いというのはご存知? そのようなポケモンたちは往々にして人に対する警戒心が強いのだけれど、サトシくんはそんなポケモンたちの心を解きほぐし、眠っていた才能を全て引き出してしまうの。これは本当に偉業なの。凄腕のトレーナーでも、捨てられたポケモンたちの心を癒すなんてことはとても難しいのに。きっとこれは、彼の澄んだ心根と無償の愛情の結晶だと思うわ。そんな彼だからこそ、孤独に生きる伝説のポケモンたちも心を開くのでしょう。オフ会の場で、このことを深く語らせてくれると嬉しいわ』だそうです」
    「流石シンオウの女帝。早速三百字超えてきたな」
    「シロナさんはサトシが信頼をおいている人だし、懇親会でもダンデさんをあしらうことができてたほどだから、合格でもいいと思うんだけど」
    「そうだね。シロナさんであれば、参加者がいくら強烈な人でも丸め込めてしまう。僕としても色々話してみたいからね。会場をお伝えしようか」
    「オッケー、メモっとく。さて、次は……ワタルさん?」
    「わーお、チャンピオン二連続」
    「こっちはそこまで長い文章ではないんだけど……、サトシの事件対応能力への賞賛と、Gメンにスカウトしたいという旨が記されております……」
     ゴウの言葉に、シゲルは即決で「合格!」と叫んだ。
    「正直に言って、ストッパーが欲しいんだ。まだまともな常識人が欲しい。ワタルさんは防波堤だ。警察側の人間だしね」
    「オッケー。そも、会場の件でワタルさんに許可取ってるしな……」
     いつぞやのカロスでの二次会の際に、ゴウがオフ会の話題を出したことがあるのだが、ワタルが「会場ならセキエイリーグ協会の会議室を提供する」とリプライで提案してくれたことがあり、今回はそれに甘えさせてもらう形となった。もちろん、オフ会開催宣言の前に、DMで改めてワタルに依頼も出している。これに快く提供を約束してくれた彼には頭が上がらない。参加希望の文書まで送られてきたとなれば、断る理由などどこにもなかった。
    「同じ理由で、もしキバナさんから参加希望が届いたら合格にしておいてくれ。彼は対ダンデさん最終兵器だ」
    「了解、あっ、ちょうどキバナさんから来てたわ。ぜひ来てください、っと……」
    「ダンデさんが参加できるかは怪しいけどね。あの人、基本多忙と聞くし。仮に参加表明したとしても、セキエイリーグまで辿り着けるかがまず謎だ」
     シゲルの言葉に、ゴウは深く頷く。マスタークラス入れ替え戦のあの奇行は、未だSNSでは珍事として語られている。一体誰がジムの植え込みからチャンピオンの足が生えていると予測できるのか。そして、ガラル地方から出ていないにもかかわらず、迷いに迷って懇親会のための集合に七時間の遅刻。懇親会の開催前日に集合となっていたのは、運営側がダンデの遅刻を危険視したからなのではなかろうか、とゴウの思考があらぬ方向に向かったあたりで、シゲルが次の文を見るよ、と促した。
    「あっ、リラさんから参加希望が来てる! この人、バトルメインな気はするけど、いまいち掴み切れてないんだよな。たまーにサトシのバトル関連でリプを飛ばしあったりはするけど」
    「リラ、リラねぇ……。僕が知ってるリラさんであれば、間違いなく四天王クラスの強者だろうね」
    「エッ」
     シゲルからもたらされた情報に、ゴウの胃がきりりと痛み出す。ようやくこのアカウントを普段通りに動かせるようになってきたのに、ここにきてまた相互の正体を知ってしまった。
    「四天王クラス、って……PWCSには出ていないのか?」
    「出たとしたら、リラさんが名を連ねているバトル施設のメンバー全員、ハイパークラスの上位で大暴れするはずだ。特に施設の最強格は、マスタークラスにいてもおかしくないだろうね。なにせ、考古学者にして伝説ポケモン使いの冒険家さ」
    「なにその施設……こわっ……。でも、随分と詳しいんだな」
    「そりゃあ、その施設……バトルフロンティアは、かつてサトシが挑戦していた施設だからね。エニシダさんという富豪が作った実力至上主義の魔の巣窟。さっき言った伝説使いのジンダイさんとは、シンオウにいた時に何度か話したことがあるけれど、その実力に相応しい人格者であると実感したよ」
     リラさんからの文章を見せてもらえるかい? というシゲルに一つ頷いて、ゴウはスマホの画面を彼に向ける。それに素早く目を通したシゲルは「合格」と告げた。
    「おそらく、リラさんはバトルフロンティアの名代としての参加だろうね。エニシダさんが参加せずフロンティアブレーンが直々に送り込まれてくるあたり、これはガチだな」
    「なんかシゲルが頼もしすぎて、逆に困る……。ってか、オフ会開催することに乗り気なの本当に驚いたんだけど。こう、僕の幼馴染を変に語るなとか言いそうで」
    「なんだい、そのイメージ……。これでも僕は、サトシのバトルはほぼ追っているんだよ。それに、大事な幼馴染を応援してくれる人が多いのは純粋に嬉しいのさ。有名人ばかりたらし込むのはどうかと思うけど」
     各地方のチャンピオンとか、ジムリーダーとか、ポケモンレンジャーとか、某財団のご兄妹とかね! と半ばヤケクソ気味に叫ぶシゲルに、なかなか苦労してるんだなぁとゴウはぬるい笑みを浮かべてしまった。
    「でも思ったより人数は集まらなさそうだな」
    「ヒント、君の相互」
    「ごめん、めっちゃ納得したわ」
     生来の人見知りが発動して、ただでさえ少なかった相互の大半が、有名人の非公開アカウントであったなどと誰が想像できただろうか。そして、二次会でのプラターヌの投稿をきっかけとし、有名人たちはその非公開のベールを脱ぎ捨てて、堂々と本来のアカウントでゴウのアカウントをフォローしてきた。細々とした繋がりを心地よく思っていた幼気な少年にこの仕打ち。ネット社会というのは、往々にして容赦がない。
     そんな経緯を経て、ゴウのアカウントはサトシ推し有名人たちの御用達であることがSNS上に周知されてしまったのである。そのせいか、数少ない一般人の相互フォロワーからは一切話しかけられなくなってしまった。今でもSNSで話しかけてくれる一般人枠は、ショータとシゲルくらいなものなのだが、世界ランク二十六位のトレーナーと、プロジェクト・ミュウのチェイサーが本当に一般人なのかについては少々疑問が残る。
     とはいえ、ゴウもプロジェクト・ミュウのチェイサーとなり、一般人枠から逸脱しかけているのだが、悲しきかな、彼の相互にそれを突っ込んでくれる心優しきネット民はいなかった。
    「いっそ清々しいくらいに有名人からしかDMが来ないねぇ……。あっ、タケシ見つけた。これは何も見ずに合格だ」
    「あー……、シンオウでヒードランを助けたあと、アカウント交換したんだっけ……。いつもポケモンフーズの配合の相談に乗ってくれてて、めっちゃお世話になってる」
    「そりゃあ、ブリーダーからのドクターだからねぇ……。彼の投稿は有益極まりないから、僕もよく参考にさせてもらっている」
    「ってか、シゲルもタケシと知り合い?」
    「もちろん。SNSでもよく話しているよ。サトシがマスタークラス入りしたときなんて、僕らとあと一人を交えて一杯傾けたくらいには親しいつもりさ」
     傾けたのは、お酒ではなくジュースだけどね。
     くいっ、と手を傾ける仕草が妙に絵になっていることに呆れを抱きながら、ゴウは後回しにし続けたとあるアカウントからのメッセージを開いた。
     そのアカウントの持ち主の名はダンデという。
     ガラルチャンピオンにして世界王者。バトルに愛された天才。なお、サトシは彼にもしっかりと気に入られている。
     何かと話題に事欠かない彼から送られてきた文章は、こういってはなんだが至極まともなものであった。マスタークラスの入れ替わり戦でのバトルの評価から始まり、ポケモンのために危険を顧みない姿勢に驚いた、と書かれたそれに、ゴウは問題はなさそうなんだけどなぁ、と小さく唸る。
    「どうしたんだい? 随分と悩んでいるようだけど」
    「ダンデさんから送られてきた文章がまともすぎて、逆に怖いっていうか……」
    「あー……、彼かぁ……。キバナさんにシロナさん、ワタルさんがいるから、多少は抑えられる、か……?」
     でも本当に参加希望が来るとは思ってなかったよ、とシゲルは苦笑いを浮かべた。
    「ところで、懇親会の時のダンデさんってどんな感じだったんだい?」
    「え、っと……。まず七時間遅刻して、シロナさんをキレさせた」
    「んん?」
    「で、そこにダイゴさんとワタルさんが乗っかって、盛大に酒盛りしたらしくって。完膚なきまで潰された」
    「待って? チャンピオンたち何してるの?」
    「そこから、アランから聞いた話にはなるけど、サトシに野良でのリザードン対決がしたいと持ちかけたけど、ダンデさんと戦うのは公式戦で、ってフラれたんだって」
    「失礼を承知で言ってもいいかい? すっごい面白いね」
    「実はあと一人くらいストッパー欲しいんだよなぁ……。こう、ダンデさんと親しくて、それでいてこのオフ会の中ではニュートラルな立ち位置にいてくれそうな人……」
     ううん、と唸るゴウを見て、シゲルはいそいそと彼のスマホロトムを拝借し、ついついと滑らかに操作していく。覗いているのは彼の相互フォロワー欄だ。
    「何この有名人の数……」
    「常に胃痛がするせいで、そろそろ感覚が鈍ってきた気がする……」
    「それ、そろそろ胃が爆散の向こう側にいっていないかい? 病院行った方がいいよ。……ふーむ、この人はどうだろうか?」
     シゲルが表示させたアカウントはソニアのものだった。ガラル地方の新人博士にしてダンデの幼馴染。彼女もまたオフ会を開催するなら呼んでくれると嬉しい、といつぞやの投稿にリプを飛ばしてくれていたはずだ。
    「ソニアさん! そうだよ、ソニアさんがいた! ダンデさんの扱いにも慣れてるし!」
    「なるほど。それじゃあお招きという形でDMを送ろうか」
     シゲルが手早くソニア宛のDMを送信すれば、すぐに承諾の返信が届いた。これで対ダンデの防波堤は完成だ。おそらく、道案内もソニアかキバナが請け負ってくれることだろう。
    「まだまだ爆弾が来そうな気もするっしょ……」
    「爆弾って……。いや、誰から?」
    「いや、まだ音沙汰ないガチオタの本気が怖くて……」
    「あー……。確かに、オタクの武器は様々だからね。お金に糸目をつけない人、速さに全てを懸ける人、質量と物量に物言わせる人、実に多種多様だ」
     シゲルから己のスマホロトムを返却してもらったゴウは、幾許か盛んになったTLを眺めて、曖昧な声を漏らす。
     その中ではチャンピオンをはじめとした有名人たちが互いにリプを飛ばしあっていた。

     シロナ:オフ会参加決定したわ! 当日はお手柔らかにお願いね。
     カルネ:toシロナ ズルいわ。私も仕事が立て込んでいなければ参加したかったのに!
     シロナ:toカルネ カルネは二次会で思う存分楽しんでいたでしょう! 今回は譲ってちょうだい!

     カルネ:オフ会の写真や、会話の様子を配信とかしてくれないかしら? 音声だけでもアーカイブで残して頂けると非常に助かるのだけれど……。

     ワタル:現地でゴウくんたちに相談してみるか?
     カルネ:toワタル 是非ともお願いしますわ。ワタルさんも参加なされるのは意外ですけれど……。
     ワタル:toカルネ オフ会の場所提供は自分でね。当日もしっかり参戦するつもりだ。

     ダンデ:ソニアから「オフ会のための移動日は、迎えにいくまで絶対にシュートスタジアムの前から移動しないでね!」と連絡が来た。俺の方向感覚には本当に信用がないらしい。
     キバナ:toダンデ そりゃ、七時間遅刻は……、シロナさんキレるだろ。
     ダンデ:toキバナ その節は……その、肝臓の限界を感じたくらいには絞られたから、思い出させないでほしいんだが……。

     キバナ:今のダンデからのリプで、俺の中のシロナさんの恐怖度がどんどん上がっていくんですが……。ダンデを酒で潰すとか、どんな肝臓してるんですか……。アイツ、普通に強めのウィスキー一瓶は余裕のはず……。
     シロナ:toキバナ そのときの話なら、ダンデくんにオススメのお酒を何本か飲ませたのよ。確か……ホウエンの地酒の一升瓶を三本、ワインを一本かしら? 全員で空けたわね。
     ダイゴ:toキバナ 最後まで平然と飲み続け、二日酔いもなしに懇親会に出席したシロナさんを見て、これはザルを通り越してワクだと思ったね。ちなみに僕はワインに差し掛かったあたりで落ちました。

     キバナ:リプ欄ホラーでしかねぇんだが⁉︎ なんだよ、四人とはいえ地酒一升瓶三本とワインって。チャンピオンたちの肝機能マジで不安になってきた。

     ワタル:良い子は真似しないように。俺は地酒二本目でリタイアした。
     キバナ:toワタル ワタルさんも……大概ですよ……。

     アラン:大人って……? お酒って……?
     プラターヌ:toアラン 僕が言えたことではないけれど、お酒は適量を!

     アラン:オフ会には参加したいので、たった今書き上がったものを送るつもりです。シトロンとの合作なので、かなり長くなってしまったが……。
     シトロン:toアラン でも、その分良いものが書き上がりましたよ!
     アラン:toシトロン あぁ。協力してくれてありがとう。当日もよろしく頼む。

     ゴウ:待って待って待って、アランとシトロンは何を書いたの⁉︎
     シトロン:toゴウ 共著の論文です! 今からアランのアカウントで送信しますね!

     シゲル:僕らはこれから何を読むことになるんだ……?
     アラン:toシゲル 初めまして。プラターヌ研究所所属のアランだ。ひとまずゴウのアカウントにPDFファイルのリンクを送ったから、それを自己紹介の代わりとさせてくれ。
     シゲル:toアラン これはどうもご丁寧に……。ゴウの同僚兼サトシの幼馴染のシゲルです。あの……失礼を承知でお聞きしますが本職は研究なんですよね? メガストーン発掘で有名な……。そんな人がなんでマスタークラスに……?
     アラン:toシゲル 二つほど叶えたい目的があってね。暇を見つけてランキングを上げていたんだ。送信した論文が君たちのお眼鏡に適ったのなら、当日はよろしく頼む。
     シゲル:toアラン あっ、フォローまで頂いて……、フォロバしました。力作、しっかり読ませていただきます。

     ゴウ:あっ、ちょうど送られてきた……。これは気合入れて読まないと!

     きりのいいところでTLを追うのをやめ、ゴウはDMに届いたPDFファイルのリンクを開く。『トレーナー視点で見るサトシのスタンスについての論考』と銘打たれたそれを見て、彼は「ガチのやつじゃん!」と叫んだ。同じく画面を覗き込んでいたシゲルも口元を引き攣らせている。
    「シトロンって発明家でもあるもんな……そりゃこういうのも書けるよな……」
    「カロスは情熱的だねぇ……」
     ゴウからリンクを共有してもらい、シゲルはシトロンとアランが書き上げた論文に目を通す。オフ会開催宣言から短時間で書き上げたとは思えないほどのクオリティの高さに、思わず唸り声が漏れた。シトロンが担当したのがサトシのカロスでのジム戦とPWCSのドラセナ戦、アランが担当したのがカロスリーグ準決勝とマスタークラス入れ替え戦のようで、いずれも多角的な分析と詳細な評価が記されていた。
    「これはすごいな。バトル巧者の視点だと、サトシのバトルはこういうふうに見えるのか」
    「この局面において、どうしてサトシはこの技を選んだのかについての考察とか、俺絶対できない」
    「僕も、それを完全に的中させる自信はないね。僕個人としては、マーシュさんとのバトルが一番興味深いね。【シザークロス】で【トリックルーム】を破るなんて、普通のトレーナーはまず思いつかない」
    「俺はやっぱり、カロスリーグ準決勝のギルガルド対ピカチュウかな。ギルガルドのフォルムチェンジを木片で妨害するとか、こんなんやれるのサトシとピカチュウだけっしょ」
     サトシのムチャクチャは何も今に始まったものではない、ということを実感しながら、ゴウはシトロンとアランのアカウントにオフ会招待の旨と会場の場所を手早く送信した。
    「さて、そろそろ夜も遅いし、これ以降のメッセージは明日返信しようか。どのみち、カントーに帰ることは変わらないんだし」
    「いや、カントーに帰ってその翌日にオフ会だぞ……。日程キッツキツっしょ……」
    「しかたないよ。マスターズトーナメントまでもう二週間を切ってるし。日程を考えると、この日くらいしか都合がつけられなかったんだ」
    「懇親会からまだ一週間くらいしか経ってないのになぁ……。うん、濃すぎる日々だった。カンムリ雪原に謎のポケモンを調査しに行ったと思ったら、お父さんを探してるリーリエの家族と出会って、そこからアローラに弾丸渡航、そしてその二日後にまたカンムリ雪原」
    「寒暖差で風邪とかひいていないかい?」
     シゲルの案ずるような言葉に、ゴウは「大丈夫」とだけ返す。リサーチフェローとしての活動の中で、インドア派であったゴウの身体もかなり丈夫になってきたからだ。流石にサトシほどではないにせよ、身体能力もかなり向上している。
    「体調管理も、チェイサーの仕事の一環っしょ」
    「言うようになったじゃないか」
    「ふふーん。でも今日は流石に眠いし、もう寝たいかな……」
    「そうだね。それじゃあ明日の朝イチの便でカントーに戻るということで。席、隣でいいかい?」
    「もちろん。飛行機の中でもネット使えるし、返信作業しちゃおうぜ」
    「いいね。そうしようか」
     手早く飛行機の予約を済ませたシゲルに一つ礼を述べてから、ゴウはいそいそとベッドに横たわり毛布にくるまっていく。そして十秒もせずに寝息を立て始めた彼を見て、シゲルもまたあくびを一つ漏らしてベッドに潜り込んだ。

     ◇

     翌日。早朝のカントー行きの便に乗り込んだ二人はクチバシティの空港で一旦別れた。しかし、この十二時間後にはセキエイ高原へと向かわなければならない。ハードスケジュールも極まれりである。
     なお、オフ会の最終的な参加者はゴウとシゲルを含め十六名となった。あまりに突然の告知であったこと、参加表明をした人々のうち大半が著名人であったことが大きな要因であろう。しかもチャンピオンが三人ほど参加している現実は揺らがない、と遠い目を浮かべながら、ゴウはサクラギ研究所のドアを軽く叩いた。
    「ただいまー……って、うわぁ⁉︎」
     ドアを開けたゴウを出迎えたのは、ぱぁん! という大きな破裂音だった。そこから飛び出してきた色とりどりの細いテープと、漂ってきた軽い火薬の匂いで、クラッカーが鳴らされたことに気づく。
    「ゴウ、プロジェクト・ミュウのチェイサー合格おめでとう!」
    「ピッピカチュウ!」
    「サトシぃ!」
    「ゴウ、本当におめでとう。夢への大きな一歩だね」
    「サクラギ博士も!」
    「ゴウ、おめでとう。お祝いの料理、用意できてるよ」
    「いぶぶい!」
    「コハルぅ!」
     出迎えてくれたのは、サトシ、サクラギ博士、そしてコハルだった。
    「みんな〜、ありがとう〜! 安心したらお腹空いてきた……」
    「ほらほら、早く食べようぜ!」
    「わっ、ちょっ、サトシ、力強すぎるってば〜!」
     サトシはぐいぐいとゴウの腕を引っ張って、食卓へと彼を連れていく。それに続くようにコハルとサクラギ博士も食卓へと入り、先に待機していたキクナとレンジと共に席に着いた。
    「うわぁ! え、これ、全部食べてもいいんですか⁉︎」
     大きなテーブルに並べられていたのは、ほぼ全てがゴウの好物だった。しかも出来立てなのか、ほかほかとした湯気も立ち上っており、それもゴウの空きっ腹を刺激してきた。
    「もちろん。さ、座って座って」
     サクラギが引いてくれた椅子にゴウが腰掛ければ、他のメンバーもいそいそと着席する。そこからすかさずキクナがオレンジジュースの入れられたカップを全員の手元に配れば、準備は完了だ。
    「それでは、ゴウのプロジェクト・ミュウのチェイサー合格を祝しまして、乾杯! もちろん無礼講だ!」
     サクラギの音頭と共に、全員がかんぱーい! と声を重ね、パーティーが始まった。

     豪勢に並べられた料理も半分が参加者の胃に消えていったころ。もぐもぐとポテトフライをつまんでいるゴウに言葉を投げたのはコハルだった。 
    「ところでゴウ、SNSがなんか大騒ぎになってるんだけど……。WEBニュースに『有名人だらけのオフ会』って」
     コハルの言葉に、ゴウは「ふぐっ」と息を詰まらせながらも、気にしないで大丈夫っしょ、とだけ告げた。
     そんな怪しげな彼の反応に、コハルはむ、と首を傾げる。もしや、この騒動とゴウには何かしらの関わりがあるのだろうか? まず息を詰まらせているところからして怪しいのだ。本当に何も知らないのであれば、ゴウは「なにそれ?」という反応を返すはずだ。
    「あ、サクラギ博士! 俺、明日少し遠出してきてもいいですか?」
    「え、それは構わないけれど……、休まなくてもいいのかい?」
    「一緒にチェイサーに受かったシゲルって奴と、ちょっとした情報交換会でもしよう、って話になって。夕方には帰ってきます!」
    「それなら構わないよ。身体が資本なんだからね。気をつけていってらっしゃい」
     情報交換という単語に、キクナとレンジは感心したように頷いているよそで、サトシだけは「シゲルに会うのかー」と呟いた。
    「仲良くなったようで良かったよ!」
    「へぇ、ゴウってば結構人見知りなのに……。ね、そうだ。サトシはこのこと知ってる? SNSですごい話題なんだけど」
     コハルのスマホロトムに表示されたニュースをふむふむと読んだサトシは、「知らない」とだけ答えた。
    「でも、集まっているメンバーはすごい豪華だな。あ、リラがいる。懐かしいな〜、元気かな」
    「な、なぁ、サトシ。リラってどんな人なんだ?」
     リラという名前に勢いよく食いついたゴウに、サトシはほんの少しだけ面食らいながらもしっかりと返答した。
    「リラは、このカントー地方にあるバトル施設――バトルフロンティアのフロンティアブレーンなんだ。四天王と同じくらいバトルが強くて……。あ、あと、ポケモンの言葉が分かるやつなんだ。特にバトル中は、ポケモンとすごく深く繋がれるみたいで……。指示を言葉にしなくてもできるから、あの時は苦戦したなぁ〜!」
    「ポ、ポケモンと繋がり合う……すご……」
     ――それはサトシも自然とやってるとこあるけど、黙ってた方がいいかな……。
     感嘆の息を漏らすゴウとは対照的に、コハルはそっとサトシへと目線を向ける。ピカチュウとの自然なコミュニケーションしかり、ゲンガーとの悪戯を通したスキンシップだったり、ルカリオとの波導を介した会話だったり。キクナとレンジ、そしてサクラギもまた同じことを考えていたようで、サトシへとこれまた呆れているのか感心しているのか分からない表情を向けていた。
    「なぁなぁ、サトシ! バトルフロンティアには、他にはどんな人がいるんだ?」
    「僕も気になるね。なにせ完全招待制の強豪トレーナー向けバトル施設。カントー地方にあるというのに、なかなか知る機会がないんだ」
     ゴウの問いとサクラギの言葉に、キクナとレンジもうんうんと頷く。その様子を見たコハルは、上手く話題が逸れてくれたと内心でホッと息をついた。
    「もっちろん! まずは、話に出たリラから! バトルタワーのブレーン、タワータイクーンのリラ。得意なタイプは多分エスパータイプかな。メタグロスとエーフィを手持ちに入れていたので。ポケモンと通じ合う力が発動すれば、ブレーン最強と言われるジンダイさんと引き分けるくらいのコンビネーションを見せるそうです」
    「ジンダイさんって?」
    「バトルピラミッドのブレーンで、フロンティア最強のトレーナー。ピラミッドキングのジンダイさん! なんてったって、レジロック、レジスチル、レジアイスの三体を仲間にした、すっごいトレーナーなんだぜ! 俺も三回目の挑戦でようやく勝てたんだ!」
    「伝説のポケモンを仲間に……」
     その単語に、サクラギをはじめとした研究者陣だけでなく、コハルも瞳を輝かせた。ゴウは言わずもがな、サトシに早く早くと話の続きを急かしてくる。
    「ジンダイさんは考古学者でもあって、バトルピラミッドで移動しながらいろんな遺跡を回ってるんだ。その調査の途中で三体を仲間にしたって聞いたよ」
    「プロジェクト・ミュウにも関係ありそうな人じゃん! え、あとでシゲルに聞いてみようかな」
    「いいと思うぜ。ジンダイさんもPWCSに挑戦してたらなー、って思ってたんだけどさ。今何してるんだろうなぁ。また挑みに行きたいんだ。まだキッサキにいるなら会いに行けるかな」
    「他のブレーンで特に印象深い人はいるかい?」
    「もうみんな強かったですよ! ゲットはしてないけど友達のフリーザーと一緒にバトルしてくれたダツラさん、ダブルバトルのエキスパートで格闘家でもあるコゴミさん、攻撃一本槍でとにかく強烈なバトルを仕掛けてくるアザミさん、自然をいっぱい活かしたバトルを得意とするウコンさん、パフォーマーで『炎と水のフュージョン』の生みの親であるヒースさん……。みんなすごく強くて、バトルフロンティアへの挑戦は、俺にとってもすごくいい経験になりました」
     懐かしそうに詳細を語ってくれたサトシに、コハルはふと思ったことを問いかけることにした。
    「……こんなに詳しいってことは、もしかしてサトシってバトルフロンティアを制覇してるの?」
    「おう。最近エニシダさんからの電話が毎日一件は入ってきててさー……。PWCS見てるよー、って。ブレーンになることは断るって伝えてるんだけど、内定は取り消さないからね、って」
     そんなサトシの言葉にレンジもまた「それは……なかなかに熱烈だね」と慰めだかとりなしだか曖昧な声を漏らした。
     多少げんなりとした表情を浮かべているあたり、エニシダからサトシへのラブコール――もといスカウトの回数は相当なもののようだ。しかも純粋な厚意からのものであるため、サトシにとっては余計に断りづらいのだろう。
    「将来のことを考えると、フロンティアブレーンというのは中々魅力的な職業だと思うけどね。ジンダイさんという方も考古学者を兼任しているんだろう? 自由度も高そうだ」
    「サクラギ博士まで〜……! 俺がなりたいのはポケモンマスターであって! そりゃブレーンのみんなといつでもいっぱい戦えるって言われたら、すげー楽しそうだなって思いますけども!」
     サトシがぐぬぬ、と小さく悩みながら唸るのを見て、ゴウが気まずそうにオレンジジュースの入ったコップをそっと彼の方に差し出したあたりで、スマホロトムを口に咥えたピカチュウが食卓へと飛び込んできた。勢い余ってサトシの膝の上に飛び込んでしまったのはご愛嬌であるが、そもそもここは無礼講の場。気にするものは誰一人としていなかった。
    「ピカピー、ピッカ!」
    「え、電話? まさかエニシダさん?」
    「ピィカッチュ」
    「あれ、しかもビデオ通話だ……」
     サトシの恐る恐ると言った問いにピカチュウは首を横に振ってから、どうやら映像通話がつながったままらしいスマホロトムを彼に差し出した。
    「えっと、もしもし……」
    『お久しぶりですね、サトシ。わたくしのことを覚えておいででしょうか?』
    「あ、アイリーン様⁉︎ お、お久しぶりです!」
     サトシの口から飛び出してきた名前に、サクラギとキクナ、レンジの肩が跳ね上がり、そんな大人たちの様子にゴウとコハルが首を傾げた。
    『PWCSでの活躍、拝見していますよ。マスターズトーナメントへの出場おめでとうございます。今代の波導の勇者が活躍しているとあって、ロータでもとても盛り上がっていますよ』
    「あ、ありがとうございます! え、えっと……色々聞きたいことはあるんですけど、俺に連絡ってことはロータにまた何かあったんですか?」
    『いえ。あれ以降はとても平和に日々を過ごしております。少しだけ、我がロータと関わりのある国のリオルに危機が訪れた以外は、特に』
    「もしかして、あの《はどうだん》が使えるリオルかな……」
    『えぇ、その通りです。奪還に協力してくださった、とトップレンジャーのハジメさんからお伺いしました。これに関して御礼を申し上げたいことともう一つ……。わたくしの我儘なのですが、貴方のルカリオに会ってみたいのです。ルカリオと貴方が共にバトルをしている姿を見ていると、とても懐かしい気持ちが込み上げてきて……。直接会いたいという思いが抑えきれず、オーキド研究所にコンタクトをとってサトシに連絡をした次第です』
    「なるほど……。えっと、俺もルカリオをロータに連れて行ってあげたいな、とは思っていたので、嬉しいです! でも、行けるとしたら明日しかなくて……」
    『分かりました。明日の守衛には貴方が来ることを伝達しておきます。楽しみにお待ちしています』
    「はい! それでは失礼します!」
     通話が切れ、き、緊張したー! と一気に脱力したサトシに追い打ちをかけるように、サクラギが彼に詰め寄った。
    「あ、アイリーン様って、あのロータの女王のアイリーン様かい⁉︎」
    「は、はい! バトルフロンティアに挑戦している時にロータのお祭りに参加したことがあって」
    「ゴウ、知ってる?」
    「知らない。ロータって国がカントー地方の北のあたりにあることは知ってるけど、まだスクールで歴史は習ってないから詳しくは……」
    「ロータは、世界でも有名な波導使い伝説のある国よ。昔に起きた大きな戦争を止めた勇者アーロンの出身地にして、世界が生まれたときから聳える世界のはじまりの樹という巨大な岩山があるとされているわ。アイリーン様はその国の現女王でいらっしゃる方よ」
     キクナの説明に、ゴウとコハルは思わずサトシの方へと顔を向けて、「なんで知り合い⁉︎」と叫んでしまった。
    「え、なんだよ二人とも、ビックリするじゃんか」
    「いやいやいや、女王様だよ、しかも親しげだったし! というか、女王様の方から電話してくれてるじゃない!」
    「ロータで色々あったんだよ……、ピカチュウが攫われて、はじまりの樹に向かうことになって……」
    「なにそれ、気になる」
    「でもこれ、ちょっとロータの秘密に関わることだから全部は言えない、ごめん! で、サクラギ博士、明日は俺もちょっと遠出することになるんですけど、いいですか?」
    「あぁ、構わないよ。楽しんできておいで」
    「二人ともいないのかあ〜。明日は寂しくなるなぁ」
     お土産よろしくね、とひらひら手を振るレンジに、サトシとゴウはもちろんです、と頷く。
    「そういえばゴウはどこに行くんだ?」
    「え、えっと……セキエイ高原ですかね……」
     サトシからの問いにとたんにしどろもどろになりながら溢されたゴウの答えに、サクラギがきょとんとした表情を浮かべ、キクナとレンジもマメパトが豆鉄砲を喰らったかのように驚いている。
    「リーグ挑戦でもするのかい?」
    「確かシーズンオフでしたよね」
    「そのはずですけれど……。会う相手って同じチェイサーのシゲルくんなんですよね?」
    「いやぁ、あはは……。まぁ、いッ、色々ありまして」
    「ふーん……」
     コハルから向けられたじとりとした視線に、ゴウは乾いた笑い声を漏らすしかできない。あとで詳しく聞かせてね、という強い思念のこもった視線に、内心「ひえぇ……」と怯えながら、ゴウは少し冷めてしまったトマトパスタを口に突っ込んだ。

     ◇

     そうして迎えた翌日、朝八時。スマホロトムのメッセージ機能によるコハルからの質問攻めから解放される頃には、すっかり夜も更けてしまい、ゴウがまともに寝られた時間は多く見積もっても四時間といったところだった。
     ――完全に徹夜明けテンションで行くことになりそうだよぉ、オフ会怖いぃ……!
     きりきりと痛み始める胃を宥めるためにも朝食をとらねば、とゴウはベッドから華麗に降り立ち、下段にあるサトシのベッドを覗き込む。しかし、彼の姿はそこにはなかった。
    「あれ、サトシいない……早起きだなぁ」
     一言くらいかけてくれればいいのに、と寝間着から着替えようと共用のクローゼットに向かおうとしたあたりで、ゴウはデスクの上に置かれたメモ書きを見つけた。
    「お、『少し寄りたい場所もあるので早めに出るよ。起こすのごめんってくらい寝てたから、これで報告。また夜にな!』って……。別に起こせばいいのに。さぁて、俺もオフ会の準備するっしょ!」
     まず胃に何か入れたら胃薬! と意気込んでから、ゴウはてきぱきと着替えていく。
     そうして意気揚々と部屋を後にし、食卓のあるメインホールへと向かえば、そこには今日の相棒ともいえるシゲルと主賓の一人であるワタルがサクラギと共に待ち構えていた。なんなら三人で優雅にコーヒーをも嗜んでいる。いくらなんでも馴染みすぎではなかろうか。
    「エッ、シゲルに、わ、わ、ワタルさん⁉︎」
    「やぁ、おはよう、ゴウ」
    「おはよう。いい朝だね」
    「は、はひ……イイアサデスネ……」
    「なんでそんなに片言なんだい?」
    「ゴウもコーヒー飲むかい?」
    「あっ、ミルク一個お願いします」
     サクラギにより手際よくポットからマグカップに注がれていくコーヒーを見つめながら、ゴウはシゲルとワタル――特にワタルに視線を向けて、「どうしてここに?」と問いかけた。
    「あぁ、昨日のSNSがすごく賑わっていたからね。会場の漏洩も避けたいし、主催の二人の護衛を担おうと思ってね。これでもセキエイリーグは俺の本拠地だ。目立たず向かうルートも心得ている」
    「そういうわけさ。僕としても、SNSがあそこまで大騒ぎになることは予想できていたとはいえ、移動手段をどうするかで悩んでしまってね。そんなときにワタルさんから連絡が来て、お言葉に甘えることにしたってわけさ」
    「いやぁ、驚いたよ。まさか、セキエイリーグで大規模なオフ会をするなんてね! 僕も仕事がなければ行きたかったよ」
     少々残念そうに笑うサクラギからミルク入りのコーヒーを受け取りながら、ゴウは彼をじとっと見やる。
    「博士〜、それ内容分かってて言ってますよね……?」
    「これでも、サトシくんのPWCS挑戦は最初から見守っていたしね。色々興味深い話も聞けそうだったし。とはいえ、ここを空にするわけにもいかないから、これだけ持っていってくれ」
     サクラギからひょい、と差し出されたのは一杯のコーヒーと一見したらなんの変哲もないUSBメモリであった。
    「色々厳選してたら、スマホロトムで送信できるデータ量を超えてしまってね! サクラギパークで撮れたサトシくんとポケモンたちのオフショットだ」
    「サクラギ博士、ありがとうございます。僕たちがとても助かります」
    「なぁに、お安いご用さ。楽しんできておくれ」
    「とはいえ、ライブ配信の設備は用意してもらったがな……」
     どこかげんなりとした様子で苦笑いを浮かべるワタルに、シゲルがおや? と首を傾げた。
    「え、あれ、本当に用意しちゃったんですか?」
    「カルネから……、『配信をお願いできるかしら?』とか『遠隔地にいる方にもこの楽しみを共有するべきだと思わなくて?』というメールが数分おきに来てだな……。事後報告ですまないが、SNSのライブ配信機能を利用しての配信をお願いしたい」
     ぺこり、と律儀に頭を下げるワタルに、ゴウが慌てて「大丈夫ですよ!」と声をかけた。
    「配信は全然大丈夫です! そりゃちょっとはびっくりしたけど、ファン心理からしても配信はした方がもっと楽しめると思ってるし……」
    「僕も異論はありません。ただ、ちょっと配信には乗せられない映像とか写真もあるな……」
    「何その映像と写真。気になる……」
     失礼、と一つ断りを入れてからスマホロトムを取り出したシゲルは、手早くそれを操作して表示させた一つのメディアを三人に見せた。
    「あー……これはダメだな。特にシロナが人に見せられない状況になる」
    「ダメだね」
    「ってかシゲル、こんなのどこで手に入れたんだよ……、俺少しも教えてもらってないっしょ……」
    「ちょっとプロジェクト・ミュウの試験参加中に、ムゲンさんという方と知り合ってね……」
     シゲルのスマホロトムに表示されていたのは、サトシとピカチュウ、そしてギラティナとシェイミが戯れている動画であった。そしてシゲルの指が画面をスワイプすれば、サトシとピカチュウがギラティナの頭に乗り空を飛んでいる写真が映し出された。
    「事前に配信時間を告知、それを過ぎたら完全プライベート――つまりは配信を終了して、そこからはシゲルくんの持ってきたメディアを楽しめばいいんじゃないかい?」
    「なるほど。それなら視聴者の方にも不満を抱かせることはなさそうだ」
     その案を採用してもいいでしょうか、とどこまでも実直なワタルの態度に、サクラギはそんな改まらなくても……と困惑がちに小さく笑う。とはいえ、これでカルネからの依頼も達成の見込みが立った。
    「さて、そろそろ時間だな。サクラギ博士、美味しいコーヒーをありがとうございました。二人とも、セキエイ高原に向かおうか」
    「はい! それじゃあ博士、行ってきます!」
    「突然の訪問、失礼しました。今度はポケモンの研究についてでもお話しさせて頂けると嬉しいです」
    「こちらこそ楽しかったよ。配信が始まったらメールをくれると嬉しいな」
     いってらっしゃい、とにこやかに送り出してくれるサクラギに改めて一礼してから、ゴウとシゲル、そしてワタルは食堂を後にし、研究所から外へ出た。
    「さて、君たちは大型の飛行ポケモンは持っているかい?」
    「俺はフライゴンがいますけど……シゲルは?」
    「エアームドがいるよ」
    「よし。ならば俺が先導する。二人はそれについてきてくれ。……あぁ、それと」
     かなり飛ばすからしっかり着いてきてくれ。
     カイリューをボールから繰り出し、素早くその背中に乗り込みながら、ワタルは二人に対し凄みすら感じさせる微笑みを浮かべてみせた。

     ◇

    「こらっ、ダンデくん! セキエイリーグ本部はそっちじゃない、こっちよ!」
     凛とした女性の声が、セキエイリーグ本部近くの道に響く。幸いにも周囲に人の姿はなく、これ幸いとばかりに彼女は目的地から逆方向へと突き進もうとする男性――ダンデのマントの端を引っ掴んだ。しかし、その引っ掴む勢いと力が強すぎたのか、ダンデの喉から潰れたケロマツのような声が漏れてしまう。
    「ぐえっ、ソニア……、流石に苦しい……」
    「えっと、Dr.ソニア……、だいぶキマってるからマントから手を離した方がよろしいかと……」
     流石にこれ以上はダンデが窒息してしまうと助け舟を出したのは、ダンデのよきライバルであるキバナであった。彼自身、ダンデの方向音痴っぷりは重々承知であったため、いざというときは自分が引き摺ってでも目的地に連れて行くと覚悟を固めていたのだが、それはソニアの想像以上の豪快さに水泡と化しつつあった。
    「あら、キバナくん。Dr.はつけなくて大丈夫よ。あと、こんな応急処置じゃすぐにでも道から外れてしまうわ。リザードン無しにダンデくんを目的地に送り届けるなら、ハーネスが確実ね」
    「ギブギブ……そろそろ離してくれ、動かないから……」
    「あのー……そろそろダンデが泣きそうだし……、一応俺らの地方のチャンピオンだぜ。人目がないとはいっても……」
     そんなキバナの気遣わしげな態度をソニアは歯牙にもかけず、いい? と凄んだ声を発した。
    「ダンデくん、この前の懇親会で七時間遅刻したんですってね。しかも、慣れてるはずのワイルドエリアからシュートシティへの道のりで」
    「あー……、シロナさんがキレてたやつか」
    「もうこれ以上、ほかの地方のチャンピオン……、そして今回集まってくれる人達にダンデくんの醜聞を広めたくないの。ガラルの……、今現在最強のチャンピオンの名に傷をつけたくないの。キバナくん、分かってくれるわよね⁉︎」
    「ソニアさん、よろしく頼みます」
    「キバナ、君まで!」
    「なんならもう時間ギリギリなんだよ、ダンデ。一応俺とソニアさんの二人は、お前のお目付役としてシゲルとゴウからお呼ばれ頂いてるわけだし。もちろん、サトシとのバトルの感想っていう会話デッキは持ってるから安心しろよな」
     それはそれとしてマントから手は離してやってくれ、とソニアに促したキバナは、彼女がそれに頷くのを見計らってすぐにフライゴンを繰り出した。
    「フライゴン、この方向音痴チャンピオンが間違った道に進みそうになったら、実力行使で戻してやってくれ。いざという時は《ドラゴンテール》までなら許す」
    「ふ、ふりゃあ……」
     主人の命ならば仕方がない、とフライゴンはダンデの程近くに滞空しはじめる。そしてようやくガラルからのオフ会参加者三人は、再び目的地への道のりを歩めるようになったのである。
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