再び聚楽第への調査を開始せよと政府からお達しが来た。既に本丸の一員となった山姥切長義は自分の正体がまだ明かされていないと思い、念入りに顔を隠して意気揚々やってくるであろう新しい山姥切長義の事を考え、少し口元を歪めた。いくら別の個体とは言え見た目から何から自分とほぼ同じ存在が目の前で醜態をさらすのだ。恥ずかしい事この上ない。しかしこれは政府の命令で無視はできない。逃れられない事態である。出来ればその瞬間、自分はどこかうーんと遠い場所に遠征に行っていたいと山姥切は願った。
結局山姥切の願いは虚しく散った。しかもそればかりではない。そもそも新しい山姥切など来ず、既にそれぞれの本丸にいる山姥切に例のやりとりをさせろと政府は言ってのけた。
自分は刀剣男士だ。主の命とあればどんな理不尽な命令でも聞かなければいけない。山姥切はまた来た時と同じように髪を撫で付け仮面を被り布でふかぶかと顔を隠した。馴染みの者達の前でこの格好をするのはもう趣味の悪い余興でしかない。顔から火が出る程の羞恥心が身体中を巡ったが山姥切はなんとか演じ終える事ができた。
山姥切の傷心ぶりは見ていて痛々しかった。やり終えた後、一振部屋に篭り夕餉にすら顔を出さなかった。だが誰も山姥切の部屋を訪れる者はいなかった。いつもの山姥切では信じられない程、あのガックリと肩を落として部屋にすごすごと帰って行く様を見せられて誰が気軽に山姥切の部屋を訪問出来ようか……
しかし、一振だけそんな空気も御構い無しに山姥切の部屋の戸を盛大に開く男がいた。
「山姥切殿、失礼する。」
そう言って山伏国広は家主の了解を得ず、ズカズカと部屋に入り込んだ。
失意の山姥切はただ虚空を見つめるだけで返事もしない。そんな痛ましい姿の山姥切の隣に山伏はドッカと腰を下ろした。
山姥切は山伏が何をするのかチラリと様子を伺ったが座り込んだ山伏は特にこれといって何もせず、ただ山姥切に寄り添うばかりであった。
お互い黙り込んだまま時間が過ぎて行く……
沈黙に耐えきれなくなった山姥切が山伏に尋ねた。
「…山伏くんは一体何をしにきたのかな?」
「カカカ、何もしないのである。」
山伏はいつもの気持ちいい満面の笑顔で答えた。
「何も…って。」
山姥切は面をくらう。
「何もせず、こうして山姥切殿のお側に居たいと思ったのである。」
これが山伏なりの慰めなのだと山姥切は合点がいく
「優しいんだね。山伏くんは…」
「カカカ、買い被りすぎであるぞ。」
照れているのか山伏の頰がほんのり色付いた。山伏を見ているだけで山姥切の心がだんだん軽くなっていった。
「確かに一振でどん底に落ち込んでいたさっきより大分マシな気がする。不思議だね、ただこうやって寄り添う事にも意味があるのか…人の身はつくづくわからないよ。」
「わからないからこそ知る喜びを感じられる。この世は面白いものであるな。山姥切殿。」
「あぁ…そうだね。」
山姥切が山伏の肩にもたれ掛かる。
「山姥切殿?」
「まだ傷心が癒えないから、今日は大きな抱き枕が欲しい…。できれば綺麗な翠色の」
最初、言っている意味がわからなかった山伏だったが、言葉の裏を理解した途端に耳まで真っ赤にしてドギマギしながら答えた。
「ぐぬぬ、拙僧で良ければ共寝に付き合ってしんぜよう……。」
次の日、同じ部屋から出てくるふた振りを目撃した仲間達がついに一線を越えたのかと口々に噂をしていたが、お互いに懸想はしているものの相手の気持ちなど露とも知らない清らかなふた振りは恋仲ですら無いため何も無いのであった。
おしり。