無期限「え、僕恵とずっと一緒にいられない!??」
僕が恵への気持ちを自覚したのは、いつまでも恵と一緒にいられるわけではないという現実を悟ったときだった。
言うまでもないが、僕と恵は10年以上の付き合いがある。ただ改めて考えると、その年月は恵の人生の半分以上だし、そして僕もまた、大人になってからの人生はすべてあの子と一緒に過ごしてきたわけだ。
だから僕、あとたぶん恵にとっても、僕たち二人が一緒にいるのは、自然で当たり前のことだ。
もちろん仕事のことで、毎日会ってるわけではないが、いつでも恵に電話できる(そして恵がイライラしながらも必ず出てくれる)し、その気になれば瞬間移動でも恵のところに飛べる(そして何時になっても恵は僕を入れてくれる)と安心している僕がいる。とにかく、声が聞きたいとか顔が見たいとか本気で望めば、お互いのそばにいられるということだ。
しかし、恵が呪術高専を卒業したら、僕たちは教師と生徒ではいなくなる。それは別にいい。僕が教師になるずっと前からも、僕たちは「師弟」のような関係を持っていたから。
クソ呪術界をリセットするという夢をなんとなく持っていたが、それを実際に実現できると本気で思ったのは、子供の恵と出会ってからだ。
そう、あの子は僕に希望を与えてくれた。教師なんて向いていない僕に、恵がしっかりと付いてきてくれた。本当に賢い教え子だ。
だが、恵が正式にプロの呪術師になったら、彼は高専に行く理由がなくなるし、僕と稽古したり、一緒に時間を過ごしたりする義務もなくなる。あちこちで任務をこなしていく。僕の知らない場所と時間に、僕の知らない誰かと……。
「当たり前でしょう、何言ってんの。伏黒はもう子供じゃない。あと数年も経てば、結婚でもして自分の家族を持つとかはありえる話だよ」
「け、けっこん?恵は結婚するの?」
「まあ、伏黒がたとえ興味はないと言っても、禪院としては子作りは促されるでしょう。君も五条なんだから、一番分かってるんじゃない?」
「でも僕、見合いとか全部断ったし、誰とも結婚なんかしないよ」
「そう。でもそれは君ね。伏黒は違うかもしれないよ」
硝子はただ、事実を言っているだけだ。それなのに、なぜそんなことを今まで考えなかったのかと不思議に思った。
恵とずっと一緒にいられるのは当然なのだと、なぜだかそう信じて疑わなかった。
そういえば、恵が18歳すなわち成人になったときも、あの子の保護者の肩書きがなくなったことに対しては、心の中でなにかの寂しさを感じた。
「…それはちょっと、なんかいやだ…」
自分から出た声は思ったよりも弱々しかった。
「でしょうね」
硝子は僕に向かって意味深な笑みを浮かべた。
「君はずっと、あの子のことを、とっても大切にしてたもんな」
なんとなく、硝子のその表情が気に入らなかった。僕の知らないことを知っているかのようで、なにかを見透かされているような気がした。
眉をひそめながら友人をじっと見つめる。
大切、たいせつ、ね……。
そう。僕、恵、津美紀。
僕たち三人の関係を言葉にするなら、『家族みたい』なもんだと思う。
自分は思ってた以上にあの姉弟に愛着を持っていた。
小さな食卓を囲んでシンプルなご飯を分け合ったり、近くの激安スーパーで買い物をしたり。恵が宿題をしているところを邪魔したり、喧嘩がひどくなると二人で津美紀に叱られたり。スケジュールが合えば保護者として姉弟の学校行事に参加したり、小さくて薄い布団の中で一緒に寝たり……三人で過ごした日々を、幸せで愛おしく思っていた。
常に多忙だった僕は、埼玉の古いアパートに帰れるわずかな日を楽しみにしていた。あそこなら、僕は最強の呪術師ではなく、ただの五条悟でいられたからだ。
恵と津美紀。二人のことは大切で、好きだった。
でも、もし津美紀が誰かと結婚するとなったら、彼女の白いドレス姿を見たいし、なんならバージンロードを喜んで一緒に歩きたいとも思う。
でも、恵のこととなると、なんだか…違う。
しっくりこないというか、納得できないというか。
今想像しただけでお腹のどこかがムズムズする。
こんなもやもやする心の底から「結婚おめでとう!」なんて…恵には絶対に言えない。
僕は、これからもずっと、恵のそばにいたい。
恵とずっと一緒にいられるのは、僕がいい。
思わず深いため息をこぼした。
恵だけに感じる特別な気持ちの正体、硝子の笑顔の意味もなんなのか、なんとなくわかった。
「硝子…僕、やばいかも」
目隠しを外して、じわじわと熱くなっていく顔を両手で覆うと、硝子の楽しそうな笑い声が医務室に響いた。
「耳まで赤くなってる五条、初めて見たわ」