マサヒナデート服SS◆マサヒナ◆
YouTubeの録画を終えて思い立った。そうだ、デートをしよう。
なんてったってキスをした仲だ。デートするぐらい何の問題もない、相棒なのだから当然だ。
何度も命を救いあった仲だから、真逆だった性格や考え方も少しずつ混ざってきている。だからマサはきっと、誘えば一緒に来てくれる。
化粧を直す。服を選ぶ。可愛い娘が『ママこれにしよ〜』と言ってくれたのに、動きにくくて却下したスカートで手が止まる。
今日はまなのお手本になるような、『大人のお姉さん』を目指してみようか。
明言されたわけではないけれど、マサは清楚で素朴な女の子が好みなんだろうと思う。何せ彼自身が飾り気のない素朴な人だ。ヒナのように飾り立てることをあまり好まないのは何となくわかる。
ただ、女の子として可愛いと思われているかどうかは別にして、マサはヒナが好きでやっているファッションを綺麗だと褒めてくれる人だ。
露出がないファッションは暑いし可愛くないので、ヒナは今日も好きなように好きな服を着る。隣にいるなら可愛い相棒の方がいいに決まっているのだ。可愛いは正義だ。
ウィッグはこの時期ちょっと暑いけれど、可愛いのできっと気に入ってもらえると思う。シャツっぽい素材のトップスに長めのタイトスカート、いつもよりも華やかなメイク。完璧だ。鏡をチェックしてから部屋を出て、すぐ隣をノックする。
「やっほーマサぁ〜! いるー?」
「比奈さんですか。すぐ開けますよ」
いつもの調子で出てきたマサは、ドアを開けた姿勢のまま固まった。
「……!???」
「どーお? 可愛いっしょ~」
「……!!!」
相棒は動力の切れたロボットかと思うくらい動かない。ヒナは屈んで下から覗き込んだり、左右から覗き込んだり、顔の前で手を振ってみたりしながら再起動を待つ。
「マサ〜、どしたん???」
完全にフリーズしている相棒はなおも返事が出来ないらしい。何故。可愛いは正義なのに。
「おーーーいマサぁ、気づいて〜 ヒナだよ〜」
「……髪が……」
「お! 気に入ってくれたー? ちょー可愛いっしょ!」
「……髪」
「そんな驚く!? ウィッグつけただけなんだケド?」
じわじわ顔が赤くなっているマサの反応を見て、ヒナはにししと笑う。これは嫌いじゃない時の反応で間違いない。
しばらくマサの再起動を待っていたけれど、痺れを切らしたヒナは部屋に突撃する。
「とりま、マサも着替えよーね」
「……え?」
「今からデートだよ〜」
「でっ!?????」
軽いノリで誘い出そうとすれば、マサの再起動がこの一言で完了した。いつものお説教モードのスイッチが入る。
「比奈さん!!! そ、そういうことを、軽々しく口にしては……!」
何度やっても新鮮な反応をくれるマサが好きだ。からかうつもりというよりはヒナが軽率なだけなのだが、子供と一緒に寝たりお風呂に入ったりしようと誘った時もこんな風に全力で反応してくれた。
「え〜いいじゃん相棒なんだし〜」
楽しくなっていつもの如く拗ねてみる。目があった瞬間凄い勢いで逸らされた。しばらく落ち着くのを待ったほうがいいのかもしれないと頭をよぎったが、それより先に口をついて面白半分で冗談が飛び出す。
「にしし、さてはマサヨシくん、ヒナの圧倒的可愛さに声も出ないな〜?」
一瞬の間があった。
ヒナが軽率なジョークを思い返して何がまずかったのかと考え始めた頃、絞り出すような声でマサが呟いた声が部屋の空気を揺らした。
「その通りです」
「……ほ???」
想像していなかった返しに、今度はヒナが固まる番だった。
マサは相変わらずこちらを見ないが、ぼそりと
「着替えますね」
と言ってクローゼットを開けはじめる。
「えっ、あ、そっか、うん」
緩慢に部屋を出てドアに背を預ける。急に暑い。夏だからだ、たぶん。
きっと『違います!!! からかわないで下さい!!!』と間髪入れずに言われるのだと思っていたのに、すんなり肯定されてしまった。マサは再起動が上手くいっていないのだ、たぶん。
そんなことを考えていると後ろのドアが急に開いて危うくバランスを崩すところだった。踏みとどまって背後のマサを振り返れば、彼はやはり目が合うたびにすごい勢いで逸らす。
「大丈夫ですか、比奈さん」
声をかけてくれてはいるがこちらを全然見てくれない。なんだかそんなマサを見ているのが楽しくなってしまったヒナは、答えのない問題に仮定の答えをこじつける作業を『まーいーや』と思って即座に放棄した。
「……にしし」
「僕の服装、どこかおかしいですか?」
「ぜーんぜん。へー、ヒナが選んだ靴下履いてるんだ〜」
ニヤニヤと視線を送ればまた目をそらされる。あえてそちらを見ないようにすれば、マサがこちらをちらっと見ては目を逸らしているのが視界の隅でもよくわかった。
「じゃー行こっか」
「どこ行くんですか」
「んー、決めてなーい」
ふふ、とマサの笑い声が漏れる。
「じゃあ、僕のメガネ選ぶの手伝ってくれませんか」
「お! いーね、行こ行こ〜」
手を握ったり腕を組んだりしたらお説教スイッチが入るだろう。せっかくのデートなのだからそのたくましい腕の感触を楽しませてほしいとは思うが、あんまりやりすぎると一緒に出掛けてくれなくなってしまう。
引き際が肝心、ヒナは学んだ。
でもちょっとだけ、いつもなら照れるぐらい真っすぐに向けてくれるはずの視線がないのが寂しい。こっそりちょっかいを出すタイミングを狙っていよう。