シャチョコン2「千、眠そうだな」
大きいあくびをしていると、隣でビールをあおっていた幼馴染みが絡んでくる。大神万理──学生時代からの腐れ縁ってやつで、現在は取引先の弊社担当営業だ。
接待名目のサシ飲みは経費で落ちるただの息抜き。もちろん仕事の話もしたけど。
「最近、夜遅くまでゲームしてるんだ」
「へえ、めずらしい。なんの?」
「万がうちにきたとき、勝手にインストールしたろ。あれだよ」
「そんなのあったっけ?」
「あったよ。僕そっくりのキャラクター作れて笑えるだとか言って、勝手に入れて僕のキャラクター作っただろう」
「あ~、なんとなく思い出してきた。ていうか、千、お前律儀にプレイしてるんだ? ウケる」
容赦なく笑い飛ばしてくる万とも、自然な態度で接することが出来る。ラクな時間だ。でも、momoくんと遊んでいるときはそれ以上にリラックス出来ると言うか……。
「へえ、そんなにいい子なんだ。おまえもそろそろ結婚を気にし始めたってことか? 千の口から、子どもがかわいいなんて聞くとは思わなかったよ」
「momoくんは……子どもっていう程では……ない、はず、だけど……」
「どうかな? よく聞く話じゃないか。ギルドメンバーが小学生だったとかさ。というか、相手の年齢も知らないのか? そもそも大丈夫な相手なんだよな? 知り合いの会社の息子さんとかじゃないだろうな」
「な、何も知らない」
「ゲーム内フレンドならそこまで警戒しなくてもいいかな……にしても、あまり油断するんじゃないぞ。千、おまえは身軽な立場じゃないんだからさ」
「わかってるよ、だいたい、momoくんはそんな子じゃない。すごくいい子で……」
「はいはい。わかったわかった。おまえがそこまで人に執着するの珍しいな。んー……初めてじゃないか?」
「そう……ね。そうかも」
momoくんのこと、僕は何も知らない。彼も僕のことを何も知らない、と思う。だからこそなんじゃないだろうか。これ以上momoくんのことを知ったら、勝手に作り上げてきている理想から乖離して醒めてしまうかもしれない。向こうもそうだ。momoくんにがっかりされたら嫌だな。
「ほどほどにしとけよ。おまえのそういう態度は相手も傷つく」
「え?」
「勘違いさせて……いや、相手は子どもなんだもんな、今回は大丈夫か」
***
『あれ? YUKIさんだ』
「momoくんこんばんは」
『今日はインしないと思ってました! わー、嬉しいです! 時間大丈夫そうならちょっとやりますか?』
「ん……うん」
『あれ? 眠いですか? それなら無理しないで明日とかにしましょう』
ほらみろ万。momoくんは優しいんだ。それに、僕が予定じゃないタイミングでゲームをつけただけで、嬉しいですだって。ほろ酔いで気持ちが良かったけど、もっとよくなってきた。
「大丈夫……ありがと。少し飲んできたから、いつもより下手くそかも。それでも許してくれる?」
『わぁ、いいな! オレも少し飲んじゃおっかな~』
「未成年は飲酒ダメだぞ」
『あははっ! 失礼だなあ! オレとっくに成人してますよ』
「えっ」
『発泡酒しかないですけどね!』
「momoくん、大人だったんだ……」
少年だとばかり思っていたmomoくんが、成人している。確かにすごくしっかりしているし、空気を読むのもうまいし、他のユーザーに絡まれた(?)時なんかのあしらいもスマートだった。いつも遊ぶ時間だって遅いし、子どもなはずなかった。なのになんで少年みたいだと感じたのだろう。
『声だけなのに、オレ、そんなにガキっぽかったですか?』
「いや、ガキっぽいなんて思ったことはないけど」
『こんなこと言うの恥ずかしいんですけど、若く見られがちで……この、ゲーム内のキャラもちょっとだけリアルオレに寄せてるんですよ』
「へぇ、似てるんだ?」
『髪型とか、あ、あと、八重歯とか! は、似てると思います……こんなスタイル良くはないですよ なんか恥ずかしいな、はは』
そうか、momoくん、この、ゲームのキャラに似ているのか。だからなのか。すごく少年みたいで、動きも機敏で、CGだけど目も大きくて、なんというか。
(すごくかわいい)
大きなスクリーンに映る、<momo>を見つめる。画面の中の少しカクカクしたキャラクターが一層生き生きして見えてきた。隣で棒立ちしている<YUKI>が羨ましい。
『良かったら乾杯とかしますか?』
「いいね。僕もワイン注いでくるよ」
案の定ボロボロ操作でmomoくんに迷惑かけてばかりだったけど、すこぶる気分が良かった。どうしよう。また1つmomoくんの事を知ってしまったのに全然嫌にならない。それどころか……。
『だめだぁ、オレちょっとよったかも……きょうは、ねますねぇ』
「っくく、momoくんかわいいな」
『なっ……ばかにしないでくださーい!』
「あはは」
胸がざわざわした。この感覚はなんなのだろう。楽しすぎて飲みすぎたのかな。この空気を終わらせたくなくて、momoくんが通話を切るまで自分から終了ボタンを押せなかった。