ハーツラビュル寮ハリネズミ捕獲部「うわーっトレイくんそっちそっち!」
「え?! ああっ見失った!」
運動着に虫取り網を持った2人が緑の迷路を駆け回っていた。道を覚えているから迷子になることはないが、探し物をするには厄介な場所だ。
トレイの元にたどり着いたケイトがよろよろと立ち止まった。虫取り網を杖みたいにして、ゼーハーと荒い息を吐く。
「ひー、ちょっと休憩! まだ時間あるよね?」
「あぁ、お茶でも淹れようか」
「オレはお水でいいよ。パッと飲んですぐ捜索再開!」
「それがいいかもな……」
その場で2人ともぺたりと座り込んだ。ケイトはスマホでぱたぱたと顔を仰ぎ、トレイはマジカルペンを出して頭の上で軽く振った。スーッと丁寧に横に動かすと、迷路の向こうから水の入ったコップがやってきて、あぐらをかいた2人の前にちょこんと着地した。
「向こうに準備してあったんだね」
「必要になるだろうと思ってな」
それぞれ、マジカルペンをしまい、スマホを伏せて地面に置くと、2人同時にコップに手を伸ばして、きゅーっと水を一気飲みするところまでシンクロした。
「あははっ、今見た? 撮っておけばよかった」
「はは、そうだな。今ケイトが喋らなかったら、コップを置くところまでシンクロしてたかもしれない」
「なにそれぇ、意地悪言ってる?」
「はは。さて、やるか?」
「うん。まだ他の仕事も残ってるし、ちゃっちゃと捕まえないとね! オレがコップ戻すよ」
「ありがとう」
スマホをしまい、代わりにマジカルペンを取り出してコップに向かって軽く振ると、それはポーンと迷路の向こうに飛んでいって、1秒後に、コト、と静かな音がした。
「毛の色は緑だったよな」
「そうだね。トレイくんのユニ魔でもっと派手な色にできないの?」
「うーん、まずは見つけないことにはな……」
3年生が2人がかりで必死に探しているものは、ハリネズミの子供だった。それは昨日脱走したやつで、他の個体に比べて足が速い。明日のパーティーまでに見つけ出さなければならないが、小さい上にすばしっこく、色も芝生や草木に混ざって見つけにくい。迷路に迷い込んだのを追いかけているうちに、この仕事が自分たちに回ってきたことに少し納得した。この場所が完璧に頭に入っていないと、到底捕まえられない。
「ケイトの分身に手伝いを頼めないか?」
「そうだねー。そろそろお昼になっちゃうし、オレくんたち呼んじゃおっかな」
ケイトがマジカルペンを持って意識を集中させると、トレイは「俺はあっちの方を探してくるよ」とその場を離れた。ケイトは静かに息を吸って、唱える。
「オレはコイツで、コイツはアイツ。……スプリット・カード」
まばたきをすると、目の前に3人の自分が現れた。
「呼んだ〜?」
「みんなでさっさと見つけちゃお!」
「お昼になる前に終わらせないとね」
同じ外見同じ服装の4人は円になるように立っていて、全員が今日やることを把握できているようだった。
「あ、そうだ。オレくんたちは腕まくりしてね。みんな同じ格好だと、トレイくん困っちゃうから」
「おっけー。じゃあオレはチャック上げとく」
「オレは後ろで髪束ねちゃお!」
「じゃあオレは腕まくりでいいかな?」
「うんうん、みんなキマってる! じゃあオレはこっちを探すから、チャックのオレくんは反対をお願い。ポニテと腕まくりのオレくんは迷路の外を探して! トレイくんはこっちの方にいるみたいだから」
指差しと目線を使ってテキパキと指示を出すと、ユニーク魔法のケイトたちは「りょーかい!」「おっけー」と各々返事をして、迷路の奥へ消えていった。
「よーし、オレも体力が限界になる前に見つけちゃわないとね!」
残ったケイトは気合いを入れるため両手でパンと頬をたたき、しっかりと虫取り網を握り直してハリネズミ捜索に向かった。
一方トレイの方も、妙案を思いついたところだった。ハリネズミが緑に紛れて見えにくいなら、草木の色を変えればいいんじゃないか? でもこれだけ広いとちょっと疲れそうだし……寮生が見たら驚くよな。やっぱり地道に探すしかないか……。
ガサッ
「!」
後ろの茂みに生き物の気配がして、慌てて振り向き虫取り網を振りかざすと、網の中には緑のハリネズミが収まっていた。
「やった! い、た……いや、これは………」
案外簡単に捕まったと思ったが、しかしよく見ると、大きい。探しているはずのものは子供のハリネズミで、目の前にいるのは大人の大きいやつだ。色はよく似ているが、違うハリネズミだった。
「まぁどちらにせよ、こいつも脱走だよな……。はぁ、飼育小屋の管理を見直すべきだな」
網ごとハリネズミを持ち上げると、それは一つの方向に向かって必死に走ろうとしている感じで、バタバタと暴れていた。
「こっちに何かあるのか? いや、まさかな」
……色が同じだし、もしかして、親とか? しかし、子供の場所がわかるわけでもないだろうし……でも、今は他に手掛かりも無い。
一か八か、ハリネズミが行こうとする方向に向かってみることにした。網を地面に付けてハリネズミが歩けるようにすると、時々つんのめりながらもちまちま走り出して、トレイは犬の散歩をしている気分になった。
「え! ん? あ、トレイくんじゃん!」
チャックを上げたケイトは、迷路の茂みから、腰くらいの高さで緑の毛が動くのが見えて、まさか探しているハリネズミが浮いているのかと思って驚いたが、それは屈んだトレイの頭が見えていただけだった。
「あ! それ、捕まえたんだ!」
ケイトがタッと近づいてきて、トレイは腰を上げた。またハリネズミがジタバタと暴れている。
「あぁいや、これは違うやつだ。だけどこいつがあんまり走るから、もしかして親子なんじゃないかと思ってこいつの後を着いていってるんだが」
「うんうん」
「……いや、やっぱり変な話だよな。こいつは小屋に戻して、普通に探すよ」
「えーっ! いいじゃん、ついていってみようよ! なんならオレが行こうか? オレ、ユニ魔のオレくんだから!」
「うーん……。そうだな、一緒に行ってみるか。2人でいる方が、案外見逃したりしなくて良いかもしれないし」
「じゃあ決まりっ!」
チャックを上げたケイトはハリネズミ入りの虫取り網を受け取って、ハリネズミが暴れる方へずんずん歩いていく。トレイがその後ろから、姿勢を低くして辺りを見回しながらついて歩いた。
「わわっ、ネズミちゃんがさっきよりも元気になってる。近いのかな?」
「可哀想になるくらい暴れてるな……」
「あっ、オレくん!」
「あ〜! オレくんじゃん!」
ハリネズミに引っかかれないように気を付けながら歩いていると、なにやら焦った様子のケイトと出くわした。チャックを上げたケイトは呑気に手を振っている。
「え、そのハリネズミは? いや、今いた! あっちの方! オレくんたち集合ーー!!」
わっとケイトが声を上げると、どこからともなくもう2人のケイトが「はーい」と歩いてきた。
「はあっ、あっちに逃げたから追いかけて! オレは回り込むからっ」
「りょーかい!」
「捕まえちゃうよ〜」
「オレくん頑張りまーす!」
バッと4人のケイトが走り出した。ケイトはユニーク魔法も使いっぱなしで、1人だけ体力の消耗が激しいのが見てわかる。
「ほんとにこいつの向かう先に……」
捕まえたハリネズミはまだ暴れていて、しかし頭はケイトたちの走っていった方を向いている。トレイは一番疲れているケイトの後を追いかけて走った。
「捕まえたーーっ!!」
ケイトが掲げる網の中には、パタパタと暴れる緑の小さいハリネズミが入っていた。
「ほんとに親子だったみたいだな」
ハリネズミ同士を近づけるとどちらもすぐに大人しくなる。丸まって可愛らしい様子のそれを、心の中でそっと撫でた。
「オレくんたち大活躍だったね!」
「これで任務完了!」
「もう帰ってもいいのかな? バイバ〜イ」
「オレくんたちもお疲れ様! 手伝ってくれてありがとね」
ケイトたちが手を振ると、キラキラした魔法のオーラと共に3人が消えていった。
「俺が小屋に返してくるよ。ケイトは先に休んでてくれ」
「ん〜、オレ、トレイくんの紅茶が飲みたいなぁ。ハリネズミはオレが戻しとくからさ、トレイくん、美味しい紅茶淹れてよ」
「そうか。わかった、お前が何人いても全員美味しいって言うような紅茶を入れるよ。ハリネズミ、逃がさないようにな」
「うん! 任せて。お茶飲んだら一緒に食堂行こうね」
「あぁ」
かくして、午前中をたっぷり使ったハリネズミ捜索は終わった。食堂で会ったリドルに無事捕まえたことを報告して、午後もまたなんでもない日のパーティーの準備に奔走するのだった。
おしまい