ひよすが SSひよすが千百バディ、キャラシ製作時にDMでしてた会話を使って「出会ったその日」を出力してみました。
二年前の出会いの話なので卓のネタバレはなし。ハイパークソネガティブ野郎と底なしのポジティブガールがバディを結成するまでの話。
■日和さんは一緒に二卓通過したり学パロ妄想のスレにて話してくれたことを元に私の脳内で錬成された二次創作です。
■百古里は現実逃避の方法として読書を選び、特に推理が気に入り、ホームズよりもワトソンに憧れていたという経緯があります。(ヤカラファッションのルーツについて書いたSS参照: https://fusetter.com/tw/YSdDhCqW )
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まかろ:
日和ちゃんに声をかけられたすがり「ひぃいい!!!! ぼ、ボクは悪い人間です! 近づくと後悔しますよ!!!」
↓↓↓
「実は…… 就活に失敗しまくっていて…… 苦手なんです、主体性を求められるの」
「出世したいか聞かれたら、すぐいいえって言っちゃう……」
「ボク永久にヒラでいいんですうううううっっ」ぐすぐす
っていう幻覚見えた()
なゆちゃん:
よし、うちにおいで!
うちの助手になってよ!
それですがりの就活は終わりね!!
って感じで拾ったかもしれない。
名コンビの誕生です!
まかろ:
ひえっ……!??????
あの、千浦さん、ボク適性ないと思いますよ!?
って始まる名コンビ〜〜〜!!!!!
二年くらいいる計算になるので千浦さん呼びから日和さん呼びにはもう変わってるな!
なゆちゃん:
んんんんんんっ!!!
すきっ!!
あたしのが年下だけど、最初からすがり呼びしてたわ
まかろ:
絶対最初からすがり呼び、こんな見た目チンピラのでかいやつに怯まない日和ちゃん
なゆちゃん:
もっとしゃんとしなさいよっ!(背中バンッ)
すがりが良い奴なのはあたしが良く知ってるからいいのよ!
こんな感じかなぁ??
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■SS本編
三月も半ばを過ぎ、気候は着々と春へ向かっている。そんな中、青羽根百古里は日を追う事に途方に暮れていた。
受からない。今日も受からない。鳴り響く着信音に期待するのも疲れてきた。ほとんどが家族からだし、知らない番号もどうせ丁寧なフリをしたお祈りだ。メールボックスに新着メールがあるが開く気が起きない。お祈りか、そうでなければ迷惑メールだ。
一体何人に祈られれば健闘が実り、活躍できるのだろうか。そんな未来はテンプレ通りに祈る人達が勝手に作った共同幻想なのではないか。もうじき三桁だ。実家を出るためには人間社会に溶け込んで就職するほかないというのに、日に日に人生から選択肢が消えていく。
本当にどこにも百古里を必要とする会社などないらしい。随分昔に言われた『視界に入るだけで迷惑』を確認して回る作業のようで苦痛だ。やっとあまり気にしないようになったのに、過去の消したい記憶が蘇る。
ーー笑い方が気持ち悪い、声が変、歩き方がおかしい。そういう点で、自分は人間以下なんだっけ。
自分にたったひとついい所があるとしたら、『ウドの大木ってどういう意味?』と聞かれた時にこれ以上ないほどの具体例として提示してもらえることだろうか。自分で言っておきながらあまりに卑屈すぎてため息が出る。
もう少し就活向けに前向きな言い換えをすると何が長所だろう。人より秀でているのは物理的に身長だろうということしか思いつかないけれど、ここまで高いと邪魔だし威圧感がすごい。綺麗な顔とコミュニケーション能力を持った人間ならこの身長をカバー出来るだろうが、あいにく百古里はただ大きいだけの陰気な根暗なので近寄り難さが加速するだけだ。
電球くらいは取り替えられるし高い棚の本も取れるから、もうそういう雑用係を永遠にやっていてはいけないだろうか。面接は三時からだ、今日こそこの地獄が終わって欲しい。
面接が終わって少し気持ちに余裕ができたので不在着信とメールを確認すれば、不合格通知は累計で記念すべき三桁の大台に乗っていた。薄っぺらな祈りは三桁集まっても特に効力を発揮しないことが実証された。面接も明らかにダメそうな手応えだったし、やはりどんなに探しても百古里に『普通に』生きていくルートは無いのだろう。
食事をする気も起きず、学校に寄る気にもなれず、家になんてもっと帰りたくない。夕暮れの町を彷徨い疲れ、座りたいがために行き先を決めず電車に乗る。満員で暫く座れなかったので適当に降りて歩き、別の路線に乗り換えて座る。ぼんやりしていたら終点まできてしまった。
駅から出て閑散としたカフェに入って軽食をとったものの、狭くて隣の席との距離が近いのが嫌になってすぐに出た。誰もいないところに行きたい。
人の顔を見たくない。人の声を聞きたくない。有象無象の人間たちは何を考えているかわからなくて怖い。知っている人間は悪意を向けてくるから怖い。怖いものからは逃げればいい。安息の地なんてどこにもないけれど、こうも落ち込んでいる日は物理的にも精神的にも逃避するに限るのだ。
どこをどう歩いたか分からないが、気づいたら繁華街の路地裏で百古里はリクルートスーツのまま座り込んでいた。
「帰りたくない……」
呟いてしまえば本当にそうとしか思えなくなってしまった。華やかな光の溢れる繁華街から切り取られたようなこの路地裏は少しだけ居心地が良かった。きっと誰も来ない。ずっと居てもいいかもしれない。
GPSで現在地を調べると、家から一時間半もかかる遠い街にいることがわかる。思いのほか気合いの入った放浪になったが、どうせ明日も祈られるだけの一日だ。昼の面接に間に合えばいいので何とかなるだろう。
携帯には家族から不在着信とLINEが二桁ずつくらい入っているが、百古里は確認せずに端末の電源を落とした。今頃家では姉ふたりと妹が『誰がいちばん早く百古里から既読をつけられるか』で競っているのだろう。二桁の通知も、そのほとんどが勝負で勝とうと試行錯誤する彼女らのスタ爆だ。このところ毎日そうなので見なくてもわかる。
高いビルの隙間からは空が見えない。うっすらと届く繁華街の喧騒は安っぽくて馬鹿らしくて、あれに迎合して生きていくなんてやっぱり無理だと百古里は思う。人間社会が全体的に向いていないのはもう仕方ない、性分だ。
これまで何度死のうと思ったかわからないが、194cmの体躯を納めるための棺は特注になると聞いて踏ん切りがつかないでいる。死んだ後にまで迷惑な存在であり続けるのはあまりに救いがないし、原型が無くなる死に方は痛いから嫌だ…… が、そうか、自分が存在しない世界のことなんて考えてどうするのだろう。息を止めたらもう関係ないではないか。
「来世なんかないといいなぁ」
あるとしたらせめて生きていくのにスペースを取らないミジンコやミドリムシがいいなと思いながら、電源を切った携帯を見つめる。一人でどこででも生きてゆける力があれば、とっくにそうしている。対人関係に難がありすぎて結局家族に生かしてもらうしかなく、そんな自分が心底惨めだし嫌いで仕方ない。
動く気力が湧かずに座り込んだまま何時間経っただろうか。身体が冷えてきたのでさらに動きたくなくなる。繁華街のおそらくカラオケ店あたりから聞こえてくる軽薄なポップスを聞くともなしに聴きながら、今頃家で帰りが遅いと騒いでいるであろう姉妹たちを思う。悪い人たちではない、たぶん。距離が近すぎるだけだ。けれど家に家族がいると思うと重い腰が上がらない。働き詰めでいつも疲れている父、細かくて心配性の母、そして騒々しい姉妹のひしめく家はたぶん局地的に酸素が薄いのだ。
ふと聴覚に足音を捉え、顔を上げる。繁華街のほうから、軽やかな足取りでこの路地裏に飛び込んでくる小さな人影がひとつあった。人影は誰かを呼ぶような仕草をして、路地裏の資材やガラクタの隙間を覗き込んでいる。
「……か! もなかー!」
耳をすませばそう聞こえた。もなか。ペットの名前だろうか? にんげんにそういう名前をつけるのかどうか百古里には正直わからない。
足音が近づいてくるので百古里は慌てて顔を伏せる。黒のリクルートスーツはきっと夜闇によく溶けるだろう。黙っていればこんなところに人がいるなんてわからないはずだ。
けれど、近づいてきた足音は目の前で止まる。
「あのーっ、お尋ねしたいんですが!」
よく通る若い女の子の声だ。こんな薄暗い繁華街の路地裏で、こんな得体の知れない男によく声なんてかけられるなと思う。
百古里は素で目つきが悪いから顔を上げるだけで怖がらせることはできるだろうが、大声は出されたくない。黙って気付かないふりを決め込もうとすると、彼女は遠慮なく百古里の肩を揺する。
「ねーえっ! ご休憩中すみませんーっ!」
遠慮もなければ容赦もない。思いのほか強い力で揺さぶられ、顔を上げるしかなくなる。
「ひ、ひえ、なんですか……」
「この子知りませんか?」
はきはきと歯切れよく喋る少女を見上げる。彼女は一枚の写真を百古里に差し出して笑っていた。快活で華奢な少女だ。ひょっとするとまだ高校生かもしれないが、こんな時間に出歩いているのだし大学生の可能性の方が高いだろうか。
「知りません……」
「見る前から諦めないでよ!!! とりあえず見て!」
「ひい……」
なんて勢いだ、と思いながらずいずい差し出された写真を見る。暗がりでもよくわかる真っ白な毛並みの可愛い猫だ。特徴的な模様の首輪をつけている。
「三日前から行方不明で、最後の目撃証言はこの繁華街なんです。見てないですか」
「わかりません…… ここ通るの初めてなんで……」
「え!? 客引きの人かと思った」
「そ、そうですか」
初めて言われた。暗闇補正とスーツの効果だろうか。
客商売ができる人間だと思われたことが少し自尊心を癒した。どうやら百古里は本当に心の底から人生に疲れているらしい。ガラの悪い職業に間違われて前向きになるなんて自分でもイカレていると思う。彼女だってきっと悪口のつもりでこう言ったのだ。
「客引きじゃないなら何やってる人なんですか?」
「しゅ、就活中です……」
「じゃあタバコ休憩で地べたに座ってたわけじゃないのね」
なんでこんなところに座り込んでいるのかと、まさか体調が悪いのかと、飲みすぎたのかと、彼女にフラれでもしたのかと、ギャンブルで大失敗したのかと、そうでないならなんなのかと、矢継ぎ早に聞かれてしどろもどろに受け答えをする。しかし答えても流しても彼女の会話が途切れないので、百古里は意を決して彼女を手でさえぎった。
「あ、あのっ…… ボクは悪い人間ですよ! 近づくと後悔しますよ!」
精一杯遠ざけようとしたのに、普段人間と関わらなさすぎるせいで拒否の語彙があまりに少なかった。なんて間抜けで情けない拒絶なのだろう。
一瞬の間があり、目の前の少女は見る見るうちに表情を綻ばせる。
「……ぷっ! あははは!」
路地裏一帯に響き渡る声で笑い出す彼女を止める言葉を百古里は持っていない。恥ずかしくて死にたいと思いながら俯いて、膝を抱えて縮こまる。早く去ってくれ。
「全然悪そうに見えないじゃない、いいひとね」
柔らかい声が降ってくる。この人は何を言っているのだろう。
「ねえ、名前は? 私は千浦日和!」
「青羽根、です……」
「下の名前もよ」
「……す、百古里、です」
「ふうん、珍しい名前! いくよすがり、ほら早く立って」
「ひえ!?」
「返事!」
「はっ、……はい」
差し出された手を取るのを躊躇すると問答無用で腕を掴まれ、縺れる足で立ち上がる。
明るい街へと手を引かれ、ネオンの醜悪な色彩の渦に飲まれていく。百古里の喪服のようなカラーリングのスーツに鮮やかでうるさい色たちが点る。先をゆく楽しそうな千浦日和は華やかな灯りを纏い、振り返って天真爛漫な笑みを百古里に向けた。
夜の底で静かに息だけしていたかったのに、その息すら止まるものなら止まってくれてよかったのに。
何がどうなってこんな状況になっているのだろう。力では圧倒的に有利なはずなのに、どういうわけかこの少女を振り払えない。自分はこのまま、一体どこに連れ出されるのだろう。
とはいえ辺りを見渡せば、少し頭も冷える。スーツ姿の姿勢も目付きも悪い大男と小柄な少女の組み合わせはどう見ても犯罪っぽいし、実際すれ違う人は振り返ってひそひそ何かささやいている。通報される前に逃げ出したい。普通に歩いているだけで職質されるのレベルの怪しさを自覚しているのに、この状況は明らかにまずい。
「あ、あのう、ボク帰ります。すみません、離していただいても……?」
「どうして? もなかの捜索はまだまだこれからよ」
「えっと…… ボク、そんなに目も良くないですし、なんで」
「目が悪いなら、どうして眼鏡に度が入ってないのよ? ふっふっふ、探偵をナメないで」
そう得意げにしている少女を思わず見下ろす。
探偵。
よくて大学生ぐらいにしか見えない、自分より年下であろう女の子がこの現代日本で探偵をやっているなんて。そしてそんな人が、探偵やその助手に憧れる百古里に興味を持つなんて。そんな奇跡があるだろうか。
「探偵さん、なんですか」
「そうよ! 事務所を持ってるわ」
「……すごい」
「もっと褒めていいのよ!」
褒めたい。すごい。けれど語彙がなくて悔しい。憧れの職業の人間だと思ったら、補正が入って少し彼女への怖さが薄れる。
けれど、足が止まる。よく考えるべきだ。
無邪気に笑っているその姿は、百古里が憧れた本の中の気難しい探偵たちとは程遠い普通の可愛い女の子だ。この人はたくさんの人に愛されて、必要とされて、陽のあたる世界で堂々と生きている人だ。百古里とは住む世界が違う、存在するのを世界に許されているタイプの人間じゃないか。
それを自覚すると、これは奇跡でも幸運でもなくニッチな特殊詐欺であるという方向に気持ちが固まってくる。
「あのう、ボク、ほんとに…… 帰らなきゃ」
「ポケットから定期でてるわよ。その駅まで行ける最終電車はもう出たわ」
「えっ」
先程慌てて立ち上がった時に後ろのポケットから半分だけ定期入れが出ていたらしい。気づいていなかった。気まずくなって鞄に入れ替える。履歴書と財布しか入っていない薄い鞄を閉じて、まだ掴まれたままの腕を見下ろす。困った。
「どこに帰る気なのよ?」
「いっ、今からホテルに行くとこでした、チェックインとかあるのでそろそろ…… ええと……」
遠慮がちに振り払おうとするが、どうもこの人は楽しくなってしまったらしい。効果がなかったどころか、鞄を持った方の腕まで掴まれる。
「見え透いた嘘ね! 鞄がぺたんこよ。泊まりなのに下着や剃刀を用意しないなんてことはないでしょ」
「っ、……た、たまには、忘れることくらいあります」
「そう、『たまには』ね。ふうん、泊まり慣れてるなら尚更よ。几帳面だもの、すがり」
「ひえ…… なんでそんな。ボクはものぐさで雑です……」
「ものぐさな人は鞄の中身もっとぐちゃぐちゃよ。雑なら書類をファイルに入れないわね」
鞄を持っているほうの百古里の腕を目線の位置に掲げ、千浦日和は得意げに笑う。だめだ、百古里はもう失言しかしない。黙り込むと彼女は百古里の腕を離し、嬉しそうにその琥珀色の目を輝かせる。
「さあ、参った? 参ったわよね? これでわかったでしょ、これが私の実力!」
「完敗です……」
百古里に見えていないと思っているのか、こっそり小さくガッツポーズしている探偵を見て警戒心は和らぐ。どうもこの人に悪意はなさそうだ。
観察力と推理のセンスは確かに本物だと百古里は思うが、本物の探偵を見るのが初めてなのでこの感覚はあてにしてはいけないと思う。
それでも、
「手伝うでしょ?」
そう言いながら純粋な楽しさを滲ませた目で見上げられたら、無下に出来ない。もし職質されたら彼女を無事にお家に返してあげて下さいとでも言って離れようか。怪しいものはひとつも入っていない鞄と財布を差し出せばだいたいすぐ終わるのだし。
「あ…… は、はい……」
「ほら、気分転換だと思って! あんなところで座り込んでいたら怖いお兄さんに絡まれちゃうよ」
「あのう、ボクは怖いお兄さんに該当しないんですか……?」
「しないわね」
即答だった。怖くないと言われたら嫌な気持ちにはならないが、彼女の倫理観をやや疑ってしまうのは否めない。百古里はどこからどう見ても194cmの目つきの悪い挙動不審な男だ。警戒される要素しかない。
「すがりは丁寧だし、乱暴に振り払ったりしないわ。怖くないわよ」
「そんなの、演技かもしれませんよ」
「私の目を見て同じこと言える?」
「……言え、ません」
千浦日和から目を逸らす。嘘は苦手だ。それ以前にコミュニケーションが苦手だ。こんな自分が言葉で誰かをやり込められるとは思っていない。
「あはは! すがり、正直でいいわ!」
どきっとする。
思考が停止して目の前のものごとをうまく処理できない。ついでに呼吸も忘れていることに気づく。
じわじわと胸が温まっていくのに合わせて百古里はやっと深く息を吸う。この夜の排気ガスにまみれた空気を、一生忘れないだろうと思った。
これまでほとんど誰にも必要とされてこなかった。社会だって少なくとも百の企業は百古里を不要だと結論付けた。自分のいいところなんかかき集めたって出てこないし、それでも無理やり絞り出して良いと言えるとしたらそれは無駄に高すぎる身長ぐらいだと思っていた。
卑屈な心をさらけ出すことを『正直でいい』と、冗談でもそう言ってくれるような人に初めて出会った。
「あの……」
「なあに?」
「実は…… ボク、就活に失敗しまくっていて…… 苦手なんです、主体性を求められるの」
この人になら自分のことを話してもいいと、百古里は判断した。うっかり心を開いて、その末にまた傷つくことになってもいい。それでもいいから、このまたとない幸運に縋りたい。
ゆきずりの探偵に身の上を相談するモブになれるなんて、これ以上の偶然はもう二度と掴めないのだから。
「ボク、千浦さんが言うように、正直なので。出世したいか聞かれたら、すぐいいえって言っちゃう……」
「あはは、いいじゃない。嘘ついて騙して入社するよりよっぽど誠実よ!」
「……ふふ。永久にヒラがいいんです。人の上に立つ自分を、想像できなくて……」
聞かれるがままに家族構成や大学の話もする。人間が怖いのも、子供の頃からあらゆる人と上手くいっていないことも、全て洗いざらい話してしまう。千浦日和はよく喋る女の子で、妹のきさみと同い年の二十歳であることがわかる。
人間とこんなにコミュニケーションを取ったのは生まれて初めてなんじゃないかというぐらい色々質問をされた。そして百古里もこの無邪気で愛らしい探偵のことをもう少し知ってみたくなって、失礼でないだろうかと怯えながらも珍しく質問をする。
物心ついた頃から探偵に憧れていたと彼女は言った。百古里は嬉しさを隠し切れずに、自分は助手のほうに憧れているのだと話した。
言いながらこれだけは言わない方が良かったかもしれないと後悔したけれど、クラス中に馬鹿にされたその夢を、千浦日和は決して笑わなかった。うっかり百古里にも笑みが浮かびかけ、慌てて殺す。
久しぶりに話しすぎて喉が痛くなって黙ると、小さな探偵様は『何遠慮してるのよ』と百古里の背中を叩いた。
「いえ、あの、……沢山話すの、久しぶりで。喉が」
「何よそれ! あ、じゃあなにか飲まない?」
「もなかはいいんですか」
「休憩よ! 温まらなきゃ」
そう言われてカフェやファミレスにでも連れていかれるのかと思ったら、探偵はこれ以上の名案はないとでも言う顔で百古里にこう言った。
「よし、うちにおいで!」
「え?」
もちろん素で聞き返した。
聞き違いでなければ『うち』に来いと言われた。文脈を正しく理解していればそれはこの探偵が経営する『千浦探偵事務所』で合っているはずだが、いきなりパーソナルスペースに踏み込む勇気はない。
「あっ、あのう、ボクは平気です……」
「手、冷えてるじゃない。一緒に帰って暖かいところで作戦立てるわよ」
「い、いえ、部外者が事務所にまで入り込むのは……」
「部外者じゃないわ。すがり、私の助手になってよ! それですがりの就活は終わりね!!!」
耳を疑った。この人は本気なんだろうか。散々ダメ人間ぶりを発揮したこの会話のどこを気に入ったら百社に拒否された内定がぽんと出るのだろう。
「え、……待ってくださ、え? いや、ボク、そんな適性、きっとないですぅ……」
動揺してうまく言葉が出てこない。そんな百古里を後目に、小柄な探偵様は晴れやかに笑う。
「やってみなきゃわかんないわ! さっき助手に憧れてるって言ってたじゃない」
「だ、ダメですよ。あれは本の中だから、探偵もボクも生身のにんげんじゃないから成立するんですぅ……」
「ダメなわけないじゃない。大丈夫よ」
「や、やってみて、話にならないくらいダメだったら…… 全然、使えなかったら……っ」
ばし、と背中を叩かれる。温かい手のひらはそのまま、百古里のスーツの背中を撫でた。布越しに感じる小さな手の柔らかさに驚いていると、彼女は勝気な笑みを浮かべて百古里を覗き込む。
反射的に避けようとしたのに、澄んだその目に射抜かれたように体の動きが止まった。
「大丈夫よ、すがり」
目を見て繰り返されたその言葉が甘やかに胸に染みた。まるで呪文だ。彼女の『大丈夫』には、お祈りの軽く千倍は効果がある。それはもはや即効性の劇薬で、卑屈な疑念や彼女を信じることへの迷いは即死した。
次いでじわじわと湧いてきた根拠のない希望は持続性の麻薬のようだ。圧倒的に人をおかしくさせる何かだ。
冷静に考えたら絶対に逃げるところなのに、百古里は頷いた。『大丈夫』であるならば、この出会いを意味のあるものにしたくなった。これまでぱっとしなかった人生に、やっと安寧が訪れるとしたらそれは今だ。何の根拠もないけれど。
小さく頷くと彼女は満足そうに立ち上がった。百古里が遅れて立ち上がる頃には既に歩き始めている。行動力とコミュニケーション能力の塊みたいな人だ、頼もしい。
「よろしくお願いします、千浦さん」
囁くような小さな声で、きっと聞こえていなくても百古里は言葉にする。口に出したら戻れない。いや、あんな暗澹とした日々になんか戻らなくたっていい。久しぶりに心の底から楽しいのだ。たまには大嫌いな自分を信じて、謎の希望に縋ってみてもいい。
笑ったら気持ち悪いと思われてしまうので浮かぶ笑顔を頑張って殺す。少し先を軽やかに歩く百古里の相方はそれに気づかない。無意識に歩けばすぐ追いついて追い越してしまう体格差を気にして、百古里はゆっくり歩いた。
この人の役に立てるだろうか。この人が望む能力を発揮できるだろうか。無二の親友のように、家族のように、けれどそのどちらとも違う『助手』への信頼を向けてもらえるようになるだろうか。それはまだわからない。
確かに言えるのは、この先何があっても、この日与えてもらった役割は永遠に忘れられないということだ。いつか解雇されるその時まで、ずっと傍で役に立ちたい。それが百古里の新しい夢で、千浦日和との関係こそが誰にも奪えない百古里のたったひとつの誇りなのだから。
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ハイパークソネガティブ野郎の百古里に、彼のたったひとつの誇りである「千浦日和の助手」というアイデンティティが生まれた日。百古里の人生が変わった日。
日和さんとなら何処へでも行くし、なんだってする。
日和さんが大事にしてくれるから大嫌いな自分を少しずつ好きになってきた。
日和さんがたくさん笑ってくれるから、笑いなさいよってそう言ってくれるから、楽しい時には笑ってもいいんだと思えるようになった。
表現はまだ下手くそだけど、楽しい時には楽しいって言える人生になった。
彼女の指示が何よりも嬉しい。どんなことであれ、百古里を選んで、百古里にそれが出来ると思って頼んでくれるというのが嬉しい。
そんな日和さんの声が聞こえなくなる心因性難聴、心細いね〜〜〜
導いてくれるのはいつも日和さんなのにね。
大事な日和さんが隣で明らかに様子がおかしい笑い方しててもなーんにもできないんだよ。
焦れば焦るほど何も聞こえない、目の前の情報を処理しきれない。どうにかしなきゃと思うほど視界の情報がショッキングすぎてキャパオーバーして聴覚の情報をシャットアウトしてしまう。
前もそうだったよね……幻覚によって全てのものが有象無象の「にんげん」にしか見えなくなって日和さんを見失うの。
正直に言う。発狂によって日和さんのこと認識できなくなるの美味しいーーー!!!!!(クズPL)