ドラマのオファーで揉めてるユキモモ「ドラマ主演のオファーが来てます」
次の現場へ向かう移動中。岡崎凛人は自身が運転する車の中で、後部座席に座る百へ一冊の企画書を手渡した。相方の千は別仕事で台場にいる。
「移動中に確認お願いできますか」
「オッケー!」
百宛のドラマオファーはワンクールぶりだ。主演となるとまた随分間が空いている。Re:valeのドラマ事情で言うと前シーズンは千主演のミステリーがスマッシュヒットし、SNSでの考察合戦が話題となった。早くも続編化が決まっている。
「恋愛もの? モモちゃんそーいう需要ってまだあんのかにゃ? 高校生役はもームリだよ?」
にゃはは、と八重歯を見せて笑いながら企画書を受け取る。その無邪気な様子に、岡崎は即座に力強く返した。
「いけますよ! 十分!」
以前、TRIGGERが独立した際に百が高校生役で出演したドラマも好評だった。マネージャーの贔屓目かもしれないが、百の見た目は事務所入りした頃からほとんど変わらない。むしろ今の方が健康的で、笑顔のバリエーションが増えた分さらに若く見える。二十代のうちはまだまだ十分通用する、と岡崎は確信していた。
パラパラと紙をめくる音が響き、バックミラー越しに百を見やると、大きな瞳が左右に動き、真剣な表情で文字を追っていた。いつも笑顔が印象的な百だが、こうして鋭い眼差しをしている時はまた違う魅力がある。
小さな顔立ちにバランスよく収まった端正な目鼻立ちは“ライブハウスの人混みの中でも”際立っていた。初めて百を見た時、千や万理に彼の事を尋ねた自分の審美眼は間違っていなかった、と今でも思う。トップアイドルRe:valeの百。相方と並ぶその非凡な容姿は本人が謙遜するほどだが、岡崎から見れば誇りだ。
「へー、面白いね!」
「どうでしょう? 百くんの単独主演でのオファーです。挑戦する価値はあると思います。原作漫画も人気で……実写化なら百くんがいい、という声も多いようですよ」
「え、そうなの おかりんがそこまで言うならスケジュールも大丈夫なんだね? じゃ、受ける方向かな……あ、待って、この件ユキは知ってんの?」
「千くんにはまだです。まず百くんの意見を伺おうと」
岡崎にはある予感があったため、千に話す前に百へ企画書を渡した。放送枠もスポンサーも条件の良い作品だが──。
「んー、そんじゃオレから話してみよっかな! Re:valeのイメージもあるし、ユキに内緒では決められない。今夜会えそうだから、その時に! 返事はいつまで?」
「来週頭までには欲しいそうです」
「りょーかい! じゃ今日の現場も頑張ってこー!」
元気よく笑う百に、岡崎は少しだけ罪悪感を覚えた。
──百くん、ごめんなさい。喧嘩しても、すぐ仲直りしてくださいね。
*****
「おかりん」
「はい」
「おかりん」
「はい」
「なんで、あんな仕事請けてきたの」
翌日。千の部屋へ迎えに行くと、案の定“朝だから”以外の理由でも不機嫌な千がいた。隣には頬を膨らませた百もいる。
「あんなって酷くない 久々のオレ主演ドラマなのに! なんでダメなんだよ!」
「話は車で聞きますから、お二人とも乗ってください」
「おかりん」
「はい」
名前を呼ばれるたびに岡崎はため息をついた。やはり喧嘩中らしい。しかも自分にまでトバッチリが飛んでくる。元々美しい千が不機嫌だと冷たさが際立つ。こういう表情が画になることをマネージャーとして喜んでいることは内緒だ。近頃は優しい先輩のイメージもついてきた千だが、やはり華があり迫力のある役が魅力的で、かつての大物俳優のように視線だけで銀幕で戦えるから世間も評価するのだと岡崎は思う。
「僕は反対だ」
ピシャリと断言され、車内に緊張が走る。
「なんでだよ!」
「モモが変な目で見られる」
「ユキ偏見持つ人なの 変って何だよ、そういう時代だよ!」
「僕は反対だ、モモ」
「ユキのわからずや! ウッ……そんな顔して見てもゆ、ゆるさ……イケメン……♡」
「百くん、顔で許しちゃダメですよ」
後部座席のやり取りから、岡崎はおおよその状況を把握した。
「おかりん」
「はい」
「僕は反対って言ってるだろう」
ミラー越しに鋭い視線が飛んでくる。やはり千はこの案件を気に入らなかったようだ。
「ですが、条件も良くて百くんの好感度も上がると思います」
「モモに役のイメージがつく」
「つかないってば!」
「モモ、なんでそんなにやりたがるの」
「挑戦したいんだよ! ユキは心配しすぎ! 役のイメージって言うなら、ユキはハッカーで、大和はシリアルキラーで、オレは爆弾魔だってなるでしょ」
「大和くんはイメージついてるよね。怖い顔して飲料水に毒を混入しそうだし、札束渡してパチンコでスってこいとか言いそう」
「やめてあげて! それ役のイメージ関係ないでしょ! 大和の名前出したオレが悪かった! 色々ごめん大和! 優しいの知ってるから……じゃなくて!」
「……モモ、大和くんに優しくないか?」
「論点そこじゃない! 大体ユキの方が大和に優しいじゃん オレ知ってるからね」
「お二人とも、よそ様の事務所の方をダシにしないでください」
やはり揉める。予想通りだ。というのも、この主演作は──いわゆる“ボーイズラブもの”なのだ。
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平凡なサラリーマンの主人公と、その主人公に想いを寄せる王子、そして謎の男とのピュア・トライアングル・ラブストーリー。
主演(仮):百
王子役(仮):六弥ナギ
謎の男役(仮):八乙女楽
主人公は交通事故で命を落とし、目覚めた先の異世界で闇オークションにかけられる。そこで王子に落札され、返済のため仮の恋人契約を結ぶが……そこへ謎の男が現れ、『そんな契約忘れろ、俺と逃げよう』と囁くのだった──。
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「設定盛りすぎ。人身売買のどこがピュアなんだ。そもそもサラリーマンが急に死んで転生する意味がわからない。事故起こした人も残された人も嫌な気分になる」
千が眉を寄せて非難する。岡崎がなだめようとするが、百は興奮気味に話を続けた。
「それはそういうジャンルなの! でもピュアラブだったよ! この三人は実は前世からの縁で……ずっと一緒にいようって約束してたんだ……買ってスマホに落としてるけど読む?」
「百くん、最後まで読んだんですか?」
「あ、ごめん、まだ。王子の国で強いお酒飲んで眠ったとこで、ユキ帰ってきて話してたから」
「そこまでで十分。多分そこから先は映像化されない。僕は読んだよ。モモがふて寝から本気寝した時に」
──原作は、心理描写の濃さや衝撃的な展開でSNSを席巻した話題作だ。アニメ映画化もされ、業界でも評価が高い。そして満を持しての実写化で主演は百。話題性は抜群だった。
「この主人公、モモっぽいって言われてるんでしょ? 全然似てないし、なんでモモが性的虐待に遭うんだ」
「せっ……」
「千くん、言い方……虐待じゃないです、愛です」
「あっ……愛、え、どういう……」
作中には性的な描写もあり、それも人気の理由の一つらしい。
「とにかく。キャスティングも納得いかない。ナギくん未成年だし、ベッドシーンなんて小鳥遊さんが許すわけない。楽くんなら慣れてるだろうけど、なんで楽くんに抱かれるモモを見なきゃならないんだ……」
「ナギと楽 超絶イケメンに囲まれるオレやばい! 困っちゃう〜」
「はぁ モモ? おまえね、鏡見なさい。酷い顔してるぞ」
「酷いって何だよ ユキみたいなイケメンじゃないけどモモちゃんはキュートだもん! 比べられるわけないじゃん! 酷い!」
「おまえがかわいいのは知ってる! 僕の話を聞いてたか」
「ハイハイ〜、千くんも百くんもラブリーでキュートでイケメンですから、喧嘩はやめましょうね〜」
その後も、二人の言い合いはあけぼのテレビ局に着くまで続いた。出演を止めたい千と、受けたい百。岡崎は想定していたが、千の反応が思った以上に強く肩を落とす。仕方なく、助けを求めてスマホで連絡先を探し──ある人物へラビチャを送った。
***
夜。
雰囲気の良いバーのカウンターで、髪の長い男二人が並んで座っていた。背の高さも手足の長さも目立つ二人だが、この業界御用達の隠れ家では特別浮かない。
大きな氷が浮かぶグラスと、アメジスト色のカクテルが軽く触れ合う。
「「カンパイ」」
甘い目元を悪戯っぽく細めた男が笑った。
「千、今度はどんなワガママ言ったんだ? 今日は百くんは?」
「……モモはギョーカイ飲みだって。今時危険だよね。やめてほしい」
長い睫毛を伏せ、不機嫌そうに隣の男を睨む千。呼び出した大神万理は、千の機嫌をとりあえず宥めるつもりでグラスを傾けた。
「百くんも合流できそうなら呼んでもいいけど」
「モモはいい。万に誑かされるモモなんて見たくない」
「誑かすって何だよ。また喧嘩か?」
「モモがイケメンに誑かされる仕事受けようとしてる。ムカつく」
「何いってんだ。そもそも百くんはおまえに誑かされてるだろ」
「はぁ? 万、日本語理解できてる? 僕はイケメンだけどモモには誠実に向き合ってるんだけど」
みたいな話です。