おやすみのキスはわたさない「カース、カース! おやすみのキスして?」
「おやおや、ホープ……君は本当に甘えん坊さんですね」
「だって、カースがここにいるってこと、ちゃんと感じたいんだもん。今日の終わりにキスしてもらえたら、夢の中でも会えるし……夢だけなのは、もう嫌だよ。朝もしてほしいな。起きたらまた、してくれる?」
「……わかりました。もう離れませんよ、ホープ」
「んっ……」
もう子どもではないはずのホープは、私の前でだけ──まるで失った時間を取り戻すかのように──幼子のように駄々をこねる。
人間は、眠る前に互いの身体を抱きしめ、親子は親愛のキスを交わすものだ。ホープは「子ども扱い」が嫌いなので、頬ではなく唇へキスを落とすようになった。だが最近は、大人同士のキスにも関心を寄せているようで、一抹の不安がある。
ただ唇を優しく重ねて、おやすみ、と頭を撫でていただけだったのに……「もうちょっと」「今のじゃわかんない」「僕のこと、子ども扱いしないで」などと、欲しがるものが増えていった。
私は厳しく育てたつもりだった。けれどホープに泣かれたり、悲しげな顔をされると弱くて、結局いつも折れてしまいがちだ。
この子に笑っていてほしいから、私はこの世界で生きる意味を知ったのだから、仕方がないとはいえ……
「カース……ん、ふ……っ、んむ……」
柔らかな唇の隙間から舌を差し入れ、そっと口内を撫でる。「今日はたくさん偉い人と喋って大変だったから、お口の中も褒めて!」などと、意味のわからない我儘を言って、舌を絡めるキスへと発展していったと記憶している。
よく喋る口の中に怪我がないか確かめるのは良いことだと思うし、何より、ホープの機嫌が良くなる。
口腔内を舌で撫でられることで、この子の自尊心が満たされるのだとしたら、それはそれでいい。
それに、人間の口の中の感触を味わうこと自体、興味深くもある。
今や私の体も人間のものだが、だからこそ、ホープの身体を壊さずに撫でてあげられるのは私にとっても嬉しいことで……そして、楽しいのだ。
上顎の凹凸を舌でなぞると、ホープは小さく震えた。くすぐったさと快感が入り混じったような反応が、いかにもこの子らしい。
よく動く舌に自分の舌を絡め、吸い上げてやれば、鼻から子猫のような甘い息を漏らす。
丸みを帯びた牙のような歯も、人間には珍しい。その異質さこそが、ホープの愛嬌を際立たせていると思う。
「ん、ふっ……んぅ、んっ……」
角度を変えながら口腔内を探ると、子猫が親猫を呼ぶような高い声がこぼれる。
甘えるような吐息が愛おしくて、丸い頬を撫でると、ホープは私にぎゅっと抱きついてくる。
(なんとかわいらしい……私のホープ)
もう大人になったというのに、いまだにこうして甘えてくるその姿は、なんともいえない甘やかさを私の内側に呼び起こす。
子離れできていないのかもしれない。だが人間の一生など、私にとっては瞬きのようなものだった。
ホープは私にとって、今も幼子のままなのだ。手放したくない、大切な存在。
できればこれからも──私にだけ、こうして甘えてほしい。
そう、私にだけ。
かわいいホープ。
私にだけであってほしい。
この得体のしれない感情は、ホープと過ごす中で芽生えたもので、その正体はいまだにわからない。
ホープが笑っていれば影を潜めるのに、悲しい顔を見せたり、私に甘えてきたりするたびに、どうしようもなく強くなる。
人間の感情はもう理解できたと思っていた。だが、こうして人の体を得て、自分自身で味わうとは……。
この感情が何という名を持つのかは、まだ知らない。
だが確かなのは、ホープに起因するということ。そして、それは日に日に強まり、ふたりきりで過ごす今──私は、その想いに呑まれそうになっている。
この子が大切で……他の誰にも、渡したくない。
ホープを抱きしめ返す。
彼の身体は成長した。けれど、私の腕の中に収まる程度で止まったように思える。
後ろ髪を撫でれば、赤子の頃から変わらぬ柔らかな癖毛が指先をくすぐる。その触り心地がたまらなく愛しい。
もっとホープを喜ばせたい。
この子の笑顔が見たい。
だから──多少の我儘くらい、ふたりきりの時なら許してもいいだろう。
「カース……、は、はぁ、ふ……カースのキス……きもちいい……」
「っ、そうですか。ふふ……ホープ、眠そうな目をして。とろんとしてますよ……今日はもう、おやすみしますか? かわいい私のホープ」
「ん、んぅ……も、カースのいじわる……!」
「意地悪?」
「な、なんでもない!」
顔を覗き込むと、りんごのように頬を赤らめたホープが私を詰った。
なにか気に障ることをしただろうか?
ベッドに潜り込み、枕に顔を埋めるホープのもとへ近づいて、そっと頭を撫でる。
「……僕、もう大人なんだよ」
「ええ、知ってますよ」
「カース……カースのこと、僕、好き、だからね……?」
「私もですよ。かわいい私のホープ」
「んもお! そうじゃなくて、そうだけど、そうじゃないの! カースの……カースの、いじわる!」
どうやらホープも、彼なりに持て余す感情を抱えているようだった。
ベッドの上でじたばたともがく様子が、なぜだか私の心を穏やかにさせた。
苦しんでいるのではない。これもまた、ホープなりの甘え方なのだと知っている。
それを宥めもせず、ただ「かわいい」と思って眺めている私は──なるほど、意地悪なのかもしれない。
ホープが私に感情をぶつけてくれるだけで、私はうれしくなってしまうから。
泣かせているわけでも、苦しめているわけでもないのだから、それでいいだろう。
「ふふ……もう一回、キスしてあげましょうか? 安心して眠れるように」
枕にキスしているホープを見ていると、面白くない気持ちが芽生えて、そっと耳元で囁く。
取り返したい。この子の唇を。
すると、羽毛の枕から、かわいらしい顔がのぞいた。
赤い頬は、大人の男にしてはまるくて、柔らかい。私は知っている。
大きな瞳は宝石のように輝き、今は、私の顔だけを映している。
「えっ!? う、うう……キスはしてほしい……眠れるかは、わかんないけど……」
「ホープが喜んでくれるように、頑張りますよ」
「う、うう、そ、そういうのだよ……! カースの、いじわる!!」
拗ねるホープをもっと近くで見ていたい。この気持ちに名前なんて不要なのかもしれませんね。
本当に、君って子は。