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    kokonattu_cmps

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    雨の日のフロイドとエース

    雨の日のフロイドとエース「フフフ〜ンフ〜ン……」
     雨の降る中庭に面した廊下に1人でしゃがんで、機嫌が良さそうに鼻歌を歌っていた。手に持ったマジカルペンを地面に向けて、リズミカルに揺らしている。靴やズボンが少し濡れていた。向かいの方の廊下から誰かが荷物を持って走ってくるのに気付いたが、特に気にせず、目線はまた手元に戻った。
    「……………えっ、何してんすか?」
     エースは廊下の端に小さく丸まったフロイドがいることに気付き(外見だけではジェイドと判別が付かなかったが、まさかジェイドが廊下に座り込んだり、その上鼻歌まで歌ったりなんてしないだろうと思った)、気付かれないようこっそり後ろを通り過ぎるつもりだった。しかし、フロイドの足元が、いろんな種類の絵の具を少しずつ垂らしたみたいにカラフルになっているから、驚いて思わず声をかけてしまったのだ。それに、鼻歌なんか歌っていて、機嫌も良さそうだったし。
    「カニちゃんじゃん」
    「あ、ども……。……それ、なんすか?」
    「それって?」
    「その足元の、絵の具みたいな……」
     それ、とカラフルな地面を指そうとして、両手がダンボールで塞がっているのを思い出した。
    「あー……失礼しまーす」
     それで、一旦ダンボールを床に置いて、フロイドの隣にしゃがみ込んだ。これです、と指差すと、これはねぇ、とフロイドがまた地面を見た。その横顔を見て、猫に近づくときは目線を合わせること、という話を思い出した。
    「雨」
    「え?」
    「色変えしてただけ〜」
     そう言って、フロイドはまたマジカルペンを振った。顔を近づけてその様子をよく見てみると、降ってきた雨粒が芝生に落ちる直前に不透明度の高い色水になっている。それが芝生に落ちて、絵の具を一滴こぼしたみたいになっているのだ。
    「えっ……色変え魔法? 水を?」
    「そー」
     エースはかなり驚いていた。というか、若干引いていた。色変え魔法というものは、大抵固有色のあるものに対して使うもので、透明な液体に着色するのとは違う。それに、魔法はそもそも、そこにあるものに向けて真っ直ぐ放つイメージなので、常に高速で動いているものにピンポイントに当てるのは難しい。それを、降ってくる雨粒に対してやっているのだ。目で追うことすら難しいのに。
    「フ〜ンフフフン」
     しかも、鼻歌に合わせてポイポイと雨の色を変えて、芝生を彩っていく。きっとこの人は、雨粒に魔法を当てるとか水のどの色を変えるだとか、そんなことは全く考えずにこんなことをしているのだろうなと、エースは思った。この人にしかできない、こんなこと。フロイド先輩がどっか行った後にここだけ見たら、他の人は訳わかんないんだろうな。
    「………」
    「フンフフ〜ン」
     しかしフロイドがあまりに簡単そうにするので、エースもマジカルペンを取り出して地面に向けてみた。とにかく赤色になれと念じる。
    「……よっ」
     ペンを振っても、何も起こらなかった。
    「あは。カニちゃん下手すぎ」
    「いやいやいや、普通無理ですってこれ」
     何回かペンを振ってみても、雨に当たりはしているっぽいが色が変わるということはない。試しに、緑の草よ赤色になれと念じて魔法を放つと、芝生がポツンと1箇所赤くなった。
    「できんじゃん」
    「難易度段違いですよ」
     フロイドが鼻歌を歌いながら雨の色を変えて、エースはその様子を見たり、マジカルペンを振ってみたりする。少しの間そうしていると、革靴の硬い足音が響いてきた。エースは先生かと思って身構えたが、はっきり姿を確認する前に「ジェイド!」とフロイドが立ち上がった。
    「こんなところにいたんですか。おや、エースさんもご一緒で」
     フロイドはニコニコしながらペン回しを始めた。それで、中庭に落ちる雨が所々色付いていた。エースはそれに気付いてウワ〜スゲ〜と思ったし、ジェイドもすごく面白いなと思った。そして、フロイドが座っていた辺りの芝生がカラフルになっている理由がわかった。
    「ちーっす」
    「2人で何をしていらしたんですか?」
    「雨で遊んでたぁ」
    「なんかフロイド先輩が変わったことしてたんで……」
    「フフ、楽しそうですね。僕も混ぜてほしかったです」
    「じゃあ今から遊ぼーよ」
    「フロイド、もうラウンジに行かないとアズールが怒りますよ」
    「そっかぁ。あ、カニちゃんも来る?」
    「あ、やー……。オレは遠慮しときます」
     しゃがんでいるときは良かったが、立ち上がるとこの兄弟は2m近くあり、そんな巨人に囲まれていると威圧感が強く、ただそこにいるだけで緊張してくる。
    「じゃオレはこれで」
     緊張を悟られないようにわざとゆっくりめにダンボールを持ち上げ、2人に向かってペコリと会釈してから、来たときと同じくらいのペースで走ってその場を立ち去った。
    「バイバ〜イ」
    「さて、僕たちも向かいましょうか」
     相変わらず雨は降り続いていて、エースの足音も人魚兄弟の話し声も、本人たちにしか聞こえない。ジェイドは歩き始めるときに、こっそり後ろ手でフロイドの色変え魔法を解除した。それでも、中庭の隅に数本だけ赤色になっている芝生が残っていた。エースがバスケ部の備品の詰まったダンボールを片付けて一息つくと、中庭の赤い草は段々と色が抜けて緑に戻った。
    誰も知らない、雨の日のフロイドとエースの話。
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