約束したわけではないけれど、日付が変わる時間から少しの間モモくんと毎晩ゲームをするようになった。
フレンド欄を見てモモくん……モモがいれば、僕が連絡する前に向こうからチャットが来て通話アプリを立ち上げる。話しながらステージを回って、操作を教えてもらっている。たまにお互い呑みながらも遊ぶようになった。
気づくとあっという間に一、二時間は経過していて、キリがいいところで終わる。大抵もっと遊びたいな、と思うタイミングだけど、通話を終えると眠気が襲うから気持ちだけが先走っているのかもしれない。いつも自然に終わらせてくれる。モモはそういう配慮も出来る子だ。
『今日はこの辺で終わりましょうか! 結構進みましたもんね~! ユキさんと遊ぶのほんと楽しいです! あ、そうそう。すみません。オレ、明日はイン出来ないんです』
「そうなんだ……夜に予定があるんだね」
『えっ、あ、う、その、そういうんじゃないんですけど……』
敬語やめていいよって言ったのに。モモは僕との距離を詰めてくれない。仲良くしたいって伝えたんだけど、それを相談したら「それはキモい。引く」とかぬかす奴がいた。モモくんは優しいからそんな事は思わないはずだ。そもそも僕もモモくん……モモも同性同士でただのゲーム仲間なんだ。上下関係のしがらみもなければ顔も知らない、性格や雰囲気だけで仲良くなれているピュアな関係なのに。いや、だからこそなのか。こんなにいい子なんだから、毎晩僕とゲームなんてできないよな。わかってる。さすがに彼女とでも会うんだろう。成人していると言っていたし、いても当たり前のことだ。
(モモに彼女……)
僕には彼女なんていない。だからなんだろうな、羨ましいと思ってしまった。一人の部屋が寒く感じたのはそのせいだろう。この部屋にロマンチックな空気なんて流れたことないから。
(あれ……なんか、僕、カッコ悪いな……?)
“モテない独身おじさん”が、夜な夜な少年とゲームをして浮かれている。しかも下手で教えてもらっている立場。なんか、この状況めちゃくちゃカッコ悪い。もしかして“キモい”のではないだろうか。そんなこと今まで感じたことなかったけれど、思い返せばモモにはいいところを何一つ見せられていない。
初めての感覚だった。モモにだけはカッコ悪いって思われたくないな。
「……僕に遠慮しなくていい。いつも付き合ってくれてありがとう。今夜もすごく楽しかったよ、モモ」
“キモく”感じさせないように意識して喋る。こういう手を使うのは嫌だけど、モモにはちゃんとしてる奴だって認識していてほしい。苦手だったスピーチも7年CEOやってるとそれなりに形になっているはずだから。
『! ……え、えと、あのっ、う』
「どうしたの」
『ゆ、ユキさん、その、こんなこと言うの変かもしんないですけど、単なる一般的な……その、感想として、流してくださいね……?』
「?」
『前から思ってたんですけど、ユキさん、めっ……ちゃボケ、です、ね……?』
「どういうこと?」
『わ、わ、すいません! わ、わすれてください!」
モモの態度がおかしい。呆れられてしまったのかも。僕はよく誤解される。怒ってるとか、不機嫌だとか、キツいとは良く言われるけど、ボケてるって。顔が見えないから大丈夫かと思っていたけど、話し方だけではそういう風に誤解されてしまうのか……。
「……モモ……」
『ひっ……!』
モモ、ごめん。モモ、嫌いにならないで。君の声がもっと聞きたい。ボケてるかもしれないけれど、僕はもう少し役に立つ男だよ。たぶん、一般的な社会人より稼ぎもいい。あと、顔もいいよ。いや、自分で言うとますます情けないな。いつもみたいに笑って、他愛のない話をしてほしい。たくさん言いたいことがあるのにうまく言葉にできなくて、弱々しく名前を呼ぶことしかできなかった。どれもこれも、言い分けがましくて、嘘臭く聞こえそうでそれこそ“キモい”し、“引く”言葉ばかりだ。
「……モモ」
『うぇっ……!』
(うぇ 嘘だろ、吐き気するほどか)
後頭部に鈍痛が走る。何かに殴られたのかと思って振り向いたけど、無駄に広くて薄暗い部屋と中二階への階段が見えるだけだった。いっそ本当に強盗だったら救われたのに。
『ゆ、ユキさ、すいません、オレ、今日は落ちます! また連絡するんで!』
「モモ……。わかった。次を楽しみにしてる。きみの声が聞きたい……」
『ひっ……! おやすみなさ!』
乱暴に通話が切れた。おやすみなさいの「い」も聞き取れないまま。
いつもと違う急な切断に僕の意識もシャットダウンした。たぶん、これは、アレだ……。そういう機微に疎い僕にでもわかる。引かれて嫌われた。その証拠に、いつもくれる通話後のテキストメッセージも来なかった。楽しみにしていたし、一日の活力なのに。
頭も痛ければ体も冷えきった。もしかしたら風邪でも引いたのかもしれない。明日会社休みたいな。はぁ。
***
「キモい。引く」
「……」
偉いので出社はした。社長室で秘書のおかりんから貰った書類に判子を押して、気づいたら落書きをしていたので怒られた。今時紙ベースの決裁書が残っているの、どうなの。やる気は全くおきなかったけど、メールを返したり予定を確認して役員会議に出て一日が終わった。
一人の家に帰っても寒いだけなので万を捕まえた。鉄板焼の店なら行くとか言うので仕方なく連れてきた。僕は野菜しか食べないけど。A5ランクだかなんだかの赤い肉がシェフの手で踊る。
「そりゃあ年上の知らないおじさんから、急に仲良くなろうとか、呼び捨てされたりとか馴れ馴れしくされた挙げ句? 社会人ムーブされたら嫌だろ?」
「万、ひどい。僕がかわいそうだろ」
赤い色を残した肉は万の皿に乗せられ、色とりどりの野菜やきのこが僕の皿に乗る。
「お前だって嫌だっただろう? 知らない相手から積極的に来られるのは」
「当たり前だ」
「ほら。胸に手を当てて考えろよ。それが顔も知らないおじさんだとしたら?」
「キモい。無理」
「ほらな。モモくんとやらも同じだろ」
「…………」
いつもは美味しそうに感じるきのこのソテーは、僕の皿の上で無惨に切り刻まれ、形をなくした。食べる気が失せたので万の皿に全部乗せてやった。僕特製ソースの出来上がり。
空きっ腹に流し込んだワインは内臓に染みた。手早く酔ってしまえ。たまにはそういう夜もいいだろう。