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    九条 六華

    赤安の女 / 文字書き

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    九条 六華

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    君のお雑煮が食べたい

    ミスラジ先行公開 / 赤安小説

    #赤安

    「君のお雑煮が食べたい」
     
     下半身はこたつの中に潜り込ませ、上半身ははんてんを着て、テーブルの上のみかんを剥きながらテレビを見ていたすっかり日本の冬に溶け込んだ男が、僕を見上げながらそう口にする。似たようなセリフを聞いた覚えがあるなと思いながら、僕はその男の隣に座った。
    「お雑煮ですか」
    「ああ、正月ぐらいに」
     剥いていたみかんをひとつ、僕の口に放り込む。しっかりと熟れたそれはとても甘くていい食べ頃だ。机の上のカゴから僕もひとつ拝借すれば、ティッシュの箱が近くに寄せられる。
     正月。そうだクリスマスは終わって、今年も残り数日だ。約半年前、赤井は「君の味噌汁の味が忘れられない」なんていうくだらない理由を建前にしてこの家に転がり込んできた。そして紆余曲折……と言っていいのかはわからないが色々あり、僕たちは同居から同棲に、友達から恋人になった。そんな二人で初めて過ごすお正月だ。クリスマスもそうだったが、赤井はこちらも楽しみらしい。
    「お雑煮か……何を入れて欲しいです?」
    「ん? 何か違うのか?」
    「地域によって味付けや具材も違うんですよ。東の方はすまし仕立てですが、西の方は味噌ですし、入れるものだって結構違います」
    「奥が深いな……」
     そう言いながら赤井は自身のスマホに目を落とす。早速調べているようだ。
    「次の買い物までに決めておいてください。材料買うので」
    「ああ、わかった」
     ぱっと赤井の顔が明るくなる。よほど嬉しいらしい。
    「お雑煮ってことは、お正月の夕飯はそれですね。お昼は初詣帰りかな」
    「うん、それでいこう」
    「貴方、やっぱり上機嫌ですね」
     その理由はなんとなく想像がつく。メアリーさん以下赤井家の皆様は年末年始にハワイ旅行に出かけられるそうだ。赤井も一応は誘われたが断ったと彼女から聞いた。もっとも、そのつもりで向こうも赤井の分は手配をしていなかったらしい。それで通じる家族というのがすごい話だ。なので、赤井は日本で、この家で、家族に邪魔されることなく僕と年越しからのお正月を過ごす……ことに上機嫌なのだろう。恋人としての自惚れは差し引いても通常の推測範囲だ。ご家族にはとても失礼だが。
    「君と、新しい年が迎えられるのは幸せに決まっているだろう」
     みかんを食べ終わった赤井が、僕の唇にちょんと指で触れる。それは、僕だって同じだ。「そうですね」と頷けば、引き寄せられ、今度は赤井の唇が僕のそれに触れる。優しく施されるキスは甘酸っぱい冬の味がした。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     二礼二拍手、手を合わせて心を込めてお祈りをし、深く一礼してその場を辞す。隣の赤井も教えた通りの作法で初詣を終えた。
    「すごく大きな神社じゃないですけど、それなりに人はいますね」
    「そうだな、朝早いのに出店もやっている」
    「お祭りに近いものがありますからね」
     神社特有の澄んだ空気を吸い込めば、正月にふさわしい清々しい朝だ。
    「で、何をお祈りしたんですか?」
     何やらしっかりと詣でていたので聞いてみると、赤井は少し考えるように視線を彷徨わせる。
    「あー、君も教えてくれるなら」
    「いいですよ、無病息災を」
    「それは大切だな」
    「基本ですよね、でも大事にしなきゃ」
     それで、貴方は? と促すと「ふむ、」と呼吸を置いてから口を開く。
    「世界平和を」
    「本当に?」
    「世界が平和ならば本国に呼び戻されないのでな」
     なるほど理にはかなっているな。
    「それと、もうひとつ」
     赤井は目を細めて僕を見る。
    「来年も、また君とここで。二人でここに来られるようにと」
     それは僕だって、祈ったことだ。
    「なら、二人分なのできっと叶いますね」
    「ホォ……君も?」
    「ええ、僕たち相性バッチリだ」
    「それは当然だな」
     そんなことを言い合いながら僕たちは元旦の朝を歩く。保証はない、いつ危険な場所に行かなければいけなくなるかもお互いわからない。だからこそ、ささやかな願いを祈りに。「零くん、ベビーカステラが食べたい」
    「お昼ご飯食べれなくなりますよ」





    「何か手伝うことは?」
     帰宅後、キッチンでエプロンをつける僕に、赤井は少しだけ居心地が悪そうに声をかけた。味噌汁の時とは大違いだ。僕の負担ではないかと気にしているらしい。
    「大丈夫ですよ、美味しいものたくさん作りますからハロと遊んでて」
    「だが……」
     仕事がないことがきになるらしい。少しだけ口を尖らせている。
    「本当に大丈夫だって。ほら、午前中出かけてたんですからハロと遊ぶのも立派なミッションですよ」
     行った行ったと赤井をキッチンから追い出して、買い込んだ食材へ目を向ける。お正月らしい材料のラインナップだ。それに、リクエストのお雑煮も作らなければならない。
     ポアロで働いていた時もお正月にそれらしいメニューを出してみたりしてはいたが、よく考えてみれば誰か特定の人物に食べさせてあげるための料理をこれだけ作ることは今までなかったように思う。主に自分のためだった。それでも楽しかったけれど、やっぱり誰かに食べてもらえて、美味しいと言ってもらえるのは何にも変え難い幸せだ。それが、好きな人なら尚更。
     赤井の顔を思い浮かべつつ、失敗しないように呼吸を整えつつ、僕はキッチンに立った。
     
     
     
     
    「赤井、運ぶの手伝って」
     キッチンから顔を出すと、ソファにいた赤井が勢いよくこちらを振り向いた。退屈していたらしい、目が少し輝いているように見える。
    「声がかかるのを待っていたよ」
    「ふふ、味見にも来なかったですね」
    「楽しみにしたくて」
     どれ、と僕ごしにキッチンに並んだ料理を見て今度ははっきりと顔を輝かせた。
    「すごいな……」
    「お重はないので、お皿に盛りつけましたけど一応お正月らしいものにしてみました」
     祝い肴の数の子、黒豆、田作りを筆頭に、お煮しめにだし巻き卵、和風のものだけじゃ物足りないかとチャーシューとサーモンのサラダ、そのほか少しづつつまめるもの、そしてもちろんお雑煮も、もちがちょうど焼けたところだ。
    「いっぱい作りましたけど、残ったらまた明日食べればいいので。さ、運んで」
     もともとお節料理とは、正月の間、神様とともに食す雑煮を作ること意外に火を使わないように、作り置いておくことができるものとなっている。
    「煮物、貴方わりと食べれるから遠慮なく正月料理にしたんですけど」
    「大丈夫だ、いただくよ」
     そう言って、赤井はテキパキと料理をテーブルに移していく。その間に僕はハロのごはんを用意してやった。ハロも特別だ、いつもとは違うフードを皿に乗せてやる。ちょっとお高めのペットフードだ。
    「ハロくんもいいのをもらったようだな」
     赤井にそう言われて満足気なハロを一足先に食べ始めさせて僕たちもテーブルにつく。
    「「いただきます」」
     声を揃えて手を合わせてから、赤井は僕の料理に箸を伸ばした。
    「すごいな、あんな短時間でこれだけ……」
    「黒豆とかは出来合いのものですよ」
    「だとしてもだ……うん、味が染みてて美味しいな」
     煮物に手をつけた赤井が筍を噛み締めている。お煮しめは僕の自信作だ、味付けも成功したと思っているから、気に入ってもらえて素直に嬉しい。
    「これは、君が切ったのか?」
     その中の人参を端に摘んで、赤井は僕と人参を見る。
    「ええ、そうです。梅の花。お正月にはよくあるんですよ」
    「型を抜くのだと思っていた」
    「売り物はそうですけど、包丁でもできるんです」
     ねじり梅の切り方を簡単に説明してやると、赤井は感心したように頷いた。
    「さすがだな、君は本当に器用だ」
    「褒めますね、これ以上は出ませんよ」
    「思ったことを口にしているだけだよ」
     この家に来るまで、赤井は食事の際、淡々と食べるタイプの男だと思っていた。一緒に外食をしても、そう料理の話にはならなかったのだ。それが、ここに転がり込んで来てからはこの調子で僕の料理を褒めそやす。アメリカにいた頃に少しだけ料理に目覚めたから……なのだろうか。それとも、これは自惚れてもいいところ?
    「自惚れてくれ、君だから伝えたいと思うんだ」
     思考を読まれてしまったらしい。炊き立てのごはんを頬張りながら、赤井は優しく目を細める。
    「ありがとうございます、作り甲斐がある」
    「ぜひこれからも、」
     そう言って、赤井はリクエストしたお雑煮に手を伸ばす。香りを楽しんでから椎茸と小松菜を口に入れ、お出汁を啜る。そして、ほっと息をついた。
    「優しい味だ」
     温かいものがじんわりと沁みるように赤井は目を細める。お気に召していただけたらしい。こちらまで、顔が緩んでしまう。
    「最高だ、とても美味しいよ」
     そう言いながらお餅に箸をつけ、あぐっと頬張る。そして、みょーんと伸びる餅と格闘を始めた。あの赤井がだ。なんだか可笑しくて、小さく笑みが溢れる。ああ、幸せだ。
     なんとか噛み切れ、お出汁を啜りながらよく噛んで飲み込む目の前の男が、とても可愛く見えてたまらなく愛おしくなる。
     仕事で見せるキリリとした表情や、鋭い眼も惹かれるが、柔らかく細められたエバーグリーンや、優しい表情の目尻の皺も愛してやまないと思わされる。
    「ん? どうした」
     その顔が、こちらに向けられる。
    「いえ、やっぱり僕、赤井のこと好きだなって思って」
     まんまと恋に落とされたのだけれど、落ちてしまったのだから仕方がない。そう潔く受け止めてみれば、その先には暖かいもので溢れていた。
    「………れ、い……くん、」
     エバーグリーンが見開かれ、赤井は驚いた顔でこちらを見たが、すぐに優しい笑みが返ってくる。
    「ああ、俺も愛しているよ」
    「ふふっ、両思いですね。やっぱり相性がいいんだ」
    「そうだな、料理の味付けもとても相性が良さそうだ」
    「これからも僕の料理食べてくれますか?」
    「もちろん」
     赤井はそう言って、サラダに手を伸ばす。僕も見てばっかりいられないと数の子を一つ摘み上げて口に放り込んだ。うん、なかなか美味しい。そしてお雑煮も、椎茸を入れたのは正解だった。
    「日本の正月はいいな」
    「そうでしょう、満喫してもらえました?」
     初詣の清々しい空気と、出店の賑やかなハレの日、そして美味しい正月料理、そのほか昨夜の歌番組からのカウントダウン番組と、外から聞こえる除夜の鐘なんかも入れて、日本のスタンダード正月を迎えられたと思う。特別でもなんでもないけれど、僕たちにとっては特別な、そんな過ごし方だ。
    「……俺が知るところでは、ひとつまだなことがあるんだが?」
    「……? なんです?」
     思い当たるものがなく、首を傾げて見せると、赤井は唇に弧を描いた。
    「姫はじめというものがあると聞いたが?」
     誰だ、いらんことを赤井に教えたのは
    「それは、まず明日の一月二日のことです。それから、その習わしは元旦の日に硬いお米を食べ、年があけてから一月二日に初めて柔らかい姫飯を食べることから姫はじめと呼ばれるんです」
    「ああ、失礼、では『秘め始め』はどうだ。夫婦が初めて秘め事をする日だそうだ」
    「……それは一月二日です」
    「ならば、明日ならいいと?」
    「………」
    「降谷零くん?」
     返答に詰まった顔を覗き込まれる。ああ、もう!
    「今日でいいです」
     恥ずかしさに顔を背けてしまったので赤井の表情は見れていない。だが雰囲気で感動しているか神に感謝しているかそんなところだろうことはわかる。当然、次の声は弾んでいた。
    「ありがとう、嬉しいよ。ぜひお願いしたい」
    「………」
     チラリと赤井を伺い見ると、にっこりと微笑まれた。いっそ清々しいと思える。だから、僕はその清々しさに縋って、また自分でとんでもないことを言ってしまうのだ。
    「僕、赤井のリクエスト聞きましたよね」
    「ああ、とっても美味しい雑煮を作ってくれたな。それだけじゃない、他の料理も絶品だった」
    「……ご褒美、くれてもいいんじゃないかなって思うんですけど」
    「ああ、もちろん。俺にできることならなんなりと言ってくれ」
     にっこりと頷く赤井に、僕は……
    「き、今日は…ナマでしたい、です」
     かろうじて見えたのは赤井が驚いた顔をしたところだけ。さっと顔を逸らして手で覆うと、椅子を引く音と慌ただしい足音、そしてぐいっと引き寄せられて、ふわりと香る赤井の匂い。
    「君が望むなら、勿論だっ」
     赤井の声が上擦っている。相当驚いて焦っているらしい。それが、なんだか面白くて、恥ずかしさが吹き飛んで笑いが込み上げ、肩が震えてしまう。
    「零?」
     腕の中で震える僕に、今度は怪訝そうな声が降ってきた。
    「ふふっ……声が上擦ってる」
    「焦りもするさ、可愛い恋人にそんなおねだりをされたら」
     赤井もなんだか可笑しくなって笑ってしまっている。顔を上げれば、エバーグリーンの瞳と出会った。
    「ちゃんとご飯片付けて、お風呂入って、髪の毛乾かして、全部終わらせてからっていう条件付きですけど?」
    「ああ、了解した。大丈夫だ、君の願いを叶えよう」
     だが先に、と赤井は軽く唇を触れ合わせる。
    「誓いのキスだ。さ、早く食べてしまおう。夜は短いからな」
    「ちゃんと味わって食べてくださいね」
    「勿論だ」
     
     こうして、僕たちの新年は美味しいお雑煮で幕を開けたのでした。
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    九条 六華

    DONE君のお雑煮が食べたい

    ミスラジ先行公開 / 赤安小説
    「君のお雑煮が食べたい」
     
     下半身はこたつの中に潜り込ませ、上半身ははんてんを着て、テーブルの上のみかんを剥きながらテレビを見ていたすっかり日本の冬に溶け込んだ男が、僕を見上げながらそう口にする。似たようなセリフを聞いた覚えがあるなと思いながら、僕はその男の隣に座った。
    「お雑煮ですか」
    「ああ、正月ぐらいに」
     剥いていたみかんをひとつ、僕の口に放り込む。しっかりと熟れたそれはとても甘くていい食べ頃だ。机の上のカゴから僕もひとつ拝借すれば、ティッシュの箱が近くに寄せられる。
     正月。そうだクリスマスは終わって、今年も残り数日だ。約半年前、赤井は「君の味噌汁の味が忘れられない」なんていうくだらない理由を建前にしてこの家に転がり込んできた。そして紆余曲折……と言っていいのかはわからないが色々あり、僕たちは同居から同棲に、友達から恋人になった。そんな二人で初めて過ごすお正月だ。クリスマスもそうだったが、赤井はこちらも楽しみらしい。
    「お雑煮か……何を入れて欲しいです?」
    「ん? 何か違うのか?」
    「地域によって味付けや具材も違うんですよ。東の方はすまし仕立てですが、西の方は味噌ですし、 5464

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