時計泥棒 犯行声明はただの一言だった。実にシンプルで端的なものだから、かえって深い意味があるのではと邪推してしまうくらいだ。青年は昨晩買い足したばかりのコーヒーを淹れながらふと空を見た。青の絵の具を隙間なく塗って、その上に白いペンキをぶちまけたみたいな空だ。あれは積乱雲というやつだろうか。雲に詳しくない彼はそんなことをぼんやりと考え、頭の中の雲を払うためにコーヒーに口をつけた。
「時計を見ろ」
呟いて、時計を見た。一人暮らしの狭い家の中、テレビの前に置かれたデジタル時計を見る。
そこにはなんの数字も、アルファベットも浮かんではいない。
「時計を見ろ」
犯行声明はただの一言だった。
その日から時計はただの置物になった。
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