ナルキッソスの憧憬 ゲートキーパーは息を呑んだ。
培養液に入ったそれが、すでに人の形を取っていたからだ。
つい数か月前に視察に来たときは、まだ肉塊だったというのに。それは幼児の形を取り、透き通るような白い肌を惜しげもなく晒し、肩まで伸びた銀色の髪がゆらゆらとガラス管の中で揺蕩っている。
「……いかがでしょう、御大」
「素晴らしい……!」
ああ、吐き気がする。男は体の横でこぶしを強く握った。
男に与えられたゲートキーパーという呼び名には、もちろんそのまま日本語で門番という意味もある。また、精神患者が過剰な服薬を繰り返す、いわゆるオーバードーズをする患者を静止し、そばについて患者の精神状態をコントロールする役割をもつ人物のことでもある。
おそらく諫めるべきなのだ。目を覚ませと。
ガラス管の下のプレートには「凪砂」と書かれていた。
*
「凪砂。こちらへおいで」
「は、い。とう、さ、ま」
凪砂の発育は見た目に反して遅かったが、それでも目まぐるしいほどの成長を遂げていた。
まさしく生体兵器。ホムンクルス。
ゲートキーパーは、この歪な親子が恐ろしかった。
「ああ、凪砂。かわいい私の子。私の半身。」
――時よ止まれ。お前は美しい。
それは凪砂にとって、祝福によく似た呪いの言葉だった。
*
「――……」
乱凪砂は、四国のとある場所にある廃寺の地下倉庫にて、
「そうか……私は、あと数年しか生きられないんだね」
「……驚かねぇのか、凪砂さま」
「じゅうぶん驚いているけれど」
ゲートキーパーに対して、凪砂は吐息をこぼすように笑った。
「けれども得心がいったよ。どうして貴方が私を凪砂さまと呼び、父の直系の血筋の茨を坊やと呼ぶのか。貴方は、父のまがい物である私という存在を嫌悪しているね。それで線引きをしている。可愛い茨とは違って」
「――」
「人間の倫理観に悖る存在だからかな。まあ無理はないけれど」
「ようやく理解したよ。なぜこれほどまでに、ほとんど記憶にない『父』を愛しているのか、アイドルを愛しているのか……遺伝子に刻み込まれていたからなんだね」
「けれども心配しないで」
「愛した父の血は、私の魂は、すでに茨が持っている。連綿と受け継がれていくんだ」
「……狂ってやがる、どいつもこいつも……!」
「? 何か気に障ることを言ったのかな。ごめんね?」
「でも……その父が生み出した私を利用し、父の遺志を潰そうとする『神父』……邪魔だな、これ」
「手伝ってくれるよね。『門番』」
「……仰せのままに」
*
「お人形さんは真相に辿り着いたみたいですねぇ。これは私も気を引き締めなくては♪」
「邪魔なんですよね。――御大の亡霊ごときが」
青年は、水色がかった長い銀髪を翻し、上機嫌に鼻歌を歌いながらその場を去った。
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最後は謎多き渉が本当の「神父」だったら面白いなと思って書きました。
地獄かな?